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第1話

 見渡す限り人気の無い広大な大地の上を自動車に乗りながら走っていた。

 季節は夏。さんさんと太陽が照りつける中、荒野には草木が殆ど見られない。


 まるでこの世の終わりを連想させる様が広がっていた。



「真弓。この自動車、そろそろ買え替えた方が良いんじゃないか?」

「それはどうしてでしょうか?」

 助手席に座った俺に対して運転席に座って運転を続けるメイド服姿の女性は疑問を返す。



「……いや。こんな荒野で車が止まってしまった日には洒落にならないな、と」

「どうして止まるとお思いなのでしょうか?」

「それ。……本気で言っている訳じゃないよな?」

「本気、とは?」

「このボロ自動車。動くのが奇跡ってくらい年季の入った自動車じゃないか。エンジン音は馬鹿みてぇにうるさいし、それにスピードも本来の半分くらいしか出せないじゃん。それが止まらないと思う方がおかしいよ」


 俺達の乗る自動車は今にも煙を立ち上らせて爆発するのではないか、と言う程ボロボロの赤い自動車で、所々塗装が剥げていた。ボンネットはべこべこでパンパーは拉げて取れかかっている。バックミラーは右片方が存在しておらず、左片方も既に下に向かって傾いていて、本来の用途で使用など出来る筈も無かった。ドアも当然かのように傷が付き、へこんでいて、とてもじゃないが走っているのが奇跡だと言ってしまっても冗談とは全く思えなかった。




「ではカルラ様が新たに自動車を買い替える資金を何処へやらと調達してきて下さいませ。このご時世です、自動車と言えども馬鹿にならない値段なんですから」

「……やっぱり蓄えって既に底を尽いているっぽい?」

「蓄えの事を気にするのであれば、せめてご自身で働かれてはいかがでしょうか? ……と言うか無職で紐の癖して、贅沢にも自動車が欲しいなんて抜かしてんじゃねぇよ、カスが」

「心を抉る一言を平気でおっしゃいますね!」

 結構気にしていたのに! もう少しオブラートに包んだ言葉が欲しいものである。


 無職で紐って言っても俺だって色々あるんだよ?

 社会からの偏見と闘ったり、将来の不安に対して頭を悩ませたりしてさ。


 そんなこんなで俺は精神的に大分参っている訳よ。それでいて追い打ちとばかりに心許ない言葉を吐かれると無職の心はどんどん荒んでいくのだ。

 丁度、この荒れた大地にようにペンペン草も生えてない状態だよ!


「それにカルラ様が屑な事には変わりがありませんので」

「お前は主人に気を遣うって事を知らないのな」

 さっきから主人である俺に対して暴言を吐きまくっているメイド服姿の女性は櫛形くしがた 真弓まゆみ。長い黒髪を頭の上で束ねており、メイドカチューシャがちょこんと黒髪の上に乗っている。顔は細面で眼鏡をかけているのが特徴的と言えば特徴的だ。


 主人の俺から見てもそれはもう大変な美人なのだが、怒ると怖いとかそういうレベルを既に超越している。メイド姿の彼女は風格漂う鉄の女って感じだ。


「カルラ様に下手な気を遣うとつけあがる事は長年の経験により知り得ているので。だから少しくらい暴言を吐くくらいで丁度良いのです」

「メイドの域を超えている多大なお節介をどうも……」

「そうよ、そうよ。お兄ちゃんは少し調子の乗り過ぎなのよ! 弁えなさい!」

 俺と真弓の後ろから甲高い声が聞こえた。俺は後ろを振り返る。


「しかしナナ。俺が無職なのはお前らと少しでも一緒に居たいとそう思ってだなぁ……」

「あ、あたしと…………いいい一緒に居たい!?」

 俺の視線の先には頬をこれ以上無いくらいに赤く染める金髪の女の子が居た。


 女の子の名前はナナ。歳は十二歳。金髪の髪を頭の横で二つに分けている。いわゆるツインテールという奴だ。既に全体が赤く染まった顔の内、特徴的なのはその大きな目。金色に染まった瞳を有している彼女の目はいつも楽しげなモノを探して忙しなく動いており、笑顔がとても可愛らしい元気な娘である。服装はホットパンツにキャミソール。夏らしい涼しげな恰好だ。



「な、何言ってんのよ!? そんな事言ったって……その、駄目だからね! あたしと一緒に居たいって気持ちは分かるけれど、その……」

「違うよ、ナナちゃん」

 顔を赤く染め、動揺を浮かべるナナの横から別の少女が否定の意を唱える。


「お兄様が言っているのは『お前』じゃなくて『お前ら』。勝手にお兄ちゃんをナナちゃん一人の物にしないで欲しいのです」

「へ、あ、はあ!? だ、誰がそんな事を言ったのよ!? そもそもお兄ちゃんとずっと一緒になんて、その、居たくも無いわよ。気持ち悪いったらありゃしないわ!」

「ナナちゃんったらまたそんな事言って…………。昨日だってお兄様の為に夜必死で……」

「あああああ!! フィオ、それ言っちゃ駄目ぇ!!」

 ナナはあたふたしながらフィオと呼ぶ少女の口を塞ぐ。俺はフィオに視線を移した。


 フィオ―レ――それが少女の名前だ。十一歳の彼女を皆はフィオって愛称で呼んでいる。茶色い髪のセミロングにピンク色のカチューシャが可愛らしい。前髪は真っ直ぐに切り揃えられている。円らな瞳は透き通るようで何とも言えない魅力を放っていた。ふわっとしたスカートが太腿の膝上辺りを覆っていて、初夏とは言え暑そうに感じてしまう。ただ清涼感の涼しげなピンクのシャツは彼女の可愛らしさに見事にあっていた。


 そんな『可愛い』が代名詞と言っても良いフィオに見つめられればそれだけで大抵の事は許してしまいそうにもなる。

 うーむ……。『父親』である俺としてはこれではいかんとも思っているんだが……。



「お兄様。ナナちゃんってば口ではこう言ってますけれど、本当はお兄様の事が大好きなのですよ。でも素直じゃない性格が邪魔してるだけなのです。分かってあげて下さいね」

「フィオ! 何を言っているの!? 冗談じゃないわよ!」

「ナナちゃん。その面倒な性格は直した方が良いと思うのです」

「面倒! 今、お姉ちゃんに向かって面倒ってそう言ったかしら!?」

 生意気な事を言うのはこの口か、と言いつつナナはフィオの頬をぐにゅぐにゅと引っ張る。


「や、やめふぇくだひゃい、ナナひゃん……。ほれにお兄はまがふきなのは、ひおもおなひでふ。はからはふかひはるひふようはありはへふよへふ」

「……ぼくも、……だよ」

 ナナとフィオが揉みあう中、彼女達の右側に座りながら黙っていた女の子がパタン、と読んでいた本を閉じて顔を上げた。


「……二人……だけじゃ、無い。ぼくだって…………」

「あんたもかミーシャ! むむむ…………揃いも揃ってこの妹らは……」

「それに約束、した。ナナねぇもフィオねぇも賛同、したよね。カルラは皆のものだって……」

「う…………」

「それは、その、そうは言いました、です。けれど…………」

 ミーシャと呼ばれた少女の前でバツが悪そうにナナとフィオは下唇を噛んでいる。


「え? ナナねぇもフィオねぇも約束した事、簡単に破る、の? ぼくより年上、なのに……」

 無表情で姉二人を威圧する少女の名前はミーシャだ。銀髪ショートヘアの女の子で、タレ目はいつも眠たげに半分閉じている。女の子然とした格好をするナナ、フィオの二人とは対照的にミーシャはカーゴパンツに長袖のシャツとどちらかと言えばボーイッシュな格好をしている。十歳のフィオはナナとフィオよりは年下に当たるのだが、いつでも冷静な彼女はどうやら三人の中で頭脳的な役回りとして機能している事が多い。


「分かった、その、ごめん……」

「ごめんなさい、です……」

 その内、ミーシャの迫力に押されたのか姉二人は頭を下げる。


 どうにも力関係が分かり易い三人だ。

 ……まあ年下が年上を律する図はいつ見てもシュールで笑えるけれど。



「そうだ、ミーシャ。その通りだぞ」

 暫く面白がって三人のやり取りを見ていた俺はようやく口を挟んだ。


「お前達三人は俺の天使なんだ! お前ら一人一人が俺にとっての華麗且つ華やげに輝く太陽だ! ナナもフィオもミーシャも可愛い! それこそ目に入れたって痛く無いくらいだ! さあ抱き着いて来い! 俺は全てを平等に受け入れてやるぞ!」

 ああ、見えるぞ! 三人が俺を囲んでキャッキャウフフしている理想郷が見える! 幼さの残る顔付き! 小さな、そして何かを求めるような頼りない体躯! 美しいと言わざるを得ない綺麗な足! 肉付きがこれ以上無いバランスの太腿! あばらの浮き出た肉の乗り切らないお腹、ちっちゃなヘソ! 無現の可能性を秘めている小ぶりな胸! シャープなお尻! 


 全てに置いて彼女達は他の生物を超越している! 正に完璧な俺の為の理想像!

 ロリコンを自称する俺にとって眼前の三人こそ至宝だ!



 ならば受け入れる事に何の不都合があるのだろうか!


 俺は今、理想に手をかけようと――――



「お兄ちゃん、何を考えているのかは知らないけれど…………顔が気持ち悪いよ。あ、分かった。どうせ、またエッチな事を思い浮かべているんでしょう! アホ、バカ、変態!」

「お兄様……えと、その……後なら兎も角今は人目があるのです。それに車の中ではその、無理です。諦めて下さい」

「……カルラ。TPOは弁えるべき」

 グサ。グサ。グサ。と。


 三者三様の言葉の槍が突き刺さる中、俺は静かな絶望を噛みしめた。


 …………成程。理想はやはり理想でしか無い。夢は夢でしか無い。

 叶えるべき夢は起きてみるものだが、しかし叶わぬ夢は寝ている時にしか見られないのだ。


「やっぱり小学生に愛されるロリコンなんてファンタジーなんだよな……。俺はただそれだけの為に生きている、と言っても過言では無いのに……。一体何がいけないのだろうか……」

「カルラ様。それは分かりきった事でしょう」

「何!? 分かるのか、真弓! さすがは櫛形家に生まれた才女! この難攻不落の問題に関して解決案が見出せるとは!」

「難攻不落って……だから、その、お兄ちゃんさぁ……」

 俺の言葉に対して何故か顔を顰めているナナ。


 ナナの表情の理由は定かでは無いが……。しかし今は『答え』を持っている真弓の言葉にこそ耳を傾けるべきだ。


「…………。あの、運転の邪魔なんで縋り付くのは止めて下さい。間違えて岩にでも突っ込んだらどう責任取って下さるのですか?」

「お……それは悪かった。早く答えが聞きたくて焦ってしまった。許してくれ」

 車の運転はこれで神経を使う。人が縋り付いては邪魔だと言うのも当然だ。


「とは言え岩に突っ込むにしても助手席のカルラ様が一番危険な位置ですし、私もどうにかカルラ様のみが死ぬよう取り計らいますので、縋り付いても、何なら抱き着いて戴いても一向に構いませんが」

「安全運転でお願いします!」

 俺はまだ死ぬ訳にはいかない――――絶対に。


 何故なら俺は女の子(出来れば十二歳以下)をこの身に抱くまでは死ぬ訳にはいかない。

 あの柔らかで小さな女神を手にするまではな!



「まあ言われるまでも無く、このポンコツ車では速度が出ないので安全運転でしか走れませんけれど。……それはそうとカルラ様が小学生に愛されない理由についてですが」

「その理由とは……」

 俺はゴクリ、と喉を鳴らした。


 問題を明確にすれば自ずと解決策を見出す事も出来る。

 俺は真弓の言葉を聞き漏らすまいと固唾を飲んで耳を傾けた。


 そして彼女は俺の縋るような視線の中でゆっくりと口を開いた。



「――――顔、ですかね」

「一番聞きたくなかった理由がそこに!?」

「何なら一緒に居るだけで鬱陶しさを感じます」

「存在の否定!?」

 つまるところ俺は死ななければ少女に愛されないらしい。


 死によってようやく俺は少女に認められるのか……。いや、認められるのであればロリコンとしては本望に違いないが、しかしどうにか生きている間にロリコンとして想いを遂げたい。


「……畜生。やはり人生とは是絶望だと言う格言は本当だったか……」

 ロリコンとはどうあっても茨の道であるらしい……。歳の離れた少女に愛されるというのはそれだけで過酷な道のりなのだ。そして少女に欲情する呪われた性を背負ったロリコンはどうあっても絶望をこの身に抱くしか道は無い。


 夢と書いてファンタジーと読む。ロリとは言わばそう言うものなのである。

 そんな風に真弓の言葉に涙を流していると三人の少女がジト目でこちらを睨んでいた。



「むぅ……。お兄ちゃんってば相変わらず馬鹿なんだから……」

「お兄様のおたんこなす……」

「……カルラの鈍感」

「全く以て度し難い存在ですね。こんなにまで言われるカルラ様は即刻死ぬべきです」

「……え。何で俺、言われも無い事で皆に攻められているの?」

 やっぱロリコンって存在しているだけで死ぬべきなの? 存在しちゃいけないの?

 でも仕様が無いじゃん! 好きなんだから!


 あーあ……。俺だって色々頑張ってる時もあるのになぁ……。今までも頑張ったし、少しぐらい報われても良いと思うんだけど。

 ……やはり現実はファンタジーと違い、上手くいかないものである。



「さ、皆様。そうこうしている間にそろそろ到着致しますよ」

 真弓は前を見据えながら車中の皆に声をかける。弛緩していた空気が一気に張りつめた。

 まるで針のむしろに立ったかのような危なげな冷たさだった。



「いよいよ、ね……。毎度の事だけど直前になると緊張しちゃうわね……」

「ナナちゃんは大丈夫です。……問題はフィオの方。いっつも失敗ばっかりするから、いつか大変なことになるんじゃないかって心臓が爆発しそうなのです……」

「こわ、い……」

 それぞれ不安を口にする少女達を俺は悲しまずには居られなかった。


 これは少女達が自分で選んだ『道』だ。

 これに関しては俺が気軽に口を挟んで良い問題では無い。



 しかし……。俺は思うのだ。この『道』は少女達が選ばされた『道』なのでは無いのか、と。

 少女達『新人類ネオヒューマン』が『現人類(俺たち)』によって追いやられた結果、選んでしまった『道』なのではないか、と。


 そう――――思わずには居られなかったのだ。


「到着致しました――――」

 真弓の言葉を受けて、少女達はゆっくりと車から降りる。


 ゆっくりであって当然だ。だって少女達は恐怖で足が震えているのだから。

 真弓は震える少女達に向けて到着した場所を告げる。




「――――ここが本日、皆様が戦う『戦場』です」

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