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第16話

「お兄ちゃん。遠話の相手はロンド叔父さん?」

 遠話を切った直後、近くに居たナナが俺を見上げる。俺はナナの頭を撫でつつ言う。



「そうだよ、ナナ。ロンドからお前らに傭兵の依頼だってよ」

「お兄ちゃん、そんなに顔をくしゃくしゃにしながら言わないでも……。それともあたし達が怪我をする事がそんなに怖いの? あたし達が戦場に出るのが嫌?」

「当たり前だ。お前らが居なくなってしまったら、俺は誰を抱きしめれば良い? 誰の太腿を舐めまわせば良い? 一体誰の胸を揉めば良いんだよ?」

「いやいや……、あたし達、誰一人としてそんな事を許した覚えは無いけれど」

 ナナが顔を顰めながら俺を見上げつつ、そして見下すという器用な真似をみせた。



「そんな……ナナ。毎晩、毎晩あんなに俺を求めていたじゃないか。あの夜の事、お前はすっかり忘れちゃったのか?」

「…………なッ。な、ななな何よそれ!? あたしはそんな事した覚え、は…………」

 ナナが俺の言葉を否定しようという最中、ナナの背後でどさりと言う音がした。



 そこに居たのは持っていた本を取り落として、まるでこの世の終わりを見たかのような悲壮感漂う形相をしたフィオの姿だった。


「な、ななななナナちゃん、ナナちゃん、もしかして、いやもしかすると、もしかしたらなんですけれど、まさか、そんな、うそだとおもいますけれど、おにいさま、おにいさまと……ほんとうに、えっちなことを……」

 早口で抑揚の無い言葉を喋るフィオに対し、ナナは首をぶんぶん横に振り手を思い切り振って否定の意を顕わにする。



「い、いやちょっと待って、フィオ! 本当にちょっと待って! あんたが想像しているような事は一切――――」

「――――いや、ナナ。本当に忘れたのか? お前は俺と一緒に一夜を共にした筈だろう?」


「ななななナナちゃん、ナナちゃん、ナナちゃん。おにいさまはああいってますけれど、ほんとうなんですか? あいしあったんですか? ならなんでごまかそうとするんですか? わからない、フィオわからないです、です、です、です、デス、……DEATH?」

「待って、待って、待ってフィオ!? 目に光が点ってないから! 殺意すら感じるから! 本当にそんな事して無いの! して無いのよ――――ッ!!」

「ナナ、俺は言っている筈だ。嘘はいけないと。普段、そう言い聞かせている筈だ。認めろ、自分の行為を。そして受け入れるんだ、あの可愛くてエロかったナナを……」

 淡々とナナに言葉を投げかけている途中、俺は頬と首元に何やかしらの違和感を感じた。



 ……何だ、これは? この硬くて、それでいて冷たく背後に拭き荒む悪寒を感じる感覚は?

 俺は頬に感じる違和感の正体を確かめた瞬間、冷や汗が滝のように流れ始めた。



 確かめた先に居たのは怒気を孕むオーラを放つ二人――――ライフルを頬に押し付けながらトリガーに指をかけているミーシャと包丁の切っ先を首元にひたひたと当てている真弓という悪鬼の姿だった。



「……カルラ、カルラ? とう、とうナナねぇに手を……出した、の? セクハラ……はして、も良いし……そういう事、してもぼくは……一向に構わない…………けれど……事実確認、だけ……は…………ちゃんと、しない……と……。本当? ……ねえ、本当、なの、カルラ?」


「カルラ様。私はカルラ様の有する性的な変態思考にある程度、目を瞑っていた次第です。

 カルラ様のどうしようも無い性格とそして看過し難い性癖に対して私はこれ以上無く使用人としての分を超えないよう一歩下がった場所で事実を事実として受け入れていました。

 しかしながら……私はカルラ様の使用人でありながら且つお三方――ナナ様、フィオ様、ミーシャ様の使用人でもあります。優先すべきは大元の主であるカルラ様なのでしょうけれども、しかしそれでも私は皆様の安全をお守りする必要があります。ならば時に主に刃を向ける事も仕方の無い……仕方の無い行為と言えるでしょう。

 ではカルラ様、本当にナナ様にセクハラ以上の行為に及んだのですか?」



 ――――殺される。


 ――――回答を少しでも間違えれば俺は容赦無く八つ裂きにされる。



 さて。落ち着け、俺。ここで言う正答は一体何だろうか。どういう答えを用意すれば俺は生きて帰る事が出来る? どういう答えならばこの悪鬼二人は納得してくれる?


 いや、簡単な事だ。答えは赤子にでも分かる程度の簡単な答えだ。

 そんな事は考えるまでも無く俺は理解している。



 ――――だが。俺は自身に問いかける。


 理解しているからなんだと言うのだ。理解していれば、問題に抜かりなく答える事が出来ると言うのだろうか。そんな事は無い。そんな筈は無い。理解していても、理解しているからこそ問題に正答を用意出来ない、そんな時は少なからず在る。



 俺はゆっくりと口を開いた。


「俺は一つとして嘘は吐いていない、彼女は――ナナは俺を毎夜、毎夜と求めてきたんだ」

「……ああ、そう、なんだ……カルラ……。別に、べつ……に構わない……よ? でも今のカルラの言葉とは……なん、の関係も……無い、けど……うっかり引き金を引いちゃい、そう…………手が滑って、カルラを殺しちゃい、そう……だよ…………ぼく……」


「……そうですか。カルラ様が仰るに既にナナ様をその毒牙にかけてしまったのですね……。

 分かりました、分かりましたとも。私はただの一介なる使用人……。どうしたって主人であるカルラ様に逆らう事など出来ない存在……。

 しかしながらこれ以上の犠牲を減らす前にカルラ様には責任を取って貰わなければなりません。

 具体的にはこのまま動脈を切って血をドパドパ出して戴きつつ死んで貰わなければなりません……。

 では、カルラ様。いずれ地獄でお会い致しましょう。それまでどうか……お元気で……」


「ナナちゃん……そう、ナナちゃんはそうなんだー……ふーん。これじゃあフィオいっつもむだなしんぱいしていた……みたい、です……。でも、でも、でもこのままじゃフィオどうしてだかおむねがざわざわするのです……おむねがざわざわしてどうにもおさまらないのです……これはたぶんこしょうです……だから、かわりにだれかのむねをかりないといけません…………そうだ、ナナちゃん。フィオのためにナナちゃんのしんぞうをちょうだいよぅ……」


「怖い! 怖い怖い怖い怖い怖い!! フィオがかつて無いくらい、これ以上無いくらいに怖い!! お、おおお兄ちゃん! どうしてそんな嘘吐くんだよ! あたし、そんな事をした覚ええは一度足りとも無いよ! 冗談で殺されちゃ堪らないよ!」


「違うんだ、ナナ。俺は冗談でこんな事を言わない……。嘘なんて一つも吐いていないんだ」


 そう――これらの言葉に俺は何の嘘偽りは無い。


 全ては真実――――真実なのだ。

 真実を咎められるのだとすれば俺はそれを受け入れなければならない。



「お前は俺を激しく求めていたじゃないか――――そう。俺の夢の中で」

「そう言うのを嘘って言うのよ! 紛らわしいわ――――ッ!!」

 ナナは怒号を響かせると共に空中に跳躍したかと思うと、身体を捻り右足で思い切り俺のこめかみを蹴り飛ばした。当然、俺に抗う術など無く物凄い勢いで壁まで吹っ飛ばされ、そしてべしゃっと地面に倒れ伏した。



「あ。なん、だ……夢の、話? それなら……言ってくれ、れば良い……のに……。まあ、別……に……本当……であって、もぼくは……全然……良かった……けど……」


「そう……そうですよね……。カルラ様ごときをナナ様がお相手なさる筈がありませんから……。しかし、はい。ナナ様が無事で本当に良かったです」


「なーんだ、ナナちゃんの言っていた事は本当だったんですね。少しだけ疑っちゃったけど、ナナちゃんの言っている事が真実で良かったです。フィオ、うっかり殺意出しちゃいました」


「…………フィオ。あんたがぶっちぎりで怖かったわ……。なんか、普段とギャップがあるだけに恐ろしさに拍車がかかっていたわよ…………」


「うーん……。ナナの蹴りはどんどん威力と精度を上げている気がするな……。さすがは新人類なだけはある。もう少しで俺が気絶してしまうところだったよ……」

 俺は蹴られたこめかみを押さえながら立ち上がり、傷んだ箇所が無いか入念に身体を動かす。……どうやら本格的にダメージを食らった場所は無いらしい。うむ、問題無し。



「むしろお兄ちゃんはどうしてあたしがあれだけ本気で蹴って殆どダメージ無いのよ……。お兄ちゃんってば最弱と言って良いくらいのヘボさだけど、その人間離れしたタフさだけは認めてあげても良いわ……」

「いやいや。俺もまだまだだな。これでも首がへし折れそうになったし頸椎が痛んでいる気がする……。もう少し身体を鍛え直さないといけないかもな」

「身体を鍛え直すよりも自分の行動を見直しなさいよ……」

 ナナは頭を抱える。そうやって困った顔もキュートなのだから少女とは素晴らしい。



「それは兎も角としてさっきロンドからお前らに傭兵の仕事依頼が入ったよ。一応、お前らの意志を確認したい。……どうする?」

 改めて俺は三人娘に確認を取る。ナナ、フィオ、ミーシャの三人はお互いの顔を確認し、そして頷いた。誰一人として否定を唱えるものはいない。不安を浮かべても、不満は浮かべない。彼女達は確固たる信念の元に傭兵の仕事を受け入れている事は誰の目にも明らかだった。



「受ける――――受けるよ、お兄ちゃん。あたし達はあたし達の意志で以てこの仕事を受ける。それが新人類としてこの世界に生まれたあたし達の言うなれば『責任』だもの」

「……そうか」

 ロンドは先程新人類はその知能指数でさえ若干俺達を上回っている、と言っていた。



 確かにそうだ。彼女達は賢い。彼女達は自分で自分の道を決められる程には賢いのだ。


 そしてそれは同時に――――彼女達がそうする事でしか生きて来られなかった事を意味している。それが俺には少しばかり辛かった。



「日時は一週間後。場所は追って伝える。……あと、今回は『アレ』を持ってこいだと」

「え……。と言う事は今度の戦場、『あいつ』も来るの?」

 ナナはまるで暗雲が立ち込めたような複雑な表情のままに質問を口にした。俺は頷く。



「むしろ逆だろ。『彼女』が来るからこそお前らが呼ばれたんだろうな。そうで無ければ一々アレを持ってこいだなんてロンドも言わないだろうさ」

「うわー……。出来ればあいつとは一生会いたく無かったんだけど……。まあ仕様が無いと言えば仕様が無いのかな……。あいつを相手に出来るのはあたし達くらいのものだしね。でも正直、嫌だなぁ……」

「その分の報酬は出るらしいが……。どうする? 今からでも断るか?」

 俺はちょっとばかり楽しげに言った。だがナナは断固として首を縦には振らなかった。



「仕方無いよ。それに詰まるところあたし達が『新人類』として必要とされているって事でしょう? なら行かない訳にはいかないよ。ね? 二人共」

 ナナの言葉にフィオとミーシャがそれぞれ頷く。しかしナナ同様気だるげな様子は否めなかった。当然だ。


『彼女』が戦場に出てくると言うのなら三人娘の負担が増大するのだから。



「ま……。そこまで言うなら俺は止めないけどな……。しかし無茶だけはしてくれるなよ?」

 俺の言葉に三人は力強く頷く。この断固足る意志が無ければ俺は彼女達を戦場なんてところには送り出さないんだけどな……。俺はぼりぼりと頭を掻いた。



「ささっ。皆さん、御意志は固められたようですね。でしたら次は準備を始めましょう。準備というものはどれだけやったところで損にはなりませんから。弾薬に薬莢、火薬、携帯食料、その他諸々幾らでも用意すべきものは御座います。さあ、一週間などあっと言う間ですよ」

 話を聞きつつ、傍らに控えていた真弓が部屋の空気を変えた。



「……とその前に腹ごしらえを致しましょう。もうすぐ夕食の準備が終わりますよ。先程から煮詰めていたドライカレーが食べ頃です。是非召し上がって下さい」

 真弓の言葉を聞いたと同時にナナの腹の虫が鳴った。それを聞いて皆が笑い出す。



「ナナちゃん、お腹減ったの? やっぱり食いしん坊なのです」

「ナナねぇ……さすが……」

「ち、ちがっ、違うよ。これは、その……あ! 遠くで狼か何かが吠えただけで決してナナの腹の虫が騒ぎ立てた訳じゃあ…………」

「いや……明らかにお前の方から聞こえていただろう。何をそんなに恥ずかしがる必要が……」

「お兄ちゃん……デリカシーが無さすぎ……。少しくらい乙女の気持ちを察してよ……」

「ナナ。お前が可愛いのは勿論だが……。お前の可愛さってのはそういうものじゃない。元気で天真爛漫なところがお前のチャームポイントだ。可愛さうんぬんはフィオに任せて、お前はお前で気ままに過ごせば良い。何も気にする必要は無いぞ」

「それでも気にするの!」



 ナナが顔を火照らせている間に真弓が夕食の準備を終え、そして再度ナナの腹がいなないた。それを聞いてまたも皆が笑う。夏の残暑にも負けぬ温かさがここにはあった。

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