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第15話

 暫くの間、俺は三人娘と真弓とのゆっくりとした時間を過ごしていた。


 夏のうだるような暑さの中でもナナ、フィオ、ミーシャの三人は元気な姿を見せていて、夏の太陽宜しく元気に走り回っていた。

 普段、傭兵の依頼が入らない間、三人娘は思い思いに野を駆けまわっている事が多い。


 そして時には勉学を教え、教養を身に付けさせ、等身大の『少女』として生活している。

 世間の『新人類』に対する偏見の目などここでは全く関係が無いのだ。



 そんな事を考えた時、俺は三人娘の無邪気な姿にほっとすると同時にやはり他の『新人類』がどう言った生活を送っているかについて心を痛ませずにはいられない。


 殺し、殺され、使役され。ゴミと蔑まれ、酷くなれば犯される、理不尽に殺される事とて少なくは無い。そんな世界に身を寄せている『新人類』の状況を――――



 この世界がこんな事になってしまったのはいつからだろう。


 どうして俺達は少しポテンシャルが違うだけの『新人類』に対して優しく出来ないのだろう。――――そんな事を考えてしまう。



 俺は――――俺達は世界をもっと優しく変える事が出来ないのか、と。


 そんな事を柄にも無く考えてしまう。

 しかしながら俺にはそれを考える『資格』が無いのかも知れない。


 こんな所で三人娘の紐に甘んじている俺には――――こんな事を考える資格は無いのかも知れない。そんな事は分かっている、分かっているのだ。



 それに…………だ。


 十年前――十年前にそんな『資格』を俺はとうに失っているのだから。



 それが分かっているからこそ――――己の腕に中にいるナナ、フィオ、ミーシャ――――この三人だけには幸せな生活を送って貰いたい。


 そんな事を考えながら俺は夏の一時を過ごしていた。



 そうしていく内に夏は目まぐるしく過ぎ去っていき、やがて秋になった。

 とは言ったところで夏の暑さは未だなりを潜める事は無く、残暑厳しい日が続いている。


 三人娘も事ある毎に「暑い」とぼやき「川に出かけようよ」と俺にせがむ。


 この夏、川へは何度か出かけた。ミーシャに泳ぎを教えたり、フィオが大胆な水着(真弓に頼んでおいたらしい)を見せた挙句直ぐに羞恥心を覚えて以降達磨のように丸まってしまったり、それにナナがちょっかいを出していたり、それらは楽しい思い出として残っている。



 これからも蓄積されていくだろう、楽しい一時の思い出だ。


 それは兎も角として当然の事ながら人は遊んでばかりでは生きられない。

 ……いや別に遊んでいるばかりでは無く、時には家を修繕したり、日々の飯にあり付く為に狩りに出かけたり、真弓が趣味で育てながらも今では俺達の食事を賄ってくれている家庭菜園を手伝ったりなど、すべき事は多々あるのだが、それでも日々の糧を得る為に働くという行為は必要だ。


 そしてそれは同時に――――三人娘が傭兵としての仕事に出る事を意味している。


 新人類のポテンシャルを生かした戦場での仕事。

 そんな仕事の依頼が秋に入って暫くした後にロンドから舞い込んだ。



『おう、暫くぶり。元気にしていたかい?』

 日が落ちた頃合い、ロンドから連絡が入った。

 通信手段は遠話機えんわきと呼ばれるお互いに音声を電気信号に変えて遠くに飛ばし合い、それで遠くに居ながらでも会話を可能とする機械によるものだ。


 詳しいメカニズムについては俺もよく分からんのだが真弓曰く「道具を使うには道具の構造を理解する必要はありません。その過程をすっ飛ばし、結果を齎す事こそ道具が存在する理由ですから。だからカルラ様のような馬鹿は何も考えずただ道具を作って下さった製作者に礼を述べつつ、便利に扱えば良いのです」だそうだ。


 変な言い方をされたものだが要は「道具など使えればそれで良い」という事だ。

 それ以降は頭の良い連中に任せる事にして俺はそれらの恩恵に預かる事にしよう。



「ロンドか、久しぶりだな。こっちは元気だよ」

『馬鹿だな。君が元気なのは当然だ。僕はお嬢ちゃん達が元気かどうかを訊いているんだよ。お嬢ちゃん達が元気な限り君が落ち込む事なんて有る筈が無いだろ? このロリコン野郎』

「……ご挨拶だな。まあ違いないけどよ」

 酷い言いぐさだが、まあロンドの言う事は事実に相違無い。それにこれは彼独特のジョークだ。それが分かっている俺だが、しかしどうしたってまともに取り合う気にはなれない。



『ははっ。良いじゃないか、少しくらい。……さーて。そんな事よりも僕が君に電話してきたって事はどういう事か分かる、よな?』

「…………。三人娘への傭兵依頼か」

 俺は溜息を吐いた。そもそもこれは三人の意志を尊重した上での結果とは言え、それでも気分は落ち込み、首は俯いてしまう。



『悪いな。正直、君には言いたくない事だし僕もお嬢ちゃん達には戦場なんかに出ずにのどかに日々を生きて貰いたい――――ってのは何度も言っている事だったね、すまない。

 でもお嬢ちゃん達にぴったりの依頼があったら紹介するようお嬢ちゃん達にも言われているんだ。彼女ら自身がそう言っているなら僕が断る理由は無い。僕がやっているのはそう言う仕事なんだ』

「そうだな。ま、お前に文句を垂れても仕方無いか。お前はお前であいつらはあいつらで自分のやりたい事をやっているだけなんだから」


『お嬢ちゃん達の言いたい事も僕は理解出来るから余計にね。自分の食い扶持くらい自分で稼ぎたい……至極真っ当な意見じゃないか。やり方はどうかと思うが尊重してやりなよ』

「食い扶持ね……そんな事に気を遣うところが既に子供然として無いって理解してくれたら一番良いんだけどな……」

『精神は身体の成長に引っ張られる――――そういう事じゃないのかな? 実際、新人類って奴は身体的なパーソナルの他にも知能指数も幾らか僕達より上昇しているそうだし……、つまりは僕達よりよっぽどシビアに物事を考えられるんだろうな』


「そんな誰が調べたかも分からない理論で俺が納得するとでも思っているのか?」

『思わない……思わないよ、カルラ。君はそんな小手先の理論で納得するようなタマじゃあ、無い。じゃなければ今、君はこんな生活をしていないだろう?』

 ロンドは分かっているような口を利く。



 …………いや実際に当たっているんだが。


 仕事上、交渉を持ちかける事が多いロンドは人を見透かしているような態度を取る事が多いし、実際人を見抜く術に長けている。


 否、そうでなくてはロンドのような職業は成り立たないのだろう。



「…………」

 俺は言葉に詰まった。そこまで的確な言葉で射抜かれては返す言葉も無い。


『そうだろう、そうだろうな。まあ君はそういう奴だし、そういう奴で無くちゃならない。だからこそ僕は君の事を信頼しているんだからよ』

「……何の話をしているんだよ」

『ああ、いや失敬失敬。……でも今のところ君はお嬢ちゃん達の紐なんだろう? ならでかい事を言える立場じゃ無いんじゃないかい?』

「ロンド……お前、分かって言っているだろう?」

『勿論』

 ロンドは電話先で高笑いを響かせる。俺は嘆息しつつも、どうにか遠話機による通信を切らないよう踏みとどまった。



『君は確かお嬢ちゃん達が傭兵の仕事をやるって言うから仕事を辞めてお嬢ちゃん達のサポート役に回る事にしたんだろう? お嬢ちゃん達に何かあった時、素早く動けないと困るってね。そういう気概はロリコンとして感心するところなんだろうけども、でもだからこそお嬢ちゃん達の仕事を尊重してやらなきゃね』

「危険な事に首を突っ込んで欲しくは無いんだけどな。まあ今更何を言っても仕方無いか……」

『そういう事だよ。君は精々神経をすり減らしながらお嬢ちゃん達の無事を祈りなよ。僕もその祈りには一枚噛まして貰うけれども。それで君の肩の荷が軽くなるとは思えないけどもね』

 ははは、とロンドは柔和に笑う。……本当、お前は良い性格をしているよ。



『……とまあ。そんな訳でこっからは仕事の話だ。君はお嬢ちゃん達をサポートする立場なんだ。ちゃーんと伝えて、仲介してくれよ。伝令が正確に状況を言葉で伝えなければ勝てる戦も勝てはしないんだからさ』

「はいはい、分かっているよ」

 その後、ロンドは三人娘の仕事内容、集合場所、報酬、注意事項などを淀みなく話した後に通信を切った。

 伝言係を仰せつかった身としてはこれから三人娘に傭兵の仕事に行くよう伝えなければならない。

 サポートすると大見得切ったものの、あまり気の乗る話では無い。



 ……ほーんと、ままならねぇな。

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