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第13話


 かつてこの世界の様々な場所で行われたとされる戦い。戦争。中には一方的で、戦争というよりも虐殺と呼んでよいものは数多くあった。

 戦いは始まった時点で勝敗を決している事さえ、あるのだ。



 …………だが。俺は敢えて言おう。


 絶望的な状況に晒されたところで、真の男とは戦いを諦めるものだろうか。


 むしろ切迫した状況の中で道化を演じ、役者に甘んじ、泥を啜ったとしても、それでも自分の中にある矜持を守りきった者こそが真の男と言えるのでは無いだろうか。


 そして矜持を守りつつ、理想を抱きつつ、状況を変える存在の事を我々は『英雄』として褒め称えていたのだろう。


 俺はそんな存在にはなれない。頭で考えたところでその存在まで『昇華』しきれない事など俺は既に知り得ている。



 しかし、しかしながら……。それでも求めなければならない。


 泥に浸かりながら、血を舐めながら、闇に染められながらも――――求めなければならない。 


 何故なら――俺は――



 ――――俺は目の前に可愛い少女が居ればセクハラせずには居られないのだから。



 まあそんな訳で。そんな所で。


 現実逃避はその辺にしておくとしても俺は状況を整理しなければならない。

 状況を把握し、その隙を突く――――そうしなければ俺は理想郷への道を追う事は許されないのだから。俺は今現在、最良手を見つけなければならない。


 当初、三人娘の風呂を覗く為に俺は廊下を進んでいたのだが、風呂わずか五メートル手前まで近づいたところで俺は違和感を感じ取った。


 ――――あまりにも。そう――あまりにも何も無さすぎるのだ。



 いや。それはこちらにとって、とても良い状況だ。

 進軍する先に敵がいないのであればそれに越したことはない。


 しかし、しかしながら……、俺は確信を以って言える。

 あの三人娘――――新人類と呼ばれし可憐な少女達がここまで隙だらけな筈が無い。



 俗称とは言え悪魔の子供達とまで言われた少女達なのだ。それは蔑む意味でもあるが、本来の意味は違う。ここで言う本来の意味とはあまりにも強大な力故、あまりにも比較にならない力故に、俺達が畏敬の念を籠めて付けた名前こそが――――『悪魔』なのだ。



 そんなカテゴリに属するあの娘達がここまで甘い、か?


 今まで、まあ、ちょっとした過ちとは言え――何度と無く覗きやセクハラを繰り返してきた俺に対して彼女達がここまで無警戒であって良い筈が無い。



 それは即ちこの俺にとって有利過ぎる状況は彼女達の思惑通りに進んだ状況と言う訳だ。

 詰まるところ作られたワンサイドゲームだ。


 事ここに至って欣喜雀躍を叫び続ける程、間抜けな俺では無い。

 俺は胆に力を籠めつつ、すり足でゆっくりと警戒しながら廊下への道を進んでいく。


 そしてふと、気付いた。廊下の内の一角、数センチ×数センチと言った具合に小さな板だけがほんの少しだけ浮いている事を察知した。



「…………」

 俺はおもむろに、しかし警戒を怠らずその板を少しだけ沈ませる。うつ伏せになり腕を出来る限り伸ばしつつ、その指先で以て板を沈みこませた。


 俺は次の瞬間、渇いた機械音を耳で捉えていた。

 きぃ、と天井付近でからくり仕掛けの音が振ってくる。骨を軋ませたかのような不気味でいて悲痛な叫びのようだった。黒々とした叫びと共に天井から何やら振ってくる。


「……ひッ」

 俺は思わず声を漏らしてしまった。いや、漏らさずにはいられなかった。


 何故なら俺の指先より数センチ前、そこに縫い付けるようにして矢が刺さっていたのだから。



 ……あいつら、覗きに入ったが最期、俺を殺すつもりだ。



 先程、真弓が振り被ったフライパンの衝撃どころの話では無い。当たりどころが悪ければ即死出来る、命を穿つ矢がそこには刺さっていた。


「…………おいおいおいおい」

 さすがの俺も気が引けてしまった。確かに覗きは公式に認められるべきでは無い愛の示し方だと言えよう。だがどうして美少女を前にして俺がセクハラを止められると言うのだろうか。


 それは本能、言うなれば砂糖を落としたら蟻が這い寄ってくるように、陽が差したら草花がそれを糧へと変えるように、詰まる所生きる為に仕方の無い事だったのだ。



 ならばどうして咎められよう。どうして止められよう。


 俺は只々、理想を追い求めているだけなのに…………ッ!!



 さてはて。まあそんな事を言ったところで、言わなかったところで覗きは犯罪なんだけどね。

 犯した罪なんだけどね。


 それに矢が射出された場所、角度、命中場所から察するに狙った場所は侵入者の足先辺り、まあ間違っても殺すつもりは無かったのだろう。これも恐らくは彼女達による牽制の意味での弓矢だったと見るのが正解だ。 


 だがそれは同時にこれ以上、踏み込むならば容赦はしないというサインだ。

 殺す無いし、殺す気概で撃退するというサインに程近い。


 言うなれば風呂場までの五メートル、ここからは死への道と言って良い。

 死を誘発させる血の色が染み込んだ三途の川だ。



 ――――戻る、か。



 俺は少しだけ躊躇した。殺す程に拒絶されている、言うなればこの覗き、バレれば俺は首を括られてもおかしくは無い。むしろそれが自然の摂理なのだ。


 生きて帰る事などという甘い事は言って居られない。俺、この覗きから帰ったら結婚するんだ――――などといううわ言さえも呟いてしまいそうなくらい危ない行為だ。


 そんな事をせずとも俺は幸せなのではないか。


 そんな事をせずとも俺はあの娘達と一緒に居られるだけで幸せなのではないか。



 ――――否。直ぐに俺はそれを否定した。


 あの娘達のあられも無い姿を俺は見たいのだ。一つ手前の幸せなぬかるみに甘んじてはいけない。


 貪欲に意地汚く俺は幸せを探し続けるのだ。新たな幸せを探すにはリスクも同時に背負わなければならない。リスクを以て幸福を求める。何もせずに堕落してゆく豚を演じるよりもよっぽど幸せな活路なのだ、これは。



 だからこそ俺は逃げない。覗きという道から逃れられない。


 更に言えばこれはチャンスなのだ。



 俺を殺す覚悟が三人娘にあると言うのならば、それは同時に殺される覚悟があると言う事だ。

 殺られる未来を受け入れる態勢が整われていると言う事だ。


 とは言ったところで俺は少女達を殺すつもりは毛頭無い。文字通り毛先の一本でも傷つけるくらいなら俺は自身の髪の毛を毟る所存だ。



 ならばどうする――――決まっている。俺は彼女達を愛でるのだ。



 殺さない代わりに彼女達を受け入れる。殺す覚悟があると言うのにその覚悟が無いとは言わせない。つまりこれは俺にとって願っても無いチャンスなのだ。



 だから俺は前進し続ける。前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ。



 死と愛を胸に抱いた幸福なる前進だ。故に俺は覗きを止めない。


 ふっと破顔し俺は立ち上がった。矢を下手に見遣る。もうあの矢を怖がる必要は無い。あの矢は彼女達による言わばツンデレの一環だ。ツンと尖るは矢の穂先。きらりと光るのもこうしても見れば趣があろうと言うものでは無いか。不思議と恐怖を覚える事は無かった。


 前進。板に隠れたボタンがあった場所よりも前へと躍り出る。ここからは未知の領域だ。しかし俺は恐れない。しかし何があったところで回避出来るよう警戒だけは怠らない。



 足先に細く見えないワイヤーが設置されているのを俺は察知した。だが、俺は敢えてワイヤーを切る。 

 ツンデレならば――愛ならば――甘んじて受けねばならぬ。


 瞬間、正面から弾丸が火薬と共に射出された。俺はそれをすんでのところで避ける。

 よろめいたところで新たな隠しボタンを押したようだった。矢が右斜め前及び左斜め後ろから飛び出す。俺はそれを身を捩って躱す。


 しかし躱す寸前、左頬に血しぶきが走った。どうやら上からも矢が射出されていたようだった。失態。俺は流れ出る血を仰ぎ見ながら態勢を尚も崩す。

 滴る血で廊下を埋めながら俺は態勢を立て直そうと、尚も右足を前に進める。


 そして、次の隠しボタンを押してしまう。その隠しボタンによって天井より飛び出したのは鉄球。それも単数では無く複数の鉛の雨だ。天井から振ってくる仕掛けという事は察するに鉄球の重さは馬鹿にはならない。一つでも受け止めれば、かなりのダメージを負う事になるだろう。


 鉄球の数は十。俺は全てを見切りながら前進を続ける――――甘い。この程度の罠で俺を嵌めようと言うのなら三人娘よ、まだまだ知恵が浅すぎる。認識が甘すぎる。俺を舐めすぎている。


 俺は少女を前にした時、戦闘力が数倍に跳ね上がるんじゃね、と巷では噂されている――かも知れない男だ。ならば俺が鉄球の雨あられを前にして臆すると思うのは片腹痛いと言わざるを得ない。



 前進――――前進だ!



 ――――いや、待て。俺は嫌な予感を感じ取った。言うなれば第六感。恐怖を前にして毛が逆立つのを俺は感じ再度落ちてくる鉄球を俺は観察する。


「あれは…………手榴弾!?」

 黒々とした鉄球の中に一つ俺は他と形が違う梨型の異物を発見した。

 あれは俺でさえも知っている戦場での華。その花弁で人の命を根こそぎ奪い取るべく設計された悪夢の産物だ。


 ピンは当然――――抜かれている。

 不味い。このままだと俺は確実に木端微塵だ。恐らく風呂場までは粉々にはならないが、しかし脱衣所辺りまでは容易に吹っ飛ばせるだろう。



 俺は駆けだした。手榴弾の元へと、手榴弾の落下地点へと駆けだす。逃げ出すという選択肢は無い。ここで逃げ出せばお風呂先まで爆破されてしまう。

 

 そうなれば――――覗けない。


 少女達のあられも無い姿を覗けなくなる。さすがに脱衣所が木端微塵になれば三人娘も呑気に風呂に入っている場合では無くなるだろう。そうなれば俺は何を求めてお風呂場まで行けば良いのだろう。


 何を求めて――――逃げ出せば良いのだろう。


 否。ならば逃げ出す選択肢など捨てよう。次に繋がらない逃亡など一体何になろうと言うのだろうか。



「おおおおおおおッッ!!」

 落ちてくる鉄球が身体を抉る。肩を、首元を、太腿に鈍い衝撃が走る。頭だけには直撃を貰わぬよう俺は前進を続ける。鉄球は成るベく躱したかったところだったが今、そんな悠長な事を言ってはいられない。

 少しでも遅きに失すれば俺は何か失ってはいけないものを失くしてしまう気がする。人として――――いちロリコンとしてそんな事はあってはならない。


 色んなモノを失くしてこの場に居る以上、俺はもう何物をも失ってはならない。



 手榴弾が落ちる一歩手前、俺はギリギリで落下地点に辿り着く。

 すぐさま落ちていた鉄球を拾い上げ、即座に天井に力任せに放り投げ、そして鉄球が突き破った天井の穴へと手榴弾を放り投げた。


 手榴弾は見事、穴に吸い込まれその身を闇夜に躍らせる。一秒、二秒――――その後その身を爆発させ凄まじい衝撃を生み出した。劇的な花火に俺は思わず苦笑いを漏らす。


 ――――さあ、これで邪魔者は居なくなった。


 狩りの――――時間だ! 少女達を愛でる為の求愛の瞬間だ!



 今日こそ俺は彼女達によって操を捨てる!



「うっひょおおおおお!! ナナ、フィオ、ミーシャ! お兄ちゃんだぞ、お兄ちゃんだよ! さあ一緒に愛し合おうぜぇええええ!!」

 俺は勢いよくお風呂場、もとい脱衣所のドアを開けた。



 勢いよく、情熱的に、そしてワイルドに開けてやった。


 覗き? ああ、普通は隠れてこそこそやるみたいだね。いや俺も普段ならそうするだろう。覗きは見つからずに遂げるのが、よりスタンダードなスタイルだ。


 しかし俺はそんな悪しき風習を脱する。


 覗きを正面切って行う! そんな覗きとは一線を画した新しきスタイルを確立した。


 そもそも少女達を愛する事に何を怯える必要があるのだろう。何を隠れ潜む必要があるのだろうか。

 俺は堂々と少女を愛したいのだ。


 だからこそ俺は敢えて勢いよくドアを開けてやったのだ。



 ――――しかし。



 俺は直ぐにそれが間違いだと気付いた。覗きとは、覗くという行為は何故隠れる必要があるのか。何故偉大なる覗きを成し遂げた先人達は堂々と大見得切った覗きを為し得なかったのか。


 それもその筈。彼らは恐れたのだ。



 覗く対象こそ、人間こそが最も恐ろしい障害だと言う事を――――恐れたのだ。 


 そもそも既に遅きに失していたのだ。少女達がお風呂に浸かる時間を俺は読み違えたのだ。罠があるという事を警戒し過ぎたのが、そもそもの罠。それによって時間を使い過ぎた。


 俺は慎重になり過ぎたのだ。だから。だから――――



 三人娘の内、フィオが既にお風呂を終え着替え中で、そして着替え途中の上、彼女が下着姿のまま、パジャマを手に取っている瞬間を俺は目撃した。


 そう言えばフィオは熱いお湯が少しばかり苦手だったと俺は記憶している。

 

 だから彼女はナナ、ミーシャより先んじてお風呂から上がるのはいつもの事だ。そんな帰結の元に俺はフィオの可愛らしい下着姿を見た。


「…………お、お兄……様…………ど、どうやってここまで?」

 驚き。羞恥。憤怒。羞恥。羞恥。羞恥。…………そんな具合で表情が変化していくフィオの表情に俺は内心、冷や汗だらだらながらも(当然、この間もロリコンとして彼女の姿を心のピンナップに収める事は欠かさない)表情を崩さずフィオに近づいていき、そしてニカッと笑って、彼女の小さな肩に手を置いた。



「成長――――したな、フィオ」

 特に胸とか、な!



「きゃ、きゃあああああ!! お兄様のエッチぃいいいい!!」

 良い事言っている風にして誤魔化そうとした俺だったが、所詮は追い込まれた者の発した浅知恵、状況を好転させるには至らなかった。



 そして俺はフィオによって悲鳴と共に突き飛ばされる。少女達の中では断トツに大きいとは言え、それでも男の俺とはかなりの体格差がある筈のフィオの力を俺は殺しきれず思い切り脱衣所の端まで吹っ飛ばされ背中を強打した。



 この力……さすがは新人類、と言うべきだろうか。


「お、お兄様……お兄様がふぃ、フィオのはだ、は、裸を…………そ、そりゃあいつかは…………とか思ってたり、したけ、しますけど……でもこんないきなり……あわ、あわわわわ」

「…………」

 俺は無言で彼女の様子を観察する。もう俺からする事、出来る事は何も無い。

 後は迫りくる状況を受け入れるだけだ。


 フィオが新人類特有の余りある力で以て俺に制裁を加えるというのなら俺は甘んじてそれを受けよう。


 それこそが欲望に駆られ、本能のままに動いた俺が受けし当然の報いだ。


 肋骨を折られ、打撲を抱え、内臓が破裂しようとも俺は彼女の『愛』を受け入れるべきだ。それくらいの器量はある。いや、それぐらいの『愛』が受け入れなくてどうしてロリコンを名乗れるものか。


 だから俺から何も言わない。何も言えない。



 ……まー、フィオが許してくれるのならそれが一番良いんだけどね。


 とは言えフィオとてそこまで甘い訳では無かった。



 むしろ…………どうやら混乱している少女に多くを欲するのは間違っていたようだった。


「あわ……お兄様、あわわ、わ…………でも、今はまだ心の準備が……恥ずかしい……恥ずかしいです、ごめんなさい、お兄様ぁあああああああ!!」

 フィオは何故か脱衣所に持ち込んでいたアサルトライフルを右手でむんずと掴み取ると、あろうことか――いや、まあ、この状況ではある意味当然なのだが銃口を俺へと向けた。



「あ、いや……ちょっと待って……。骨の一本や二本は覚悟していたけれどそれは……銃弾の雨あられはさすがに無理、無理だ――――ッ!!」

 一応、フィオが恥ずかしさを隠す為に放った銃弾であったので俺に直撃こそしなかったし、危なく脳髄を曝け出すところだったが足先だったりを掠る(緩和表現)に留まった。



 覗きで俺が得たモノとはフィオの下着姿(脳内保管)とミーシャが仕掛けた数々のトラップによる怪我、フィオの銃弾によって受けた傷、そしてナナによる怒りの鉄槌だった。




 理想郷とはどうやら痛みを伴う場所であるらしい、そんな教訓を俺は得た。プレイスレス。

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