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第11話

 彼女達の姿が見えなくなり暫く経った後、俺は立ち上がる。


「――――さて。覗きに行くか」

「馬鹿じゃないですか?」

 スコーン、と小気味の良い音を響かせながら俺の後ろ頭に重い衝撃が突き抜けた。



 まるで脳を攪拌されたような錯覚を覚え意識が闇に埋没しそうなところを踏みとどまる。白目を剥きかけていたのを強引に引き戻しながら俺は後ろを振り返る。


 そこには素晴らしいフォロースルーを維持しつつフライパンを両手に握りしめていた真弓の姿があった。膝を付く俺を無表情に見下ろす彼女の姿には氷に寝そべっているような寒々しい威圧感を覚える。


 ……いや。と言うか真弓よ。お前は主人の頭をフライパンなる鈍器で思いっきり叩くのか。さすがは優秀なメイド。主人の調教ケアもバッチリという訳か。じゃなくて。



「……おい、真弓。首後ろに凄まじい衝撃を感じたんだが……殺す気か?」

「ええ。そう感じるように殴りましたから。あわよくばカルラ様のイカレた脳味噌がマシになるよう殴らせて戴きました。どうです? 貧乳と巨乳、カルラ様はどちらがお好みですか?」

「膨らみかけの貧乳こそが至高の身体付きよ……」

「ああ、まだ病気でしたか。――――では」

 真弓はもう一度、フライパンを握り直す。


「待て、次は死ぬ。マジで死ぬ! 一体全体俺が何をした! 何故殴るのか、訳を言え!」

「事ここに至って訳を言わねば分からぬというのであればそれこそカルラ様の頭はイカレていると思われるのですが。いかがでしょうか?」

「ですよねー」

 だよね。覗き駄目絶対、だよね。



 俺だって覗きが駄目。そんな事は重々承知の上だ。


 ――――しかしながら。


 俺は眼前の恐怖と相対し、そして言って見せる。



「分かっているよ、真弓。だが……退いてくれ。俺はここで引く訳にはいかないんだ」

「ここで尚、引こうとしない貴方にこそ私はドン引きしている訳ですけれども」

「いや、まあ、うん……だが!」

 俺は彼女が塞いでいるリビングの奥、今は見えないが廊下の奥にある理想郷に視線を送った。



 そこに展開されている光景は至宝のロリフィールド、一糸纏わぬ少女が住まう夢の楽園だ。

 興奮で指先が震えているのが分かる。……この感覚に俺は嘘を吐けない。


「真弓。俺はあの理想郷を前にして立ち止まる訳にはいかないんだ! もしもこんな所で立ち止まってしまえばロリコンとしての根幹に関わる! 至宝の光景を前にして立ち止まるなんて事を俺は……出来ないッ。だからそこを退いてくれ、真弓」

「ほーんと、どうしてこんな人がマトモな生活を送れてるんでしょうかね……。どう考えたところでどっかの国の牢屋に繋ぎ止められているべきでしょうに」

「うん。もしもここが法治国家でそれでいて十二歳以下のロリに対し欲情してはならない社会だったら俺は一生涯牢屋から出られないと思う」

「そんな事を自信満々に言われても……」

「いやロリコンってそういうもんだし」

「最悪ですね、ロリコンって」

「…………」

 やばい。百パーセントこちらが悪いと分かっているので言い返す事が出来ない……。


 でも好きだもん! しょうがないよ!



 ――――などという感情論で動かされる程、真弓は楽に躱せる存在では無い。


 よってより分かりやすい理論展開、もしくは交渉をする必要がある。


 先程彼女達の気持ちを蔑ろにして自身の欲望を果たすのはロリコンの精神に反するなどと言った俺だが、しかし彼女達の気持ちを尊重しつつ自身の欲望を果たす方法だってあるのだ。


 それは当然――――バレずに見る事だ。



 犯罪も白日の下に晒されなければ犯罪にはならない。それはむしろ駆け引きに当たる。失敗すれば俺は豚箱行きも辞さない覚悟だが、それでもやりきってみせる自信はある。


 そんな風に超理論を展開している俺だが詰まる所そんな机上の空論を思い浮かべるまでに俺は――――可愛い少女の可愛い姿を見たいのだ。



 だから俺は――止まれない。止まらない。


 俺は無言で自身の状況を再確認する。現在、俺は真弓を見据えている状態。武器になるものは何一つ携帯しておらず秘策もまた無い。対して真弓は俺の理想郷への進路を封じ武器はフライパンを持っている。


また彼女自身、女だからと言って一笑に伏す事など出来ない。彼女自身の身体的パーソナリティはこの際置いておくとしてもメイドとしての誇りから来る集中力は並大抵のものでは無いだろう。生半可な手段で訴えれば、まず俺は彼女に屈する事となる。



 空気が耳に痛い。一歩も動けず、視線ばかりを俺は動かす。対して真弓は視線を固定したまま動かない。集中――しているのだろう。


「……待て。真弓、冷静に話合おうじゃないか」

 俺は破顔し、彼女に話しかけた。



 状況があまりにも不利だ。どうにか状況を変えて打開策を見出すしか道は無い。


「カルラ様。下手な交渉をしようとしても無駄ですよ。私は応じません」

「違うよ。そういう事じゃない。お前は俺の進路を封じている。更に武器まで持っている。対して俺は何も持っていない。文字通りの丸腰にして策がある訳でも無い。そんな中で下手に頑張るのも疲れたと言う訳さ」

「それは――――諦めたって事でしょうか?」

「んー……そうじゃないな。俺は妥協案を見つけようと思った訳だ」

「……妥協案?」

「つまり――何処までなら許してくれるかって事だ。何処までならお前は見逃してくれる? 目を瞑っていてくれるんだ? まずはそこを話しあおうと思ってな」

 ここまで高い集中力を維持し続ける相手をやり過ごすのは並大抵の事では無い。と言うか俺には無理だ。俺みたいな凡庸足る何の取り得も無い人間に武器を持った人間に相対しようなどと言う事は最早不可能に等しい。



 ならば彼女自身が認める道を作ってしまえば良い。俺が考えたのはそういう事である。


「どこまでなら許してくれる? もろに彼女達の風呂を覗くのは無いにしても脱衣所までなら許されるか? 盗聴器を放り込むのは? 彼女達の風呂の様子が聞こえる位置まで近づくのは? 三人娘のパンツをくんかくんかするのは――どうなんだ?」

「カルラ様……」

 真面目な顔で妥協案を探る俺に対し真弓は――これ以上無く白けた顔をしていた。


 彼女と長い間一緒にいた俺なら分かる。

 あれはどうしようも無い人間を見る目付きだ。ゴミを見つけたような表情だ。


 ……あれ? 俺ってそこまで変な事を言ったかな?



「カルラ様。貴方様って人は本当に駄目人間ですね。生きている意味、あるんでしょうかね?」

「え、いや、ちょっと待て。俺はただお互いが認める道を探る為、案を出しただけの事だ。何処に呆れられるような事があった?」

 はぁ、と真弓が諦観の面持ちで溜息を吐いた。


「私が何故覗くのが駄目かと言っているか分かりますか? 私は健全な少女であるお三方に対し欲情してしまっているカルラ様こそがそもそも許されないと言っているのです」

「な……。じゃあ俺、普段から許されないじゃん」

「はッ。今頃気付いたんですか?」

 真弓は鼻を鳴らして俺を見て笑った。すっげー馬鹿にされているなぁ……。


「それにさっきの妥協案でしたか? あれ、なんですか? 妥協案って意味分かります?」

「ああ。俺としては妥協案としてはピンからキリまで揃えたつもりだ」

「それ私にとっては全部、同じようなものですから」

「なん……だと……。有り得ない……そんな馬鹿な……」

 さっきのが全部同じ……だと? そんな事ある筈が無い。


 脱衣所で彼女達と同じ空間にいる雰囲気を楽しむのと声が聞こえる場所で佇むのが同じ事だと言うのだろうか。匂いを嗅ぐのがハードルとして何処にあるのかは別問題だとしても少女達のお風呂後に残り湯に浸かって妄想するのが同じとはとても思えない。



 一体真弓が何を言いたいのか……。俺には分からない。


「悲愴な顔付きしている所真に恐縮ですがそもそも少女のお風呂は覗いてはいけません。何故そんな事を説明しなければならないのでしょうか? こちらこそ訳が分かりませんよ」

「駄目とか駄目じゃないとか、良いとか悪いとか、倫理観とか道徳観念とか、善とか悪とかそいうものは俺にとって全く関係が……無い。何故なら俺は――」

 俺は真弓を真っ直ぐ見つめる。


 この言葉には嘘を吐いていない事を示す為に。



「何故なら俺は――――ロリコンだから。偏愛をこの身に抱いた時から既に常識観念などとは別のところに居る。それを俺はとうに知っている」

「カルラ様。ドヤ顔しているところ悪いですけれど、幾ら格好良く言おうとしても、その言葉は格好良く無いですよ? むしろ犯罪集が一層増しました」

「…………。そうだね」

 雰囲気だけ良くしようとしてもどうやら駄目だったらしい。



 まあ実際、言葉なんてものは響きだけ良くしようと思えばどうにかなるけれど真面目に聞かれては、もう取り繕うのは割と難しくなるものである。


「……さて。ここまで私に止められて尚、カルラ様は突き進むと言うのですか?」

「当然だけど?」

「常識観念が無さすぎて最早何が常識なのか分かりませんよ……」

 真弓は額に手を当てると瞑目するようにして首を振った。



 そして肩を竦めて構えていた腕を下ろした。だらり、と下がった腕で持っているフライパンが床についてゴウン、と音を鳴らせる。


「私はこれでも一使用人の身の上です。ここまで止めたところで止まらない主人をこれ以上止める術は持ちません。どうぞお通りになって下さい」

「……良いのか?」

「良いとか悪いとかそういう問題では無くこれは私の領分を越えているのです。ですが――」

 真弓はちらりと廊下の奥へと視線を送り、そして言う。



「――――実際のところ私が何とかせずともお三方が何とかしてくれているでしょう。俗称とは言え『悪魔の子供達』と言われ人々から恐れられている子供達。何の対応策も練っていないとは思えません。それをカルラ様にどうにか出来るとは思えませんから」

「随分と侮っているじゃないか」

「いえ。これでも私はカルラ様を高く買っているんですよ。だって私が使えている主人ですもの。しかし今回ばかりは相手が悪い。精々可愛がって貰えると良いですね」



 真弓はクスクス、と不敵な笑みを漏らしてリビングを出て行った。

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