おじいちゃん
今、冬の寒空をワイバーンの背に乗ってブリージョの実家へ向け飛んでいる。
「さぶいぃ〜。アクアは寒くないの〜?」
『大丈夫だよ〜。いつも、ドーラの背中に乗っていたし〜。』
アクアは、ワイバーンの背中に乗るのではなく、頭の上で何食わぬ感じで遠くを眺めていた。
「父さん、おじいちゃんのいる街が見えてきたよ〜!」
「もうちょっと街に近づいたら、ワイバーンから降りて、少し歩いて行こうか。街でワイバーンの姿を見せるわけにもいかないしな。」
「それにしても、ワイバーンの背中に乗って行くと早いわね〜。馬車で一週間ほどかかるのが、2日でついちゃうんだもん。」
「空は、遮るものが何もないからなー。幸い、モンスターも出なかったしな。さ、そろそろだ。」
そう言うと、街のそばで降りワイバーン達を自分たちが住んでいる森へと返した。祖父の住んでいる街は、塀に囲まれた交易ダンジョン都市である。街の中心地にあるダンジョンに住むモンスターから出る素材などをメインに交易で大きくなっていった街である。ビエントとブリージョはここで知り合い、ダンジョンに一緒に潜っていた。その後、ダンジョンだけでなく、他の地域でダンジョンより湧き出た、モンスターの討伐などを請け負い生活をしていた。
。。。
「身分証の提示をおねがい・・・もしかして、ブリージョお嬢さんですかい?」
「お久しぶりです。ゴンさん。もう、お嬢さんなんて呼ばれる歳ではないですよ。」
ゴンは祖父の営む道場で師範代を務め、この街の門番をやっており、今日は北門の警備に当たっていた。そんなゴンは、ブリージョの幼い頃から知っている犬型の獣人である。疑問形になってしまったのは、フエルサが生まれてから、なかなかこの街に帰ってこれなかったからだ。ただ、犬の聴覚でブリージョの匂いだと思い出したからだ。
「私にとっては、お嬢さんは、いつまで経ってもお嬢さんですよ。そこにいるのは、お嬢さんの息子さんですか?」
「ゴンさんってば、もう!息子のフエルサです。こちらは、ゴンさん。挨拶して。」
「初めまして!ゴンさん!」
「初めまして!フエルサ君!ところで、お嬢さん今日は里帰りですかい?」
「そうです。今日からフエルサを父のところで鍛えようと思って!」
「じゃあ、またあとで道場で会いますね!」
「今日は、取り敢えずお父様に挨拶をして、この子に街を案内しようと思うから、明日以降道場で会うことになりますね。」
「じゃあ、ビエントさんはフリーですよね!」
「ゴンさん気づいていたんだ、僕がいること・・・もしかして、道場で乱取りしようとか言い出すんじゃ無いだろうね!?」
「ちゃんと気がついてますよ!お嬢さんの後ろで隠れていたって。後で、門下生と僕とで乱取りしますよ!」
「い〜や〜だ〜!!!」
「ハハハ!あれから怠けてなければ、まだまだやれるでしょう!まぁ、何はともあれ、お帰りなさい。交易ダンジョン都市"ラスヴェート"へ!と、その前に、一応身分証見せてもらいますね。」
身分証が必要なのは、犯罪などを犯していないかのチェックをするためである。フエルサの家族は、もちろん問題無くパスし門を後にした。門から続く大通りを行くと、大きな建物が見えた。それは、モンスターがダンジョンの外に出ないために、厳重にかつ、重厚に作られた建物であった。ここに入るためには、成人にならないと入れない為、今のフエルサではまだ入れない。フエルサの成人まであと、3年ある、それまでに力をつけるために今日この街にきた。
建物を中心に、放射状に伸びた大通りを南に少しばかり行くと通りに面して大きな屋敷が見えた。中からは、結構な人数の掛け声が聞こえてくる。道場併設のこの大きな屋敷が、ブリージョの実家である。
「ただいまー!」
ブリージョが玄関で声を上げると、奥から気品の溢れる女性が出て来た。
「あら、ブリージョお帰りなさい!貴女帰って来るの急ね!」
「いいじゃ無いお母様、なんて言ったって私の実家でしょ。」
「先に連絡してくれると良かったのに。折角、あなた達一家が来てくれたのに!もう、この時間からなんてご馳走用意出来ないわよ。」
「ご馳走なんていいわよ。今日は、お父様にご用があって帰ってきましたの。」
「そうなの?孫が久々に来てくれたっていうのに!」
「私のためじゃ無いの?」
「もう貴女はいいの。今は、フエルサちゃんよ!ようこそ!玄関でこんな話してても仕方がないから、リビングに行ってて、お父さん呼んで来るから。」
そう言われ、家族はリビングへ進んだ。武門の名家であるブリージョの実家は、余計な物を置かずローテーブルとソファーしかなかった。そこで、寛いでいると小柄な男性がやって来た。それが、ブリージョの父である。
「おかえり。」
優しい声で、フエルサ一家を出迎えてくれた。
「今日は、私に用があると聞いたのだが?」
「そうですのお父様。フエルサに格闘術を教えて頂きたくて、そのお願いに来ましたの。」
「フエルサをか!いいじゃないか!よし早速道場に行こう!ビエント君も勿論行くよね!」
「やっぱりこうなった〜!」
有無も言わず、フエルサとビエントは道場へと連れて行かれた。
。。。
道場に着くなり、ビエントとブリージョの父ヴィールヒとの組手が始まった。無手で立ち会うのが、ここの流派である。モンスターとの戦いには武器が必要である。モンスターや魔獣との戦い中、長引くことで武器は磨耗し、使えなくなっていく。武器のスペアがあるなら大丈夫なのだが、武器がない状態に陥る場合がある、そこで、こういった無手での格闘術が必要になってくる。
道場主であるヴィールヒにビエントは攻撃を繰り返すが、受けと捌きでひたすら有効打を与えることが出来ない。むしろ、捌きで体が流されたところに、軽く掌を叩き込まれていた。ビエントはこのままでは、有効打を与えることが出来ないと思い、組みにかかったところ、腕を取られ、関節を決められた。
「参りました。」
「まだまだですね。」
ワイルドボアをいとも簡単に倒した、ビエントが赤子のように捻られた事、ヴィールヒが、60歳過ぎているにも関わらず、軽快な動きをする事、どちらもフエルサを驚かした。
「フエルサ、今日はじぃじの強さを見てもらいたかったのだ。ちゃんと修行を重ねれば、強い冒険者でも勝てるって事だ。今日は、さすがにこれから修行をつける事は出来ない、明日からやっていこう。」
「はい!お爺様!」
そういって、道場を後にしダイニングへ行くと、豪華な食事が用意されていた。どうやら、ゴンさんが仕事終わりに、ブリージョを知っている門下生達に帰って来たことを伝えたことで、豪勢な食事が運ばれて来たようだ。
食事が終わり、フエルサは寝室で寝たので、ブリージョはヴィールヒにみんなの前で言えなかった事を相談した。
「お父様、フエルサは赤眼が無意識ですが使えました。ただ、彼はアクアと契約したことにより魔力が今、ほとんどありません。もって、連続使用で10秒も使えないと思います。それでも、赤眼の使い方を教えてください。」
「フエルサも使えるのか。わかった、短い時間しか使えないというのは、なかなか大変だが、あれは有用なだけに使い方も修行の中で教えて行こう。知らぬ間に使って、倒れても困るからな。己の事を知ることは大事だからな。ところで、いつまでこっちにいるつもりだ?」
「私達は、この冬が終わるまではいるつもりです。お父様が、フエルサの修行に時間がもっと必要な場合は置いて帰ります。」
「良いのか?』
「ええ、彼は春になったら狩りに出たいみたいですし、冒険者にもなりたいみたいです。成人までに力を付け、死なない様にして欲しいのです。」
「うむ、わかった。」
「あとお父様、フエルサは普通の子供より回復が早いです。アクアと契約した後からですが、何か特別な力を得たみたいです。多少、無理をさせても問題無いと思いますので。それと、この事は他の人に分からせない様にお願いいたします。その事で、フエルサとアクアの身に何かがあっては困りますから。」
「特別な力か、明日からの修行をみないとなんとも言えないが。ところで、あの子の身体いい筋肉のつき方をしているが、あれはお前にもやらせた、水汲み、薪割りのおかげか?」
「そうです。あとは、槍の稽古をしていました。」
「じゃあ、水汲みと、薪割りは今後もやらせるとしよう。わしの稽古が終わったあとは、槍の技術を教えてやってくれ。槍はわしの専門外だからな。ところで、お前ら夫婦は春まで何しているつもりだ?」
「稽古が終わるまでは、ダンジョンに潜ってお金を稼ごうと思います。」
「そうか、じゃあ午後までわしが稽古をつけておこう。」
「ありがとうございます。」
こうして、近接格闘のスペシャリストに修行をつけられることとなった、フエルサであった。




