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怪盗は午後口説く  作者: チルヲ
7/11

shot 025

「ちょっと待ったぁ」


 わたしは、今しがたすれ違ったひとりの人物を背中で呼び止めた。


 授業で借りていた予備のパソコンを返すため、隣の棟の教材室へ出向いていたその帰りだ。


 資材置き場がメインで、あとは生徒や職員のパーソナルデータの保管庫しかないその建物は、いつもひっそりとしている。


 そこの廊下で遭遇した彼女には、遠くからやって来る時点ですでに違和感を覚えていた。







「ここで何してんの、シィラ」


 二人目の闖入者に、わたしはもう驚きもしなかった。


 普段腰まである長いブロンドをアップスタイルにし、タイトなスカートのビジネススーツに身を包んだ彼女は、こちらを振り返り、シルバーのフレームの伊達メガネをはずすと、ニッコリと微笑んだ。


「あら、バレたのね」


「バレるでしょ」


 百歩譲って、モデル並みのスレンダーボディーにバービー人形のような顔立ちをした、美しすぎる女教師が存在してもいい。


 でも、ショルダーベルトを付けたP90を肩に引っかけて歩く女教師は、さすがにどこの世界にも存在しないし、どこの世界でもバッシングを食らうだろう。


 その出で立ちで、どうして侵入できたのか不思議だ。






「なんなのぉ? アッキーとケンカ中じゃなかったのぉ? この計画のこと知らないのって、ほんとにわたしひとりだってことぉ?」


 疎外感がピークに達して、わたしは泣きそうになった。


「わたしだって知らなかったわよ。あの鉄仮面、ひとりでいそいそと女子高に侵入する準備しちゃってさ。アイツ、絶対にむっつりスケベね」


「……鉄仮面て、アッキーのこと?」


「他に誰がいるのよ」


 シィラは腰に手を当て、さも自分は正論を述べていると言わんばかりに胸を張った。


 黒いベルトと銃身がこすれてカチャカチャと音を立てる。


 どうしようもない孤独にさいなまれかけていたのに、おかしくておかしくて声を殺してお腹をかかえるのと同時に、やっぱりまだ二人は仲違いしたままなんだなと思い知って、わたしは若干呆れた。


「だいたい、女ばかりのところに男が入って行ったら、目立ってしようがないじゃない。顔だけは整ってるんだから、よけいよ。仕事がやりづらいわ。意地張ってないでさっさと頭を下げて、わたしに任せるべきなのよ」


 シャープな鼻をつんと天井に向けながら、シィラは言う。


 目立つという意味では、類いまれなる美貌の持ち主である彼女にも同じことが言えると思うのだけれど、それは喉の奥に飲み込んで、代わりに「自分が女の子に囲まれたいだけでしょ」と言ってみる。


「あ、わかる?」と彼女は頬を染める。


「夢だったのよねぇ、あっちを向いてもこっちを向いても女の子がいる状況。しかも女子高生。わたしにとってのシャングリラよ、ここは」


 とろけて落ちてしまうんじゃないかってくらい目尻を垂らすシィラを見て、こういう人が教育現場にいなくて本当によかったと心から思った。


「あ、でも、今のところ、わたしの中のいちばんはアンだから。安心して」


 そう言って、わたしの頭をギュッと抱きすくめる。


 安心しての真意はまったくわからないが、と言うより理解したくないが、抱きしめられたことにより鼻の先にサブマシンガンの銃口がコンニチハして、今暴発したら顔の形が変わってしまうと、それが何より怖い。


「話の本題に入ってもいいかな」


 わたしは彼女の豊満な胸を、もとい銃口を押し返した。


 やっぱりハグされるなら同性より異性がいいなと思うわたしは、正常だ。


「シィラがここにいるってことは、仕事の内容を教えてもらったからだよね? 誰に訊いたの? アッキーじゃなかったら、ナカジ?」


 シィラは鼻から息を吐き出した。


「ナカジマがゲロするわけないじゃない。なんだかんだ言ったって、アキの肩持つんだから。それに、言っとくけど今回のコレは、完全にわたしの単独行動だから。『タバサ』は無関係よ」


「え?」


 いよいよ彼女がチームに愛想を尽かしてしまったのかと思ったわたしは、不安になる。


「ねぇ、アッキーが悪いんでしょ? わたしがなとか説得して謝らせるからさ。お願いだから、チームを離れて行かないでよ」


 泣きそうな顔をしてすがると、シィラのほうも眉を八の字にして目をうるませた。


「やだアン、そんなにわたしのこと好きだったの? 相思相愛ってヤツ?」


 そうして、またわたしの顔を自分の胸にうずめた。


 少しキツめの薔薇の香りが、苦いタバコの臭いと混ざって、一気に鼻腔を駆けのぼっていく。


 粘膜が刺激されて、むせる。


 でも、出口をふさがれてしまっているため、中途半端なくしゃみみたいになった。


「大丈夫よ。こんなかわいい子から離れていくわけないじゃない。それに、『タバサ』はわたしにとって大事な収入源なんだから、簡単に手放したりしないわよ」


「ほんと?」


 彼女の胸から顔を引き剥がして、口元をぬぐいながらわたしは訊く。


「ホントホント」


 女優みたいな完璧な口角の上げ方を見て、安堵のため息をついた。


 相手がわたしのことをどう思おうと、わたしは四人のことが大好きだから、四人が揃った時の雰囲気にとても憧れているから、わたしが出会った時のままのチームを維持して欲しいと、やっぱり願ってやまない。


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