shot 024
「じゃあ訊くが、ナカジマとオーレに実習生役が務まると思うか?」
仕事の内容の説明をされるものだと思っていたのに、突然そんな質問を投げかけられて、わたしは一瞬面食らった。
一呼吸置いて、首を振る。
「ううん」
「産休の代理教師の枠すらなかったからな。ちょっと遅れたけど、教育実習生としてならギリギリ受け入れてもらうことができた」
「なるほど」
わたしは二人の顔を思い浮かべる。
ナカジマは、ベテランの体育教師っていうのならわかるけれど、教師の卵の実習生にしては、老けすぎているし、何よりあの巨大なアフロヘアーはあり得ない。
カツラでどうにかなるものでもないだろうし。
かと言って、そんなことで自慢の髪を切るくらいなら、仕事なんてやめてやるとか言い出しそうだ。
オーレも、ナカジマと同い年らしいから、年齢的に無理がある。
失礼だけど、教師なんて柄でもないし。
そう考えると、やっぱり見た目がぐんと若いアキが、いちばんしっくり来る気がするのは否めない。
雰囲気的にも、悔しいがあまり違和感がない。
「待って、シィラは? シィラなら頑張ればイケたんじゃない?」
彼女もけしてもう若くはないが、肌は女子高生に負けず劣らずピカピカツルツルだし、あの美貌ならば十歳くらいサバを読んでも通りそうだ。
すごく真を突いた意見だと思ったのに、アキは殺意すら感じさせる鋭利な目付きでこちらをにらんできたので、わたしは思わず息を止めてしまう。
そうだ、絶交中だった。
そうでなくても、彼女に片棒を頼む際には別途料金が必要になるので、なるべくなら声をかけたくないのだろう。
まったく、いろいろと面倒臭い。
「人選的にアッキーが適任だっていうのはわかったけど、そうまでして盗みに入ってお金になる物なんか、ここにあったかな」
話題の方向を変えようと切り出したセリフだったけれど、まったく思っていないことというわけではなかった。
だって、ここは学校だ。
銀行と違って大量の現金を置いているわけではないし、宝石もない。
研究所やIT企業とも違うから、大金に化ける重要なデータがあるわけでもない。
いったい何が標的なのか。
しかも、偶然にもわたしが通っている学校だなんて。
狙ったわけじゃないのなら、あまりにも奇妙な縁だ。
「それにさ、ただ盗むだけなのに、一週間もかかる理由がわからないよ」
わたしが次々と疑問を口にすると、そのたびアキは顔色を曇らせた。
「……簡単に行かないことだってあるだろ」
明らかに言葉を濁す。
「いいだろ細かいことは。どうせ今回もお前の出番はナシだ。計画にノータッチなんだから、これ以上話す必要もない」
とうとう答えを投げ出してしまった。
こうなると、いまいちスッキリしない。
深く考え込まないタチではあるけれど、白黒ハッキリしないのも、なんだか気持ちが悪い。
「……なんか怪しいよなぁ」
探るようにして下から視線をからめとろうとすると、アキはついとそっぽを向いた。
「うるさい」
その先にまた目線を持っていくと、今度は逆方向に顔を振る。
諦めてやるものかとまたもや目をその正面に持っていく自分が、なんだか子供そのものだなぁと、多少の苦々しさを感じたその時。
わたしの背後で足音がして、ピクリと片眉を上げたアキが、すばやくわたしの手を引き、建物の影へと二人身をひそめる。
わたしたちが隠れた校舎と校舎との細い隙間の前を、女子が三人、笑い合いながら通り過ぎていった。
見たことのない人たちだったから、違う科なのかもしれない。
おしゃべりに夢中で、自分たち以外の人の気配には気づかなかったようだ。
別に、実習生とその受け持つクラスの生徒が話していたって、隠れなきゃいけないほど怪しまれることはないんじゃないの? と言おうとして。
狭いスペースにはめ込むようにして入り込んだ二人の体が、ただの同僚以上の距離で向かい合っていることに気がついた。
クッキリとした二重の意思の強い眼差しが、ものすごく近い位置で見ひらかれている。
ただでさえ身長差が大差ないから、その圧迫感は息を飲むほどだ。
反射的にのけぞったアキの後頭部が、後ろの壁にすぐに当たったのを見て、あ、そうか、逃げられないんだ、と悟ったわたしは彼に抱きついてみた。
真新しいスーツの清涼感のある香りと、少し汗の臭いがした。
ポリエステルの生地の内側で、相手の筋肉が硬直するのを感じたかと思ったら、すぐさま横から出足払いをくらわされ、わたしは外に転がった。
「……なに、してんだお前は!」
「……いや、ラッキーだと思って」
影から出てきたアキは、顔を紅潮させ、肩で息をしている。
いくらビックリしたからって、柔道技はないんじゃないかな。