shot 023
悩まずとも、疑問はすぐに解消された。
こうなると、ただ単にわたしを驚かせようと純粋にそれだけだったとしか思えないのだが、悔しいことにわたしは驚いた。
朝、教壇に立ったのは、いつもの小太りで若白髪で、いかにも仮想世界の住人のような、残念な独身男性教諭ではなくて。
細身のスーツをしなやかに着こなし、黒いフレームの伊達メガネをかけ、自前のドラグノフからノートパソコンへと装備を変えた、アキだった。
ため息の漏れそうな可憐な目鼻立ちに、クラス中の女子の視線が落ち着かなくなる。
感嘆とも、驚嘆ともつかない、不思議な色合いの声が上がる。
「教育実習生のアキだ。今日からしばらくの間、よろしく頼む」
わたしは、開いた口がカラカラに渇こうとも閉じることができずにいて。
見かねた隣の席の友達が肘でつついてくれたおかげで、ようやく正気に戻ることができた。
おそらくこれは『仕事』の一環なのだろうと推測できたけれど、仮にも裏社会に生きる人間が、こんなに簡単に表に出てきていいものなのか、と目を疑った。
メガネをかけて変装しているからいい、とかいう問題でもないと思う。
「アンもイケメンには弱いんだねぇ」と隣席の彼女が含み笑いをする。
そうだけどそうじゃないんだってば、とは言えない。
授業が終わって教室を出たアキを追いかけ、ひと気のない渡り廊下で声をかけた。
「アッキー!」
「先生」
振り返った彼は、下賤を見下ろすような目付きで、たしなめるように言った。
着ているものが違うだけで、普段は野蛮なアウトローが、こんなにもインテリジェンスに変わるものかと感心した。
はた目には、ギャングの片鱗は微塵も感じられない。
「なんでわたしの学校に? どうやって? 仕事なの? いつまで? アッキー!」
つかみかかって、問い詰める。
「先生」
「なんで教えてくれなかったの? わたしだけが知らなかったの? アッキー!」
「先生だって言ってるだろ」
腹に据えかねたアキが、わたしの頭に分厚いテキストを振り下ろした。
かなり痛かったけれど、よくよく冷静になってみると、左手に持っているパソコンのほうじゃなくてよかったと心底安堵した。
「だって、すごい驚いたんだもん」
涙目でつむじ辺りをさするわたしに、「驚かせようと思ったからな」と彼は少しも悪びれた様子もなく言う。
「これは新しい仕事だ。期間は一週間程度を予定してる」
周りを気にしながら、アキは心なしか声のトーンを落として教えてくれた。
「え? もう? 盗みをやったばかりなのに? 依頼品だってまだ渡してないんじゃないの?」
立て続けにおこなうことは、とても珍しかった。
これまでは、隔週のはじめにメールを発信して、半ば頃に依頼主を決めて準備をして、その週末の午後に決行するのが、お決まりのサイクルだったのに。
長期間の任務も、わたしの知っている限りでは、はじめてのことだった。
「依頼品の引き渡しにはナカジマとオーレが行ってる」
「……へぇ。オーレが『客』の前に出るなんてあんまりないのにね」
彼はもっぱらドライバーと食事担当だ。
「しかたない。こっちができるのはオレしかいなかったからな」
「どういうこと?」
アキはジロリと上目づかいでこちらをにらみ、唇をへの字に曲げたので、おそらく言いたくないんだろうな、と推測した。
もしかしたら、先週の言い合いのことをまだ根に持っているのかもしれない。
けれど、残念ながらそれくらいでしっぽを巻くわたしじゃない。
わたしだってチームメイトのひとりなのだから、教えてもらう権利はある。
「教えてくれないんだったらね、アキ先生はわたしの恋人だって、クラス中のみんなに言いふらしちゃうからね」
「はぁ?」
こぶしを腰に当てて仁王立ちしてみせるわたしを、アキは何度も目をしばたたいて見た。
「それでもいいの?」
鼻を鳴らす。
いいのだったら、それはそれで嬉しかったりするけど。
任務が終わっても、そのデマカセを継続して容認してくれるって言うなら、今回ばかりはしかたなく目をつぶってあげてもいいかなぁ、って思う。
アキは、ちょっと身長が足りないのをのぞけば、外見だけは限りなくパーフェクトだ。
そんな彼を自分の所有物と呼べるのは、正直鼻が高い。
このような女の園の中では、それはこの上ないステイタスにもなる。
「……わかった」
とアキが憤ったふうのため息を吐き出したので、「え? どっち?」と目を輝かせたのに。
「教えればいいんだろ」
苦いコーヒーでも飲んだみたいな顔でそう言われて、わたしはガックリと肩を落とす。