shot 022
「そういえば、シィラは? 最近見ないような気がするけど」
首を曲げて、出入り口のほうを眺めた。
女子ならば誰もがうらやむ、九頭身の抜群のプロポーションをした超絶美女が、満面のスマイルで、今にもドアを蹴破る勢いで飛び込んできそうな気がしてならない。
と同時に、背中やら頬やら頭やらを撫でくり回す、無遠慮な手のひらの感触を思い出して、若干うすら寒くなる。
「なんや、知らへんかったんか?」
ブランデーをスープボウルで何杯も口に運んだ結果、なぜか頭に熱がこもると銀髪をかきむしりまくっていたオーレが、手を止めて目を丸くした。
ナカジマをのぞいて、ここの人たちは本当にアルコールに強い。
「シィラはアキと絶賛絶交中や。ここには来おへんで」
その言葉に、今度はわたしが目を丸くし、アキを見た。
「え? 何それ」
不意を突かれたような反応をしてみせつつも、内心、とうとうやったか、と思わざるをえない。
アキとシィラは悪い部分がよく似ている。
一匹狼なところとか、歯に衣着せぬ物言いとか。
料理の中にスパイシーな具材が二つもあると、刺激を増長するか、反発し合ってしまうかのどちらかだ。
でも、それでも今まではどうにかうまくやっていた。
シィラのほうが年上だからか、アキがいくら暴言を吐こうと軽くあしらってしまう余裕があって、アキのほうもそれがわかっているらしく、あまりしつこく食い下がることはしなかった。
なのに、いったいどうしたっていうんだろう。
「もともとつるんでやってるわけじゃない。彼女ひとりいなくたって、仕事に支障が出るわけじゃない」
アキは無愛想にそう言って、またバルチカを口に注ぎ込んだ。
他人のいざこざなんて好きこのんで首を突っ込みたくはないが、五人しかいないチームの、そのうち二人が反目し合っているのは、ハッキリ言って困る。
口には出さないけど、ナカジマだってオーレだって、きっとそう思っているはずだ。
二人はたぶん、アキとずっと一緒に仕事をしてきた歴史があるから、言い出しづらいんだと思う。
だったら、ここは新参者のわたしが嫌われ役を買って出なければ。
「そんなこと言ったって、結局は毎回お金を払って助けてもらってるんじゃん。シィラは仲間だよ。アッキーがそんな解釈だから、シィラだって嫌になったんじゃないの?」
ケンカの原因はわからなかったけれど、わたしはそうシィラを擁護した。
彼女のことが嫌いではなかったし、これがきっかけでチームと疎遠になって欲しくなかったし、どうせアキが悪いんだろうと決めつけていたから。
いつでも誰にでも、冷たいベールを身にまとったような口調と態度をするアキ。
彼には、いっぺん注意喚起が必要だと思っていた。
だから、これはいいチャンスだと思った。
「アッキーはねぇ、コンピューターみたいなんだよ。いつでも冷静で的確ですごいなぁって思うけど、他の人に対する思いやりがないの。誰かと一緒に活動して生きてくんだったら、それじゃだめじゃない?」
人差し指を立てて、唾液を飛ばしまくりながら、わたしは言った。
どういった親のもとに生まれて、どういった環境で育ってきたのか知らないけれど、アキはとにかく口が悪い。
態度も悪い。
つまり、思考自体が悪玉菌サイドにかたよっている。
仲間の救出に駆けつけたり、わたしのために敵の情報をハッキングしてくれたり、いいところだってあるのだから、すごくもったいない。
彼はあいかわらず無機質な横顔を見せている。
まるで動じていない。
ただ、ビールをぐびぐび呑み続けている。
「ちょっと聞いてる?」
これじゃ、まるでわたしのほうが酔っ払いみたいだ。
くたびれた酒場で、若者にけむたがられながらも、一向にからむのをやめない中年の酔っ払い。
「まぁまぁ、そのくらいにしてやれ、アン」
アキの頭上から、大きなアフロをユサユサ揺らせて、ナカジマが割り込んだ。
「アキだって何も思うことがないわけじゃないさ。とりわけ今はそっとしておいてやってくれ。週明けからの重大任務のことで余念がないんだ」
「なに、重大任務って」
わたしは不機嫌に問う。
そんなこと、わたしは何ひとつ教えてもらっていない。
いつもそうだ。
わたしがまだ学生で、ここに駆けつけられるのも午後からになってしまうせいか、大事な話にはほぼ参加させてもらえない。
それに、いくら頭の中がそのことでいっぱいだったからって、もう少し他人の話を聞く余裕があってもいいんじゃないかと思った。
アキはいぜんとして何も答えず、仏頂面のまま立ち上がった。
「ちょっと」
わたしの制止も聞かずに背中を向けて、コンピュータールームへと入り、すぐさまドアがこれ以上はないってくらい強く閉じられた。
しかたなくカウンターに向き直ると、オーレは奥の厨房に潜ってしまっていて、ナカジマに至っては目をつむって鼻ちょうちんをふくらませていた。
なにその白々しすぎる態度は。