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怪盗は午後口説く  作者: チルヲ
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「よし、今回も無事お宝を奪取した。あとは依頼主に渡すのみだ」


 なみなみと牛乳が注がれたジョッキをかかげ、ナカジマは鼻息を荒くした。


「無事って言えるのか? 一発ぶちこまれた。こっちはボディーアーマーも着てないっていうのに」


 その隣に座るアキが、バルチカを口に運ぶついでにそう挟む。


「オレは殺し合いが好きじゃない。オレのミニミだって、威嚇目的と電気ドリルの代わりだ。戦争ゴッコをするつもりもないのに、なんでそんなもん着なきゃならんのだ」


「相手は平和主義者ばかりじゃない」


「世の中、退廃したもんだ」


 ナカジマはおおげさなため息をついた。


 四十畳はありそうな広い部屋には、よけいなものがほとんどない。


 バーさながらの細長いカウンターが中央にどしんとかまえていて、その横に厨房かよ! ってツッコミたくなるくらいの大きなキッチンが設けられていて、三方を取り囲む壁にひとつずつ扉が備え付けられている。


 それだけ。


 扉は、出入り口と、あとの二つは銃器庫とコンピュータールームだ。


 カウンターに沿って列をなした丸椅子も、壁紙も、調理器具も、ドアも、窓に吊るされたブラインドに至るまで、すべてが真っ白。


 メンバーが『城』と呼ぶ、わたしたちのアジトである。


 どうでもいい情報だけど、ナカジマは下戸でお酒が呑めない。


 でも、ミルクさえあればアルコールを身体に入れたように上機嫌になれる。


 なので、仲間内で集まった時はもちろん、ちょっと目を離した隙にも、どこからか五百ミリリットルの紙パックを購入してきて、愛飲している。


 思い返してみると、はじめて会った時からそうだった。


 ここまでくると、ちょっとした中毒者である。


 それを思い知るまでには、ここに通うようになって三日もかからなかった。


 彼はとにかく体がデカく、手も足も長い。


 しかも、ライオンの着ぐるみの頭でもかぶったみたいな大きさのアフロヘアーをしているので、爪先から髪の毛の先までの長さをトータルしたら、二メートルをゆうに超えるんじゃないかと見ている。


 きっと彼は、成長期のさなかにコーラという素晴らしい飲み物と出会えなかったのだ。





「じゃあさ、引き渡しにはまたわたしに行かせてよ」


 未成年のわたしは、お裾分けしてもらった牛乳をオーレに頼んでホットミルクにしてもらい、それに一口唇を付けたあとで、カウンターにずいっと身を乗り出した。


 椅子から垂らした両足をブラブラさせる。


 もう桜も咲く春本番だというのに、今日は寒の戻りで肌寒く、制服のスカートから飛び出たナマ足は生気がないが、わたしは変わらずすこぶる元気だ。


「バカか。冗談も休み休み言え」


 と突き放したように言ってきたのは、わたしとナカジマの間に座るアキで。


 先述したように、部屋の内装と真反対の黒ずくめの出で立ちをした彼は、愛するロシアの銘柄だというビールの缶を手に、こちらに後ろ頭を見せたまま振り返りもしない。


 彼はナカジマとは対照的に小柄で、平均的な女子高生の身長をしているわたしとほとんど変わらない背丈だ。


 こちらはきっと、ジャンクなドリンクで成長期を過ごしてきたに違いない。


 でも、肩幅も背中も狭いわりにはなかなかに筋力があって、わたしひとりを抱きかかえて息を切らさず走ることもできる。


 それは、初対面ですでに実証済みだ。


 おまけに「美人」と言っても語弊がないくらいに、美しく女性的な顔つきをしていて、それがなんだかひどく悔しかったりする。


「バカ」は彼の口癖で慣れているつもりだったけれど、あまりににべもない言葉にやっぱり腹が立ち、わたしはその脇腹に正拳突きをお見舞いし、怒った彼がわたしの脳天を平手打ちする。


「いいじゃんか別に。わたしもたまには裏方から離れたいよ」


 と、頭のてっぺんを押さえながら主張した。


 アキは相手が女だろうと年下だろうとまったく手加減しないので、攻撃はハンパなく痛い。


 そんなだから、顔はイイのにいまだに恋人もできないんだ、と心で毒づく。


 わたしが彼らの仲間に入りたがったのは、地味な縁の下の力持ちをやりたかったからじゃない。


 爆竹の火花のような、バチバチと刺激のある毎日を送りたかったからだ。


 アキに向かって放ったセリフだったけれど、答えたのはナカジマだった。


「そういうわけにはいかない。キミを加入させたのは、ウェブ・プログラミング学科で習得した技能で、我々の仕事をサポートしてもらうためだ」


 そう言って、Tシャツから飛び出したたくましい腕を組んだ。


「いちばん最初は『客』との取引に行かせてくれたじゃん」


 頬をふくらます。


「あれはキミとの『契約』だ。欲しいものを与えてやる『代償』だ。それに、あの時はまさかキミがそんな授業をとってるとは思わなかったからな」


「好きで選んだんじゃないんだけど」


 わたしは本来体育会系で、半日以上もパソコンの前に座っているような授業なんて、他に定員が埋まっていない科があれば入らなかった。


 ネーミングの新鮮さにも騙された。


 そういうわけで、新しいもの好きで外の世界に出たがりのわたしは、機会があるたびにこうして現場出向への立候補をするのだけれど。


 別にひとりで行くなんて無謀なこと言っているわけでもないのに、むしろナカジマでもアキでも誰でもいいから一緒に行動したいと思っているのに、なぜかその意思が尊重された試しはない。





 口をとがらすわたしの目の前に、オーレがニコニコしながら生クリームのたっぷり乗ったプリンを置いた。


「ええやないか、裏方でも。オレはラクになったで。今まではモニターで発信器の位置を確認しながら運転せなあかんかったからな。役割分担してもろうて、ほんま助かったわぁ」


 表に出られないのは残念だけど、そう言ってもらえるのは正直嬉しい。


「でもさぁ、唯一役に立ってるって言えるのはそれくらいで、あとはメールの整理くらいしかできなくて、なんかいる意味あるのかなって思うよね」


 わたしはため息を浮かべる。


 クラスの中でもとくに突出した成績優秀者じゃないわたしは、授業で得た知識もろくに発揮できない。


 指南役のアキの手をいつも焼かせている。


「そんなんもちろんあるやろ。アキかて、ほんのちいっとでも負担が減ったんやから、いとってくれてよかったと感謝しとるはずやで。な?」


 オーレの調子のいい問いかけに、アキは八本目になるバルチカの缶のフタを開封しながら、ジロリとこちらをにらんだ。


「負担? 減ってない。倍に増えた」


 わたしが来る前までは、コンピューター関係は彼の担当だったらしいけれど、確かに比べたら使えない助手には違いないけれど、わたしを選んだのはそっちなんだから、もう少し気を遣ってよと、またふくれる。


 その怒りにまかせて、ぷるぷるの甘いプリンをひょいひょいと口に運ぶ。






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