shot 029
わたしが参考書のたくさん詰まった学生カバンを背負って駆けつけた時、シィラはそこですでに暗証ボタンをいじくっていた。
「アン、遅いわよ」
廊下の天井に等間隔に点灯している丸い照明が、その横顔をボンヤリと浮かび上がらせている。
今日の彼女はカチッとしたスーツ姿ではない。
いつもの紺のスカジャンと黒いピタッとしたレザーパンツという格好だ。
ブロンドも下ろしているし、腰にはホルスターが装着され、ヘッケラー&コッホ社製のP46が差し込まれている。
薄暗がりの中で、光沢のあるハンドガンのグリップが光を反射している。
見慣れているせいもあるだろうけれど、やっぱりその風体がシィラにはいちばんしっくり来る。
「ごめん。図書室で使えそうな本探してたら、時間忘れちゃって」
と、彼女の手元をのぞき込んだ。
ずっと走ってきたため、息が切れる。
「何よ、わたしが教えるって言ったじゃない。信用してないの?」
シィラは頬をふくらませてみせるけれど、どこか芝居がかっていて怖くない。
そうは言っても、「はいそうですね。信用していません」とは言えるわけがない。
「ドア、開きそう?」
わたしは話題を変えた。
「やっぱり個人データが保管されてる部屋は厳重ね。他は鍵すら付いてないのに。でも平気よ」
シィラは慣れた様子でためらいもなくボタンを押す。
するとピーという間の抜けた電子音のあとに、ディスプレイに「ERROR」の五文字が表示された。
もう一度押す。
また同じ電子音が鳴る。
また押す。
また鳴る。
また押す。
何度やっても結果は同じだった。
イラ立ったらしいシィラはP46を抜いて、暗証パネルに突きつけた。
「こうすればいちばん手っ取り早いじゃないの」
「ちょっとちょっと待って! 他はどうでもいいけど、わたしの学校の物は破壊されたら困るって!」
明日からもまたわたしは普通にここに通ってきたいし、それにあまり派手な音を立てたら、さすがに近隣の家から通報されてしまう。
「わたしがなんとかするから、とりあえずそれ下ろして」
シィラをいさめ、銃を下げさせ、わたしはカバンを肩から下ろした。
床に置き、中から参考書にまみれたノートパソコンを取り出す。
「ずいぶん何冊も借りてきたのねぇ」
のぞき込んだシィラは呆れるというよりも、感心しているようだった。
「うん、まぁ。家で予習復習をやろうかと思ってさ」
「あら、勉強熱心ね」
「だって、その技能を期待されてチームに入れてもらったんだから、応えたいじゃん。今のままじゃ、ぜんぜんだめだからさ」
冷たいリノリウムの床の上でパソコンを起動させ、それを腕にかかえて立ち上がると、シィラがニヤニヤと何かを含んだ笑みを浮かべていた。
「なに?」
「そうよねぇ、応えたいわよねぇ。なんたって鬼教師が愛情かけてしごいてくれてるんだものねぇ」
「別にそれだけじゃないってば」
愛情なんかじゃなくて、むしろ義務だし。
インターネットにつなぐために操作する指が、キーボードの上でもつれそうになる。
「わかってるわかってる……でも悔しい! なんでわたしじゃないの!」
と突如ヘッドロックをしてきたので、せっかくアクセスしたところだったのに、はずみでシャットダウンしてしまう。
もう一度起動し直すと、学校の警備システムのメインサーバにアクセスした。
当然こんなこと学校にある参考書に載っているはずもないから、以前にアキから手ほどきを受けたことを思い出しながら、うろ覚えだ。
でも、人間必死になれば、ある程度のことはなんとかなる。
システムのロックを解除すると、暗証パネルのバックライトが消え、ほどなくカツンと鍵が開く音がした。
親指を立てて口角を上げるシィラの横で、暑くもないのにわたしの額には汗がにじんでいた。
なるほど、普段テストを受ける際にわたしに足りないものは、この必死さなのだな。
「やればできるんじゃない」
部屋の中に足を踏み入れながら、シィラははずむ声を出した。
「マグレだと思う。もう一度同じことを他でやれって言われたら、自信ない」
こんなしんどいことを何回も続けられるかって問われたら、それも自信がない。
でも、できるようにしておかないとチームに貢献できないし、籍を置いておいてもらえるかどうかも危ぶまれてくる。
わたしも、他のメンバーと同じように銃器関係に精通していたならよかったなぁ、と小さくため息をついた。




