shot 028
「先生」
右手と右足を、左手と左足を一緒に動かしながら前へ踏み出して、教卓とホワイトボードの間に立つ、インテリの皮を着飾ったアキに声をかけた。
「なんだ」
返事をしつつも、彼はこちらを見ようともしない。
この無愛想さもたまらないと影で色めき立っているクラスメートたちは、この人が実は自分たちの個人情報を盗もうとしていることなど、少しも知らない。
「質問か?」
その言葉に答えなかったのは、単に緊張していたからだ。
隠し事が上手ではないわたしの口の中は、カラカラに渇いて舌が上の歯茎にくっついてしまっていた。
わたしはチラリと周りをうかがった。
教室内では帰り支度をする生徒たちがほとんどだ。
家までの間にどこに寄り道をしようかと、その相談に花を咲かせている。
中には目の下をピンクに染めてこちらの様子をチラチラ気にかける子も何人かいるが、みんな遠巻きに眺めているだけで近寄ってはこない。
「あのさ、今日、お城には行かないね」
舌を口内から無理やり引き剥がし、小声で、イタズラを白状するみたいに歯切れ悪く言うと、彼はパソコンを閉じてはじめてこっちに視線を向けた。
「……腹でも痛いのか」
「違うよ。フロイラインに用事を頼まれてるんだ。早く帰ってこいって」
嘘をつくのは苦手だ。
話しながら、意味もなく首の角度を変えたり、変なタイミングで笑ったりしてしまう。
窮地での判断力はすごいのに、普段は女心の「お」の字もわからない鈍感な彼が、こんな時に限ってその嗅覚を発揮しませんようにと、それだけをただ願うばかりだ。
アキが明日の夜任務を決行することは、シィラから聞いていた。
彼女はオーレから情報をもらった。
だからその前日、つまり今日、わたしたちが一足お先にデータの書き換えを済ませ、あとからそれを目にした彼を混乱させてしまおうというそういう魂胆だ。
シィラは今頃その準備と勉強の真っ最中だ。
生徒たちも職員たちもあらかた帰って、ひと気がなくなった頃、彼女が下見をしていた例の棟の四階で落ち合う予定になっている。
友達のプライバシーが売られてしまうというのに止める気もないのは、結局はわたしの中に好奇心がめいっぱい巣くっている証拠なんだろう。
「……別にかまわないが、ひとりでもパソコンの練習はきちんとやっておけ。予習復習もだ。お前の小テストの解答ひどいぞ」
いっぱしの教師みたいなことを言いながら、アキは鼻の頭にシワを寄せた。
そうすると、なめらかなシルクの表面が爪で引っかき傷を付けられたような印象を受ける。
「そんなにひどいかな。かなり一生懸命にやったんだけど」
口をとがらせてみたけれど、彼の表情からこちらをまったく疑っていないことが読み取れたので、わたしは内心ホッとしていた。
緊張がとける。
「ひどい。オレの授業、ひとつも聞いてないのがよくわかる」
彼は本当に嘆いているように見えた。
「聞いてるけど、頭に入ってこないんだよ」
「オレの教え方が悪いって言うのか」
すると今度はジロリと瞳で射抜いてきた。
おぉ怖い、と急いで両手をかかげてみせる。
学校でも、城での時でも、とくに彼の指導の仕方が悪いと思ったことはない。
態度は偉そうだし、言葉遣いも劣悪だけど、的をしぼったレクチャーはわかりやすくて、やっぱり彼は頭が良いんだな、と思わざるをえない。
けれど、教わった時点では理解できても、家に持ち帰って同じことをやってみようとすると、もうわからなくなってしまっている。
要するに、かいつまんで言わなくても、わたしの頭はポンコツなのだ。
「次のテストでもこんなだったら、どつくぞ」
本業でもあるまいし、その熱の入れようは何なのだ、とわたしはまた唇をとがらせる。




