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insanidea  作者: 日野泰雅
没落世界のピュグマリオン
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7 / 浄化のためのダンス・マカブル


 ざわつく彼らを落ち着かせるよう、なるべく優しい声を出す。


「どうか落ち着いてください」


 声に反応してみんなの視線が集まる。

 こんなに注目を浴びるのは生まれて初めてだ。


「ここがどこなのか、どうしてこうなったのか、元の世界に帰るにはどうすればいいのか……。これからぼくが説明します」


 不安を帯びる彼らの声がどよめきへと変わった。

 指を1本立てて片手をあげる。

 不安や疑問の感情が次第に静まり、意識がぼくへと集まってくるのを感じる。


「まず、ここがどこなのか……。みんなも多発していた『集団消失事件』を知っているでしょう。あの事件から無事に帰還したという人がインターネットに情報を流してくれていました。

 その人はこの世界のことを『地獄』と書いていました。けれどぼくはこの世界を『煉獄』と、そう、名前を付けました」


 『煉獄』。

 天国へも行けず地獄にも落とされなかった者たちが行くとされる、それまでの生での罪を清める場所。

 彼らを選別するための世界はまさにそのものだ。

 その意味を知っている者は驚愕し、知らない者はまだよくわかっていない様子が見える。


「次に、どうしてみんなが煉獄にきたのかですが──


 これまでの世界は嘘と差別で作られていました。

 それもこれも、大人たちが自分たちに都合よく世界を動かすためです。

 みんなその嘘に騙され、なんの疑問も持たずに大人が作った『嘘』だらけの社会に育てられていました。

 そのせいでみんなは(・・・・)おかしかったのです。

 正しく生きろ、真面目に努力しろ、いじめをしてはいけない、人は見た目じゃない、人間はみんな平等だ、誰にでもチャンスはある……そんな嘘を信じ込まされ、従うように生かされていた。

 だけど現実は大人が言ったものとは違った。

 真面目に生きても損をさせられ、努力しても報われないと嘆き、容姿が良くないからと自嘲し、生まれが裕福でないからと諦めて……。


 全部欺瞞だった! どこにも大人から教わった正しさなどなかった! みんな嘘を教えられて生かされていた!

 正義もない! 平等ない! 努力をしても報われない! 此処にあるのは醜悪な欺瞞だけだ!! なぜ誰も気がつかない!!」


 二つの拳を振り下ろすと容易く壊れる演台。

 だけどそれでいい。


「だからぼくは願ったのです。

 そんな世界は正すべきだと。

 真面目な者が損をせず、努力した者は相応に報われ、容姿だけで中身を判断されず、貧しい生まれの者も金持ちと同じだけのチャンスを得られる、正しい世界にすべきだと。

 するとどうでしょうか。

 この世界はぼくの願いを聞き入れ、新たな世界に生き残るべき人間と排除すべき人間を選ぶように使命を与えてくれました。

 つまりぼくは世界に選ばれたのです! 欺瞞に満ち、偽りで彩られた『世界』を正すために……! (ふる)き世代の間違った思想に(おぼ)れかけているみんなを救うために!!

 ぼくはみんなを選別しなくてはなりません! (ふる)い世界の人間と新しい世界の人間を!!

 …………元の世界へ帰るには……いえ、新しい世界へ進むには、正しくあるべきだけでいいのです。

 誰もこの世界の選別から逃れることはできません。ぼくたちはここから逃げ出すことなどできないのです」


 そこで一旦話を止めると、またざわつきだす生徒たち。

 クラスメイトがいる辺りは先に教えていたおかげか静かなものだ。


 まだ信じられないといった者もいるのだろう。

 ところどころで言い合いのようなものが起きている。

 そんな中で「本当よ、学校の外に出られなかったもの!」という大きな声が聞こえた。

 あれは体育館の前にいた女子生徒だろうか。


 みんなを眺めていたせいで教師たちの存在を失念してしまった。

 教師たちがぞろぞろと壇上の脇から上がってきた。

 白衣をまとった男を先頭に、ぼくとの距離を計っている。

 今の話をしてもまだ理解できなかったか、またぼくの邪魔をしにきたのだろう。


 けれどぼくの予想とは違ったようだ。


 先頭にいた白衣の男が拍手をしながら近寄ってくる。

 こんな教師、見覚えがない。

 ぼさぼさの長い髪、土気色した顔色に無精ひげ。

 白衣の下に来ているシャツもパンツもしわが目立ち、この男が見た目に気を遣わないのがわかる。


「キミの言っていることはきっと本当だろう。僕は信じるよ」

「え……」


 本当だろうか。

 くの字にされた教師のように、わかったふりをしてぼくに近寄ろうとしているのではないのか。


(あの教師、嘘は言ってないよ)


 考えると同時に、耳元でルルルの小声が囁かれた。

 どうやら白衣の男は良き理解者のようだ。

 それならばぼくもきちんとした対応をするのが礼儀というものだ。


「ありがとうございます。大人にも賢い人がいてよかったです」

「真剣になった生徒の声に耳を傾けるのは大人の役目だよ」


 そう言って何度も頷く。

 なんだ、大人にもまともな人間はいるじゃあないか。


 そんなことをぼくは考えたが、教師たちのほうでは話が違ったらしい。

 背後からひどい剣幕の教師が白衣の男の肩をがっしりと掴む。


「黒木先生、なにを言っているんですか!? 早くその生徒を捕まっ、いたっ……あ、ああっ、あぁぁっ!?」


 ……は?


 白衣の男がなにをしたのかすぐには理解できなかった。

 ぼくの理解が及ぶ前に教師が1人、右手を抑えてその場にうずくまる。

 その直後、添えられた左手からは粘っこそうな赤色が滲み出した。

 彼の足元には木目調の床と似た色をした塊が2つ。

 2つの、指だった一部。

 白衣の男が今の一瞬で切り落としたのだ。


「く、黒木先生、なにを考えてるんですか……」

「先生方は黙って彼に従うべきです。現状では彼だけが正解への道しるべなんですから。それができないなら気でも失っていてくださいよ」


 黒木と呼ばれた白衣の男は悠々と片手に持った銀色の刃物を白衣の裾で拭っている。

 こいつは躊躇なく同僚だった相手の指を切り落したのか……。

 賢いのかもしれないけど、危ない人なのかもしれない。


 今度の予想ははずれたものではなかった。

 なにを考えているのか、黒木はうずくまっている教師の頭に思い切りよく蹴りを入れた。

 唾液と鼻血をふりまいて蹴られた教師が一回転して落下する。

 それが合図になった。

 教師たちが叫びながら黒木に襲いかかる。

 しかし誰一人として捕まえることができない。

 ある者には掌底を、隣の者には膝を、背後にまわった者には肘を──幾人もを同時にさばく姿は素人目に見ても場数を踏んでいるのがわかった。

 まるでバトル漫画やアニメの主人公のように軽やかだ。


「白野、お前もこっちに──ぐべ?!」


「ぼーっとしてたらダメだよ」

「あ、うん。ありがとうルルル」


 黒木に見入っている間にぼくのほうにも教師が寄っていたようだ。

 ルルルがいなかったら捕まっていたな。

 でもあの黒木という教師とルルルがいれば大丈夫な気がする。

 現に、20人近くを相手にしていながら余裕じゃあないか──


「男子生徒、誰でもいい! 彼らを止めるのを手伝うんだ!!」

「っ!?」


 突然、一方的にやられていく教師が生徒たちに呼びかけた。

 馬鹿な生徒たちは扇動の呼びかけに応えたようだ。

 数十人もの生徒が壇上に上がってくる。

 ぼくに近寄らせまいとしていたルルルも黒木という教師も頑張っていたが、数の暴力には屈するしかなくじりじりと押されていく。


 ぼくを中心に馬鹿どもが集まった。

 壇上に上がれなかった者たちも下からこちらを睨み付けて精一杯の敵意をぼくに向けている。


 これはもはや考えるまでもない。

 彼らは世界に反して、生き残る権利を放棄したのだ。


 馬鹿どもが距離を詰めてくる。


 男子生徒の1人が腕を伸ばし、ぼくの肩を掴んで──次の瞬間、彼の腕は肘から下が弾き飛ばされた。

 数瞬遅れ、切断された腕から血が吹き出て真っ赤な色が一面に振り撒かれていく。


「あ……?」


 下から伸びてきた黒い刃に彼が気づいたかどうかはわからない。

 スライムの中へと包み込まれてしまったからだ。

 今もスライムの中から不思議そうな顔でこちらを見ている。


 近い者から順番に、円錐状の形をとったスライムが床から生えて彼らを呑みこんでいく。

 壇上のあちこちで次々に薄黒いたけのこみたいなものが誕生する。

 スライムはあっという間に周囲にいた愚か者どもを全員捕まえたようで、たけのこは生えなくなった。

 その数はぱっと見しただけでも30以上、壇上の下でまで生えている。

 これだけの数があればスライムの御披露目としては上々の出来ではあっただろうか。


 これでようやく壇上に立っているのはぼくとルルルと、黒木という教師だけとなった。

 邪魔者がいなくなり落ち着いたところでみんなに質問をする。


「ふぅ……。これが世界に選ばれたぼくに与えられた力です。みんなには3分……いえ、5分間の猶予を与えます。よく考えてください」


 最初に悲鳴をあげたのはどこのクラスの女子生徒。

 次に聞こえた声は甲高いが男子生徒の声か。

 それを皮切りに、連鎖するように続々とあがる悲鳴。

 絶叫が響きわたる中たくさんの生徒が我先にと後方の出口へ駆け出す。

 開かない鉄の扉を一斉に叩きだす姿はまるでお祭りのようだ。

 混乱が起きると思って封鎖しておいてよかった。


 だけどここまで酷いとは考えなかった。

 なんてひどい有り様だ。

 他人を押しのけてでも自分が優先で転んでいる生徒のことなど誰も気にかけていない。

 集団が将棋倒しになる。

 開かない出口へ着いた生徒は押し潰れてしまっただろうか。

 助けを求める声も悲鳴の合唱にかき消されている。


 まったく、連中には理性も優しさもないな。


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