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insanidea  作者: 日野泰雅
没落世界のピュグマリオン
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6 / 衒学と浅学のディゾナンス

 体育館は校舎の東館を出て、そのまま向かって真っすぐ。

 正面の出入り口では教師の数人が生徒を整列させて体育館に入れているところだった。

 ルルルと2人、校舎側に隠れながら生徒と教師たち全員が中に入っていくのを確認する。


「もう周りに誰もいない?」

「ちょっと待って。……うん、今は誰もいないよ」


 かまぼこ型をした古臭い体育館へはすぐに入らず外周を進み、幾つもある扉を1つ1つスライムで封じていく。

 これからぼくはみんなに真実を教えに行くのだ。もしかしたらパニックが起こるかもしれない。そんなときのために事前の準備は大事だ。


 正面入り口以外を開かないようにして戻ってくると3人の生徒がいた。どの顔も見覚えがないので先輩か後輩だろう。

 興奮しているようで、大きな声で喚いている。


「──だから! 言ったほうがいいって! 外に出れないのに!」

「言わないほうがいいって! 先生たちだって、きっともう知ってるはずだよ」

「知らなかったらどうすんのよ! 私たちだけが知ってたって、どうしようもないでしょ!」

「……落ち着いてよ、2人とも」


 なにを話しているんだろう? 男子生徒と女子生徒が「言う」「言わない」と騒ぎ、もう1人の女子生徒がなだめているといった構図のようだけど。


「ルルル、あの人たちは」

「あの子たちが言うには学園の外に出られないみたい。他の人に知らせるかどうかで言い争ってる」

「そ、そう」


 言い切る前に答えられる。ルルルは以前よりも正確に早く、ぼくが考えていることを理解できるようになっている。

 まるでぼくの頭の中を読んでいるみたいだ。ぼくとルルルにもはや言葉も要らないのかもしれない。


「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

「言ったでしょ、『今までより色んなことがわかる』って。ネジが増えたおかげで今までのルルルとは違うの。ハイスペックだよ」


 ルルルが大きな胸の前に両手を当てて誇らしそうに微笑む。


 学園の外か。

 屋上から眺めた様子だと、真っ赤なだけで何もわからなかったな。

 彼らは外に行ってどうするつもりだったのかな。この世界から逃げられると思ったのだろうか。


「あっ」


 目を離した隙に3人は居なくなっていた。体育館の中に入ったのだろう。

 ぼくも中に入る予定ではあるけれど、学園の外に出られないというのも気になる。

 確認しておくことは大事だ。




 肝心の校門だが重そうな鉄製の門扉で閉じられていた。その隣にある一般通行用の扉には鍵がかかっている。

 面倒だけどよじ登って越えるしかないようだ。


「えいっ」


 掛け声を出したルルルはジャンプして軽々と門扉を跳び越える。

 音も無く綺麗に着地した姿からは、負荷に身体が耐えられないといったことはないのがわかる。

 今の行動は人間が出来ることじゃない。ジャンプ競技の世界記録保持者だってこんなことはできやしないだろう。


 ……いや、こんなこと考えるまでもない。

 ルルルは人間じゃない。人間なんかを超えたぼくのパートナーだ。

 人間離れしているくらいで驚くことはないんだ。


 通行用の扉をスライムで壊して外に出る。

 そのまま歩いて道路まで行こうとして、ルルルに袖を引っ張られた。


「壁にぶつかるよ」

「壁?」


 腕を伸ばすと手の甲がなにか硬いものにぶつかった。視界には赤に侵食された街並みが見えるだけだ。

 スライムを出して進ませようとしたが見えない壁は突破できそうもない。

 今度は壁の表面を這わせてみる。水面に浮かぶ油のように、空中に薄黒く丸い染みが広まっていく。円の大きさが5メートルほどあることを確認してそこで止めた。


「ぼくらを学園(ここ)から逃がさないようにしているんだね」


 これまでの『集団消失』と同じ現象がこの学園にも起きているのであれば、元の世界から消えたのは敷地内だけだろう。ここだけがぼくらの動ける領域になっている可能性が高い。

 そうだ。外に出たところでどうせ誰もいない。この世界にいるのはきっとこの学園にいたぼくたちだけ。この世界は選別をするための「生け簀(いけす)」──。

 そんなことを考えてしまう。選別をするのはぼくだけど。


 とりあえず外のことは気にせず体育館へ行こう。集められた生徒のざわつきが落ち着く頃合いだろう。

 大丈夫。

 ぼくならできる。みんなに教えて、助けてあげることができる。

 大丈夫だ。


 不意に、肩に手が置かれた。


「ツルギなら平気だよ。教室でだってちゃんと教えたとおりにできたんだから!」

「……うん」


 ルルルがこう言ってくれている。失敗するわけがない。




   ◆◆◆




 中に入ると、生徒たちはおとなしく体育座りをして教師の話を聞かされていた。

 教師の話はただただ冷静に行動し慌てないでくれというものだと、断片的に聴いただけでもわかった。

 できるだけ静かに扉を閉めて、皮膜状のスライムで開かないようにする。これで出入り口は全部封じたはずだ。


「ツルギ」


 ルルルが小さな声で呼びかけてくる。

 教師が1人、僕とルルルに近づいていた。


「君たち、遅れてきたのか。早くクラスの場所に行ってくれ。混乱してるのはわかるが、君たちももういい歳だから──」

「違います。ぼくはみんなを導きにきただけです」

「は?」

「先生たちもまだこの世界のことをよくわかってませんよね?」

「世界?」

「ぼくならどうしてこうなったかを、説明できるんです。それをこれからお話しするつもりで来ました。これはぼくの義務なんです」


 ぼくがそう言うと、教師は息を大きく吸って眉根を寄せた。

 が、すぐに笑顔になる。


「そうか、わかった……。とりあえず、外に出ような」

「なぜですか?」

「なぜって、その」

「ツルギ。この人、邪魔しようとしてる。ツルギのこと、頭のおかしくなった子だと思ってる」


 ルルルの言葉は図星だったようで、教師がムッとした顔になった。


「そんなことはないぞ」


 慌てる様子を見せた教師よりも、人間の情報を読み取れるルルルの言っていることのほうがきっと正しい。

 この教師はぼくがみんなに教えることを阻止しようとしているんだな。


「……ぼくの邪魔をするつもりがないというのであれば、壁のほうを向いていてください」

「キミ、いい加減にしてくれないか!」

「っ!? そ、そんな、急に怒鳴る必要ないでしょ……!」

「おい、どうした」「何かあったのか?」


 教師の怒鳴り声に気がついた他の教師たちがやってきてぼくらを囲む。

 4人の教師たちは顔を見合わせ、身振り手振りでなにやらコンタクトを取っている。


「どいてください。ぼくはみんなにこの世界のことを説明しにきたんです」

「戻りなさい。事態がよくわからなくて混乱しているのはわかる。だけど、こういうときこそ冷静に行動をしなくてはならないよ」


 教師の1人がさとすように話しかけてくる。


「その通りです。だからどいてください」

「あ、駄目だよ。キミねぇ……」

「大事な話なんです。みんなを救えるんです」


 強引に通ろうとすると立ち塞がれる。


 ……この教師たち、ぼくが困って助けを求めていたときには誰1人として相手にしなかったくせに、どうして今になってぼくにしつこく付きまとうのか。

 どういうつもりだ。いったいなにを企んでいるんだ。


「この人たちはどうしてもツルギに話をさせたくないみたいだよ」


 ルルルが耳元で囁く。

 どうしてだろう? この教師たちだって、元の世界に帰りたいはずなのに。


 ……そうだ、思い出した。


 彼ら大人(・・)は新しい世界に残るべき人たちじゃなかった。

 だからこそ正しい道を示そうとするぼくの邪魔をする。彼らの造り上げたルールが壊されるのを恐れているのだ。


「先生たちはぼくが本当のことをみんなに教えると困るんですね」

「何を言っているんだ?」

「みんなが真実(まこと)に正しい世界を知ってしまうことを恐れているんですね」

「おい、しっかりしろ」

「これが最後通告です。どいてください」

「っ! 気をしっかり持て!」


 視界の右端で教師の腕が振り上げられるのが見えた。

 その拳はぼくの顔面に勢いよく向かってきて──ルルルの片手に受け止められた。痛がる素振りなどまるでない。

 小柄な少女が制裁をたやすく抑えたことで教師たちは驚きの顔を見せる。


 もう考えるまでもない。

 教師たちはぼくの話を聞かないどころか暴力をふるうことを選んだのだ。

 選別するまでもない。彼らは不要だ。不要な存在だ。ぼくの邪魔をする敵でもある。敵は残してはいけない。みんなを助けられなくなってしまう。


 そう考え出したぼくの影からはスライムが今にも飛び出さんとしている。


「……大人はそうやってなんでも力で解決しようとする。あなたちは生き残るべきじゃない。今すぐに──」

「待って」スライムを出そうとしたところでルルルに止められた。「早いよ、ツルギ。出すのはあそこでって言ったでしょ?」


 体育館ですることを伝えたとき、みんなにインパクトを与えるならスライムは壇上に上がってから出すのがいいとルルルは言っていた。


「で、でも、この人たちをどけるには」

「任せて」


 言った瞬間、ルルルは拳を掴んでいた教師を引いて体を寄せると腹に掌底を入れた。

 囲んでいた教師たちも驚いている間にになっていく。

 ルルルの一撃がどれだけの衝撃だったかはわからないが、赤色の吐瀉物が幾つも床に産まれていた。


「ほら、いこ?」

「うん」


 遠巻きにうかがっていたらしい教師は信じられないものを見たような眼となっていた。

 また2、3人の教師がまたぼくの前に立ちふさがってきたが、彼らと同じようにルルルが退けてくれる。

 おかげですんなり壇上へと上がることができた。


 演台にはまだわけのわからないことを喋っている教師がいた。


「どいてください。これからぼくがみんなが助かる方法を教えます」

「お、おい。いったいなんのつもりだ。こんなことをしても」

「ルルル」


 手早くどいてもらう。ルルルに放り投げられた教師は弧を描いて落下した。どさっという大きな音が静かな体育館に響く。

 突然のぼくの登場にざわつきが広まる。この中の誰1人としてぼくがここに立った意味を考えられていないということだ。

 こんなにも彼らは不安がっている。

 ぼくが助けてあげないとならない。


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