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insanidea  作者: 日野泰雅
没落世界のピュグマリオン
5/9

4 / 荒唐無稽な××ニスト

 教室に着くまで誰とも会わなかったものの、どの教室もざわついているのがわかった。

 うちのクラスもそれは一緒だ。

 廊下にまで教室内の騒々しさが聞こえてくる。


「……ルルルはここで待ってて」


 こんな状況でルルルが突然現れたら余計な混乱を生むだろう。


「しょうがないなー。でもツルギに何かあったらすぐに入るからね?」

「な、何も起きないよ……」


 音を立てて扉を滑らせるとクラスメイトの視線が集中してくる。


 とことん困った奴らだ。

 こんな世界になってもぼくに向けてくるのは好奇の眼差しばかり。

 可哀想な連中だ。こいつらはいつでも人を晒しものとしてしか見られないのだ。


「おい白野! お前、外がどうなってるか知らねえのか!」


 怒鳴り声をあげて近寄ってきたのは山上だ。

 他の連中も、普段のように奴の詰問を後押しするような睨みを効かせてくる。

 いや……、これはいつものぼくを馬鹿にした視線じゃない。

 混乱、怯え、興奮、苛立ち……、そういった感情だ。


 山上が胸倉を掴むように手を伸ばしてきたが、


「お前……、なんでそんな」


 なにかを言いかけて、動きを止める。


 変な顔をしてぼくの胸元をじっと見ている。

 自分で下を見てから思い出す。

 垢と血膿でシャツが汚れていたんだった。

 だけどそんなことは、今気にするようなことだろうか?


 山上だけじゃなかった。

 クラスメイトの多くも山上みたいに不気味なものを見てしまったような顔をしている。


 なんだこいつら……、今の状況がよっぽど不安なのか?


 なんでだろう。

 クラスメイトの情けない状況を見たら、感じていた不安が消えて、急に馬鹿馬鹿しい気がしてきた。

 ぼくは今までこんな奴らに拘っていたのか……?


「ど、どいてよ」

「あん!? 白野、てめえ答えろよ!」

「どいてって、い、言ったんだ」

「てめっ……!」


 山上が一歩下がった。


 あの山上が。


 いつも、いつもぼくを遊び道具にして、偉そうにしていた山上が、ちらっと見ただけでぼくの命令をきいた。




 はっ、ははっ。


 あはは、ははははは! なんて、なんて弱っちい男だったんだ、こいつは!!

 たかだか世界が変わっただけで、虚勢も張れないのか! 無様な奴だ。


「ぷっ」


 うっかり声が漏れたけど、山上は睨んでくるだけで動かない。

 道が空いたので教壇の中心まで歩く。


 みんなのざわつきが変化したのを感じる。

 授業中の教師はいつもこんな風景を見ているんだな。


 紅くなった世界から差し込む光が教室の中を染めていた。

 ぼくの眼に映る朱色に滲んだクラスメイトたちはいまだ落ち着きがない。

 無言のまま教卓を指先でとんとんと叩いていると騒いでいた者も徐々に黙って、みんながぼくに注目し始める。


 このくらい静かになればいいか。


 集団に効率よく()く方法は、教室へ来るまでにルルルから聞いておいた。


 最初は淡々と。声を大きく出すタイミングを狙って、大袈裟な身振り手振りを行う。

 そしてできるだけ強く感情を煽られる単語を使う。

 集中させやすくする音楽がないから指と足踏みで、単調なリズムを作っておくのも忘れちゃいけない。

 あとはそれを上手くやればいいんだ。

 大丈夫、政治家だってパフォーマンスとして覚えるようなことだ。

 そんな低俗な連中よりも大役を務めるぼくが出来ないはずがない。

 大丈夫、ぼくならできる。


「……みんなが不安になっているのはわかります。そこで、ぼくが知っていることを、少しですが、みんなには教えようと思います」


 みんなの心がざわっとしたのがわかる。

 疑惑の目、期待の目、非難の目……視線が強まった。


「ぼくは校舎の外にいたので、何かが起こった瞬間を見ています」


 ぼくの声しかなかった教室内に「おおっ!」と、一部の連中から喜びの声があがる。

 他の連中も机から身を乗りだそうとする勢いだ。


「お、おい、早く教えてくれよ!」「白野!」「さっさと言えって!」「白野くん!」「何が起きてんだよ!?」「早く、頼むから!」


 ……面白いなぁ、みんな慌てすぎだ。

 再度指で机を叩きながら静かになるのを待つ。


「みんな、落ち着いたかな? 今から言うことはとてもショッキングな話だと思う。だからもう少しだけ落ち着くのを待つよ?」


 誰かの喉を鳴らした音が教室内に響く。


「みんな薄々と気がついているかもしれないけど、ここは……元の世界とは違う世界なんだ」


 誰も喋らない。

 黙ったまま、ぼくの次の言葉を待っている。

 いい反応だ。


「大きな目玉が空に現れて、突然眩しい光が輝いた。そして世界は変化した。それと同時に、誰かがぼくに語りかけてきたんだ。『人の数を減らさないと元の世界に戻れない。お前をその人間を減らす役目に選んだ』と……」


 やはり「減らす」という言葉にどよめいたものを感じる。いきなりそんなことを言われたらそうなるのも仕方ない。

 だけど、そのおかげでぼくが大袈裟に言ったことだとは誰も気がつかない。

 ざわつくみんなを眺めてから机を叩く。合図を理解してきたのか、今度はすぐ静かになった。


「みんな、落ち着いてほしい。今言ったように、ぼくには「役目」が与えられている。だからみんなを戻すことができる……かもしれない」


 安堵、期待、驚愕、疑惑、羨望、畏怖……そんな感情だ。

 ここに立ってから気がついたけれど、手に取るように全員の感情がわかる。

 これもぼくに与えられた力なのか?


 ちょっとした発見に感動していると、急に余計なものが視界に入ってくる。


「そ、そんなのてめえの妄想だろ! お前らもこんな嘘に引っかかってんじゃねえぞ!!」


 今まで横に立っていただけの役立たず、山上が吠えて胸倉を掴んできた。

 さっきは躊躇する余裕があったのに、現実を知って興奮してしまったようだ。


 まったく大変な事態になっているのに、どうしてこんな感情的な行動を取るんだろう? まるで犬や猿と同じ、興奮したら騒いで暴れるだけの動物だ。


「白野、てめえ! 何が起きたかわかんねえってときに、みんなを騙して偉くなろうなんてふざけたこと、よく考えつくな!」


 ……やれやれ、こいつはとことん下衆だ。

 獣の類と同じにしかなれなかった、人間に成り損ねた動物と一緒なんだ。

 ぼくがこうしてみんなに助言を与えにきたのも理解できず邪魔をしようとする。


 それなら。


「……じゃあ、山上。ぼくが選ばれたことを証明するよ」

「はあっ!? ふざっ」


 ぼくの影からスライムが飛び出して山上を飲みこんだ。

 黒く濁った液体スライムの中では何が起きたのか理解できていない山上が間の抜けた顔をしている。


「みんなは彼のようにならず、冷静になってほしい。ぼくが選ばれたことには、意味があるんだ」


 急なスライムの登場で数人から悲鳴があがった。

 両手を挙げて落ち着くように指示をする。

 数分かかったがみんなは落ち着きを戻してくれた。


 山上のせいでスライムを披露するタイミングが変わってしまったけれど、どういう目的で使うのかを見せられて、結果オーライかな?


「……山上みたいな人間が、世の中には増えすぎた。自分のことばかりで、他人の痛みを考えない……。相手を思った通りに動かそうと暴力をふるう……。弱い者を、力で縛って従わせようとする……」


 できるだけみんなを興奮させないよう、静かに、ゆっくり、言葉を選ぶ。

 ここでぼくが間違ったことを言ってはいけない。

 一番力を入れるべきは本題の「直前」だとルルルが言っていた。


「そんな歪んだ価値観を持った者たちが造り上げた、欺瞞と虚構の常識……人間を欲に溺れさせる社会、何も知らぬ者を扇動しようとする邪悪、弱い者を救わない世界……」


 みんながぼくの話に集中して耳を傾けてくれている。

 みんながぼくの言葉に期待してくれている。


「顔、容姿、財産、権力、能力、あらゆる差別を平然と、正義のように語り……差別を許す者だけが生きていける世界……。

 自分と違う相手を許さない……自分が理解しない考えを許さない……弱い者を嘲笑うだけの……支配できない人間を潰すだけの、ケダモノだらけの世界……」


 選ばれたぼくだからこそ、みんなに教えないといけない話だ。

 ぼくがみんなに正しさを理解させないとならない。


「ぼくらのように若ければ、まだ染められていない。

 だけど時間が経てば、腐敗した社会に出されてしまえば、ぼくらも、大人がつくった間違いだらけの世界に染められてしまう……」


 そこで一度話を止める。

 みんなが次の言葉を待っている。

 でも、まだだ。

 深呼吸をして一瞬遅らせる。

 クラスのみんながぼくに意識を集中したことが確認できた。


 ここだ、このタイミングだ。


「いったいいつまでそんな世界を野放しにしているのか!」


 ドンと教卓を叩くと亀裂が走る。

 急な大声と衝撃に驚いた幾人かが小さな悲鳴をあげた。


「底なしに愚か!

 互いに互いを苦しめあう人間たち!!

 足の引っ張りあいで保たれる秩序!!

 弱者の喰らい合いで成り立つ社会!!

 そんなものは……、そんなものは間違っている!!

 だけど、誰も正そうとはしない! そう、正そうとしなかった!!

 救済も自浄もない社会を造り上げた人間たちが、いつまでも世界を動かしているから……!

 そんなだからぼくたちは、理不尽にも、『世界』に! 選択を突き付けられた!!

 この世界から帰った正しい者たちが生き残る世界か! 愚かな世界を望む者たちとともに滅亡するのか!

 罪と罰を受け入れ、新たな世界の構築を望むのか! 堕落し、腐敗した世界に染まったまま消えることを望むのか!

 新しい世界を選ぶかこれまでと同じ世界を選ぶか! その選択だ!

 ぼくたちは選ばなきゃあならない!!」


 一気にまくしたてて話を終えた。

 慣れていないことをすると疲労感がすごい。

 背中が汗でぐっしょりになっている。


 けれど、そんなぼくの状態とは関係なく、感動による静寂が教室内を支配していた。

 もはや誰も薄ら笑いを浮かべていない。

 現実を知って、戦慄とした表情だ。

 もはや誰もぼくを軽んじてはいない、無視することはできなくなっている。


「みんなは生きて元の世界に戻り、新しい世界を生きるべき人間か? それとも、ここで消えていくべき、不必要な邪悪な人間か……? よく考えて、行動してほしい。ぼくはそれを、みんなを見極めないとならない……。それがぼくの役目だから……」


 横を見るとスライムの中にいた人は消化されていた。

 しかし誰もそんなことを気にかけてはいないようだ。

 いつも一緒にいた川谷は真っ青な顔でぼくを見ているが、あんな奴はもう気にする必要もない。


 それよりも、こいつらは理解できたのだろうか? こんな低俗なクラスメイトに話をしても無意味だったのかもしれない。

 わざわざ教えてやらないで、全員スライムに食べさせてしまってもよかったのだろうか?


 クラスメイトの強張った顔を見渡してそんなことを考えてしまったが、一人だけ違うことに気がついた。


 未須賀君だ。


 彼だけは何かに納得したような顔で、鋭い目つきでぼくを見ている。

 他のクラスメイトはまだきょろきょろしたり、不安気な顔を見せたりしているというのに。


 目が合うと、未須賀君は口の端を上げた。


 ぼくの説明を理解してくれていた……? きっとそうだ……。


 すごい……。やっぱり、さすが未須賀君だ!

 彼は、他の連中とは根本的に違うんだ!




  ◇◇◇




 未須賀君には何度も助けられたことがある。


 いつかの体育の授業後のことだ。

 着替えている最中、裸にされて教室から廊下に閉め出されたことがあった。

 山上と川谷が主導となって、他の男子たちは笑っていたか遠巻きに見ていたか、誰も味方はいなかった。

 そんなとき、遅刻してきた彼が、


『通れねえだろ。開けろよ。もう次の授業の先生きてっぞ』


 という一言で事態を解決してくれた。




 下校をしているときにもあった。

 靴と鞄を奪われ、動物の真似をしろと言われて四つん這いで帰らされていたとき。

 他の連中は変な顔をしてぼくを見ているだけだ。

 そんなとき突然未須賀君が来た。


『今の時代に外でそんなんやってたら、ほれ、ああいう風に勝手に撮られてネットに顔出しで晒されんけど、いいのか? 一生出回るぞ、お前らの顔』


 たった一言を口にしただけであいつらを散らせてくれた。


 教室内でも、体育の授業中でも、食堂でも、未須賀君はぼくが苛められているときに出会うと、いつもぼくを救い出してくれた。

 このゴミみたいな連中が集まった教室で、いつだって彼だけが唯一正しい人だった。




   ◇◇◇




 ぼくは自分とルルルのことしか考えてなかった。

 未須賀君を忘れるなんて、ぼくはなんて恥知らずだったろうか。


 彼のような人こそ生き残り、新しい世界に居るべきなんだ……。

 未須賀君に万が一のことがあったら……ぼくは後悔する。

 他の連中はどうなってもいい。

 だけど未須賀君だけはこれからも生き残るべき人だ。


「未須賀君!」


「ん?」


「キミのことは、必ず、帰してあげるから、絶対に!」


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