3 / 彼女の失踪と彼女のバースデイ
校舎の中は何も変化がない。
廊下には誰も見当たらず、すんなりと保健室まで来ることができた。
もしかしてこんなときにまだ授業をしているのだろうか。
保健室の中に入るが誰もいない。入れ違いになってしまったか?
「ルルル、誰もいないよ?」
『ベッドのある場所に1人、反応があるよ、ツルギ』
並んでいるベッドの1つがカーテンで囲われ隠されている。
備えられた記帳を見ると、一時間ほど前に一人やってきて、まだ退室したチェックがついていなかった。
3年 2組 櫻野 舞那
静かにカーテンを開けると、ベッドの上で女子生徒が寝ていた。
近くで顔を覗いても起きる気配がない。
肌は白く綺麗で、きつめの顔つきだけど男子受けは良さそうだ。顔にかかった長い黒髪が少し色っぽく見える。
かけられた布団の上からでもわかるほどに胸が大きい。ぼくにはルルルがいるから、そんなことはどうでもいいけど。でも、つい目が惹かれてしまうほどには大きくて。
『どこでもいいからネジを挿して』
「う、うん」
ルルルに急かされてしまった。
そうだ。胸を眺めている場合じゃない。
スライムが女の体育教師を食べて吐き出したネジを眠っている彼女のおでこに押し当てる。
沈んでいくようにネジはずぶずぶと彼女の中へ侵入していく。
…………。
1分ほど経つが彼女は眠ったままだ。
何も起きないじゃないか。それとも使い方が違ったのか?
いや……? 彼女の顔が、綺麗だった肌が爛れてきている。
ぶくぶくと、ニキビのようなものが浮かんではぷちんと破裂し……垢と血膿が一緒に落ちて、枕元が悲惨な状況になってきた。
「ん……」
痒いのかな? 彼女が顔を掻きだした。
ぼろぼろと、皮膚が崩れ落ちていく。それでも吹き出物が出てくるのは止まらない。
彼女の動きが激しくなってきた。
呻きながら両手で顔を掻き毟りだした。
爪を突き立ててばりばりと引っ掻く様は、磨りおろし器とでも言える動きだ。
「か、痒い! 熱い! 熱い!! ああっ、あああっ!」
「うひっ!?」
さすがに起きたようで急に叫び声がする。驚かせないでほしい。
彼女の顔は数分前の面影がなくなっている。
白くて綺麗だったおでこも頬も、引っ掻きまわしたせいで捏ねられた挽肉みたいだ。
叫んでいる言葉も呂律がまわっていないが、自分では気がついてないのだろうか。
彼女の表層からは、原形がどんなものだったかもはやわからなくなっている。
「あー……うぅー……」
散々喚いて暴れ続けるとようやくおとなしくなってくれた。
口元は血と涎で汚れ、枕元にもシーツにも飛沫の跡を残している。
半端に崩れたトマトのような顔面の上で無事を主張している二つの瞳は虚空を眺め、見えているのかも不明だ。
変化を見るにこのネジを入れると人を廃人化させることができるのかもしれない。
『ねえ、ツルギ。その人にルルルを持たせて』
「え?」
今まで黙っていたルルルが妙な提案をしてきた。
言われた通りにスマホを握らせてみる。
汚れた手に渡すのは若干の抵抗があるけれど、ルルルが言うなら我慢しよう。
「ルルル?」
『……』
返事がない。
「どうしたの、ルルル?」
「ツルギ!」
「うわっ!?」
それまで寝ていた彼女が突然抱き付いてきた。勢いで後ろの長椅子に押し倒されてしまう。
彼女は不気味に崩れた顔をぼくの胸に力強く擦り付けてくる。
「ひぃっ!? や、やめて! ごめんなさい、ごめんなさい、離して!」
「ツルギ、わたしだよ? そんなに怯えないで」
「ひっ……?」
声は違うけれど、聞き慣れた優しい呼びかけは──、
「……る、ルルル?」
「そうだよ! この人の身体をもらったの」
身振り手振りで自分の身体になったことをルルルが主張する。
これがネジの使い方だったのか? ネジを人間に入れるとルルルになる……?
茫然としていたぼくが心配になったのかルルルは動きを止めた。
「ツルギは、ルルルが動けるようになって嬉しくない?」
「う、ううん、そんなことはないけど……」
この先輩がどうなったのかはどうでもいい。
でも、この頭部はルルルに似合わない。
身体のほうはともかく、これでは見た目が悪い。ぼくのルルルはこんなのじゃあない。
そうだ。
傷を治すことも考えて、顔を隠しておけばいいのか。
保健室だけあって包帯はすぐに見つかった。
「ルルル、苦しくない?」
「うん、ありがと!」
目も隠して大丈夫だというので口元以外は包帯で見えなくなった。
これで抱き付かれても大丈夫だ。
「これが、人間の肉体なんだねー……」
「うん」
ルルルは感慨深げに、自分のものになった身体をあちらこちらと撫でる。
ピンク色に染まりかけた包帯でぐるぐる巻きの頭は本来のルルルのものと違うけれど、反応や仕草は確かにルルルらしいものだ。
シャツの上に羽織っていた薄手のパーカーの裾を持ち、ばさばさと扇いではしゃいでいる。
ルルルが動くと大きな胸も一緒に跳ねて、画面越しでは感じられなかった迫力がある。
さっきまでは何も感じなかったのに……。
やっぱりこの身体の子はルルルなんだな。だから魅力を感じるんだ。
「ねぇ、これならもっとツルギの役に立てるよ!」
「あっ……」
言われて思い出す。
ルルルが出てきてくれたことに浮かれている場合ではない。
人を減らすのがこの世界を願ったぼくの役目であり、責任だった。
どれくらいの人数を? どれくらいの時間で? それに今、学校にはどれくらいの人がいるのか?
肝心なところがわからない。
それでも、人を減らすことは進めないとならないんだ。
「……」
「ツルギ、どうする?」
何から始めるべきだろう。
教室を覗いてみたほうがいいかもしれない。
世界が変わってしまったのに、教師二人が慌てている姿しか見ていない。
みんなはまだ教室に待機させられているんだろうか。
もしかしたら世界が変わったことも気がついてないのかもしれない。
「……教室に行ってみよう。ひとまずみんなに世界が変わったことを教えてあげないと」
「うん! あ、そうだツルギ。他の人に教えるなら、ルルルにいい考えがあるよ」