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7 麦茶だこれ!

 ユスティーナたちと話し合いながら鍛冶屋にたどり着く。

 ふむ、


「いい仕事をしているよな」


 俺はハンマーが鉄を叩く音を聞きながら、軒先に並べられた刃物を見る。


「ええっ? こんなザラザラした真っ黒なものが?」


 ターニャは懐疑的な様子だ。


「鍛え肌を磨かずにそのままにしているだけで実用的だと思うがな。これだと錆びづらいし」


 貴族向けの剣なんかは刃を白磨きに仕上げてあるから、それを見慣れている眼には不恰好に見えるのかもしれんが。


「艶消しブラックの表面は低視認性カラーリングとしても機能するから、隠密行動にも向くしな」


 俺はユスティーナに得物を選ばせた。


「これがいいです」


 彼女は扱いやすい大振りのナイフを選ぶ。


 狩猟用のハンティングナイフ。

 全体的に丸みを帯びたデザインで刃先エッジ以外に尖った部分が無い。

 これは使い勝手の面で大事なことで、服に引っかかったりせずスムーズに扱える上、肌を傷付けることが無いため優れている。


 握りには山間部にあるこの村らしくスタッグ、鹿の角が使われている。

 鹿の角は毎年生え変わるので春先に生息している山に行けば拾えるものだ。

 堅牢で耐久性、耐水性共に高くハンドル材に向いている。

 意外な所では冷えにも強いという特性も持っていて下手な材料では割れてしまうような極寒の地でも大丈夫な素材だった。


「ふむ、シースの造りも良さそうだしいいんじゃないか」


 俺は付属する革製のシースがきちんとしたものであることを確かめ、うなずく。


「鞘なんて、おまけじゃないの?」


 ターニャが疑問を挟むが、


「足場が不安定な屋外で転んだり足を滑らせたりした場合に、刃先がシースを突き破ったらどうなると思う?」

「うっ……」


 アホなターニャにも分かったようだな。


「そんなことが起これば大怪我をする。だからナイフは安全に携行できるシース無しには使えないんだ」


 このナイフ、お値段はお買い得、銀貨八十枚だった。

 俺は、背は低いが骨太でがっしりとした身体を持つヒゲ面の岩妖精ドワーフの鍛冶師にターニャの家の家宝という細剣レイピアを売った金を渡してやる。


 昔この地方に住んでいた鉱山マイナー岩妖精ドワーフの子孫だろうか。

 この場合のマイナーは鉱山労働者を意味するのであって、メジャーでは無い、という意味ではない。

 英語の綴りが違う。

 シャレでメジャー・ドワーフという上位種族を一緒に登場させるゲームがあるので誤解されることがあるがな。


「これでユスティーナも攻撃に加わることができるようになり、殲滅速度が更に上がるはずだな」


 俺はこの岩妖精の鍛冶師が作った刃物が気に入っていた。

 職人が作ったものは、使い手と共に様々な運命を辿ってゆく。

 持ち主の助けとなり、共に生き、苦楽を分かち、そしていずれは消えてゆく。

 俺は働いてものを作るやつらがとても好きだ。

 そして尊敬に値すると信じている。


「後はこいつで俺たち用の武器を作って置いてくれ。代金は次回寄った時に払う」


 俺はダンジョンで拾ってきた鉄鉱石と、屑石扱いの石英を鍛冶師に渡してやる。


「ほう、こいつは」


 鍛冶師は、鉄鉱石より石英の方に興味を惹かれた様子だった。

 そこで俺はとある情報を吹き込み、ついでに携帯治療ファースト・エイドキットに忍ばせておいた気付けと消毒用の蒸留酒のミニボトルを渡してやる。


 錬金術アルケミーの応用によって造り出された生命の水。

 短気な所のある岩妖精ドワーフはできるまで何年も待たなくてはいけないワインより、強い蒸留酒を好んでいた。

 それを受け取って鍛冶師は目を見開いた。


「このラベルは……」

「王太子の紋章、王室御用達ってやつだな」


 王国西端にある冷涼な湿地帯、五千年以上もの時をかけて堆積された泥炭ピートの煙であぶった大麦で造られる蒸留酒は、力強く立ち上がるスモーキーな香りが特徴の最高級品だ。


「旅によって運ばれ、ほど良く揺られた蒸留酒は味が丸くなると言う。この村は水も美味いし冷えた沢水で水割りにすればなお美味いだろう」


 そう言い添えると岩妖精ドワーフの鍛冶師は、鼻の下と顎にたくわえた剛毛に埋まった、岩を削り出したような皺深い顔を崩して笑った。


「分かった。腕によりをかけて作ろう」


 これで良し。




「宴だーっ!」


 今日のメインディッシュは、昨日この村に来た時にカヤが近くの渓流に仕掛けておいた罠に引っ掛かっていたマスのハーブ焼きだ。


「……じゅるっ」


 おっと、ネコ化しているせいで魚を見ると涎が止まらないぜ。


 朱色がかった腹部と斑点が美しいマスを、新鮮なうちに捌く。

 クッキングナイフの刃先を引っ掛けるようにしてエラを取出し、腹を裂いて内臓を処理する。

 釣りをしている人間なら分かるだろうが、スーパーに売っているような冷蔵してある魚と違って獲れたての魚はグニャグニャして調理しにくいものだ。

 これが上手く捌けるかは包丁やナイフなどが切れるかどうかにかかっている。

 俺の持っているクッキングナイフは自分で良く研いであるから自然にすっと刃が入っていく。

 これが心地良い。

 このために包丁を研いでいるともいえる。


 ナイフの刃で尾から頭の方に向けてウロコを落としてやったら岩塩をまぶし、沢に自生していたクレソン、農家の奥さんに分けてもらったパセリやセロリなどのハーブをたっぷりと腹に詰め、ふんだんに使ったバターで焼いてやる。

 こうして焼き上げたマスの腹の中はハーブで蒸し焼きのようになるが、バターがしっかりと染み込んでおり最高に旨い。


 後は温野菜のポトフに噛み応えのある黒パン。

 村で採れた雑穀や麻の実などが入った茶色いパンは香り高く土地の空気と日常を感じさせる地産地消でオーガニックなもの。

 ずっしりと重く、こういった環境では日本の白くて柔らかいパンよりもずっと似合う。


 一般に、パンは米と違って西洋人の主食では無い。

 何故なら日本で言う所のおかず、肉類などがメインでパンは副食のようなもの……

 というのは実は近代に限定された話だ。


 中世ヨーロッパ辺りの食糧事情は貧しく、それを補うために皆、日本における米のようにパンを主食として食べていた。

 だから伝統的なパンは現代の柔らかく白い物に比べ固く重く食べごたえがあるものが多い。

 この中世ヨーロッパ風のエインセルの世界でも、それは同様だった。


 それから素朴な木のジョッキになみなみと注がれた金色の飲み物。


「かんぱーい!」


 カヤの音頭でジョッキを合わせ、皆で豪快に飲み干す。

 グビッとやると沢水で良く冷やされた水分が、乾いた喉と身体に染み渡って来る。

 砂糖などとは違うほんのりとした甘みと、香ばしい後味。

 そうして空になったジョッキをダンッとテーブルに下してターニャが一言。


「麦茶だこれ!」


 騙されたとばかりに叫ぶ。


「その割に、ジョッキは空になっているようだが?」


 そう俺が指摘してやると、頬を赤らめ言い訳をする。


「だ、だって喉が渇いてて、美味しかったから止まらなかったのよ」

「この村の特産品だって話だからなぁ。大麦を砂の入った石窯で二度炒りしたものらしい」


 熱した砂から出る遠赤外線で大麦がムラなく熱せられ、ポップコーンのように弾けたものを温度を変えて二度炒りする。

 これにより豊かな風味とビールにも似た黄金色の麦茶が出来上がるのだ。


「昔ながらの煮出した麦茶ってこんなに深い味だったのか」


 手軽な水出しパックに慣れた現代人が忘れていた、あの夏の味だった。

 麦茶は元々、煎茶に手が出せない庶民の飲み物で、しっかりと煮出すのも生水が飲めなかった時代に子供のことを考えたからだ。

 そんな昔ながらの味がここにあった。

 喉も潤ったので、用意した料理を楽しみながら、丁寧に腹に納めて行く。


「どうだターニャ、働いて食う飯は美味いだろう」


 俺はマスのハーブ焼きに舌鼓を打つターニャに、そう言ってやる。

 地道な肉体労働なんぞとは無縁な貴族階級、勝ち組のリア充に食らわしてやるのだ。


「悔しいっ、でもバターの旨味とハーブの香味が一体となった美味しさが……」


 そんなことを言うターニャだったが、言葉に反し彼女の持つフォークとナイフは止まらない。


「さすがコジロー! こんなの森だったらお祭りの時でも食べられないごちそうだ」


 カヤは食べながらも興奮気味にまくしたてる。


「口の中が痺れるように熱いマスを口にして、その旨味と熱さの余韻が引かない内に冷えた麦茶をきゅっと飲む。ああ、幸せです」


 白皙の頬をほんのりと染め、眼鏡アイウェアの奥の瞳を細めるユスティーナ。

 彼女が飲むと麦茶がビールに見えてくるから不思議だ。

 獲った魚を肴に皆で宴を上げる。

 アルコール抜きでも至福の喜びってやつだった。

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