67 アタシをこんな身体にした責任を取りなさいよねっ!
「ユスティーナっ!」
俺はユスティーナの身体を大魔王から庇うように抱きかかえる。
だが、彼女は答えない。
「あらあら、死んだ者に構っている余裕があるのかしら?」
俺の背後で大魔王がそう言うが、俺は構わずユスティーナの唇に口づけた。
柔らかな極上の感触と、裏腹に顔に当たる眼鏡が……
やっぱりキスをする時には外さないと駄目か。
「なっ!」
ターニャが絶句する。
結構初心だよな、お前は。
「あぅー」
カヤがうらやましそうに声を漏らす。
「ふぅ、飼い猫と主人のラストシーンっていったところみたいね」
そう言いながら、魔王は一歩一歩俺たちに近づく。
広間の石畳をヒールが立てる硬質な音。
「でもそんなの……」
「カース・ユー!」
俺の腕の中から、ユスティーナが大魔王に腕を向けていた。
その渾身の呪いが大魔王の防御力を一時的に低下させる!
そして、
「クロウ・シャープナー! ターニャっ!」
俺の声に弾かれたようにターニャが反応する。
「分身剣!」
俺の魔術で強化されたターニャのハイスピードブレードが大魔王を捉えた。
「そんなっ!」
驚愕の声と共に大魔王の身体が斬撃に震える。
俺はキスに見せかけてこんなこともあろうかと密かに用意しておいた完全蘇生薬、フルリヴァイブをユスティーナに口移しで飲ませたのだ。
サクリファイス・スタッフを売った金の一部で購入したもので、その名の通り蘇生だけでなく体力まで完全に復活させる強力なものだ。
死亡などそうそう無いと割り切り、何度も使えるが使い勝手の悪いサクリファイス・スタッフに代えて用意した蘇生手段だった。
そして、大魔王に無防備な背中を見せたのも、ユスティーナを守るためじゃない。
俺の身体の影で治療を行うためにそうしたのだった。
俺の計略に気付いた大魔王が笑う。
「味な真似をしてくれるじゃない」
「料理人だからな。前にも言っただろう」
以前にも交わした会話をもう一度。
「俺は彼女たちを守る。あんたが立ち塞がると言うのなら、大魔王を敵に回してでも守って見せる」
それが愛しているっていうことだ。
「ふふん、ネコさんが女の子を救う騎士にでもなったつもり?」
そう挑発する大魔王だったが、
「彼女らが望むなら騎士でも道化でも、何にだってなる。生憎白馬は風邪気味で、そこは我慢してもらわないといけないがな」
俺は真顔で言い切る。
「……強いのね」
大魔王は感じ入った様子でつぶやいた。
それには首を振って見せる。
「本当に強いのは彼女たちの方だ」
ユスティーナ、そしてカヤに視線を向ける。
「彼女たちはこんな状況でも、死に瀕するほど傷付いてもなお、俺を信じてくれる。何もあきらめないでいてくれる」
多分、気付いているのだろう。俺が震えそうになる身体を必死にこらえていることも、見ないふりをしてくれる。
「そんな強さもあるんだよ。信じることの意味、強いということ。心が強いということ」
俺の隣に立ってくれる彼女たちの凛とした姿がそれを教えてくれた。
「さぁ、仕切り直しと行こうじゃないか!」
「面白い! 受けて立つわ!」
そこからは一進一退の攻防が続いた。
ターニャと俺はよく大魔王に攻撃を当てたが、大魔王は無限の体力があるかのように意に介さず戦い続けた。
カヤとユスティーナは懸命に大魔王から受けた傷を治療し続ける。
……もっとも、傷は治療できてもターニャの削られた胸は元には戻らない訳だが。
「ひいぃぃぃぃぃっ! 止めて止めてぇぇっ!」
「あはははっ、もっと悲鳴を上げなさい!」
「らめえぇぇぇっ!」
「もっと、もっと!」
永遠とも思える長い長い戦いの末、
「楽しかったぁ」
満足げな、本当に満足げな表情で大魔王は眠るように倒れた。
「ううっ、胸がまたこんなに減っちゃった」
廃人になったように絶望的な表情を浮かべるターニャと比べると、どちらが勝者か分からないぐらいだ。
そうして、大魔王の身体は光る粒子となって散って行った。
そして、
「凄いわね。この私の分身を倒しちゃうなんて」
広間の奥、玉座から金糸雀のように音楽的で美しい声がした。
「大魔王……」
ターニャが絶句する。
玉座には今しがた俺たちが倒したはずの大魔王が座っていた。
そう、これまで俺たちが相手をしていたのは彼女の影でしかなかったのだ。
「そっ、そんなっ」
ターニャはわなわなと震えながら叫ぶ。
「嫌だーっ! これ以上戦ったら胸が、胸が無くなっちゃうーっ!」
錯乱し、駄々っ子のように床をごろごろと転がるターニャ。
しかし、大魔王はその様子をおかしそうに笑うだけだった。
「安心しなさい。あなたの恐怖と絶望は十分に堪能したから、もうこれ以上は要らないわ」
「はぁっ!?」
大魔王は言う。
「まぁ、仮にも分身とはいえ、この私を倒したんだから褒美として人間の王国にこれ以上危害を加えることは止めるわ」
大魔王はそう言って瞳を細め、
「もっとも、そちらから喧嘩を売ってきた場合はその限りじゃないけど」
そう付け加える。
「十分過ぎるな」
俺も笑ってそれにうなずいた。
「という訳で、あなたたちには神魔界への挑戦権をあげるわ」
大魔王は光り輝く護符を差し出す。
「これがそのパスポート。神魔界で更なるクエストをクリアすれば、不死者に至ることさえ可能だわ」
このアミュレットは即死攻撃を無効にするお守りでもある。
「あんたもそこで永遠の命を?」
俺は大魔王にそう問うが、
「……昔のことは忘れちゃった」
大魔王は悠久の時に思いを馳せるように瞳を伏せる。
「それに、その認識は間違っているわ。この世に永遠などありはしないのだから」
不死者当人が言う。
だからこそ真実の凄みがある言葉だな。
「さぁ、もうお行きなさい。待っている者たちが居るわ」
待っている者って、マリヤ先生と……
オギワラたちか。
「やれやれ、帰る気が失せるな」
帰ったらまたオギワラがうるさそうだ。
まぁ、普通、このレベルじゃあ大魔王に勝つことはできないからなぁ。
「だったら、この国に残ってくれてもいいのよ、我が配下一の将、悪魔猫将軍コジロー?」
大魔王が魅了するかのようにささやく。
それもいいなぁ。
「私はご主人様につき従うだけです」
ユスティーナはそっと俺に言い添える。
「初めても奪われちゃいましたし」
ああ、さっきのがユスティーナのファーストキスだったか。
「悪いことをしてしまったかな?」
ユスティーナは眼鏡の奥の瞳を伏せながら答える。
「悪くない…… ですよ」
そして、そこにカヤが変わらぬ無邪気な表情で言う。
「カヤもー」
俺はターニャに問う。
「お前はどうだ、ターニャ」
ターニャは戸惑ったように目を瞬かせた後で、
「あ、アタシをこんな身体にした責任を取りなさいよねっ!」
そう言って顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「責任って……」
肉の付く料理を作れってことか。
まったく、食い意地の張ったやつだ。
「ちっがーうっ! 乙女が勇気を出して言った告白を、捻じ曲げて受け取るなーっ!」
うーうー唸るターニャ。
何を怒ってるんだ?
俺はやれやれと肩をすくめるのだった。
リア充ざまぁ! ニートは廃課金なネコキャラで下克上する!!(完)
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なお、新連載『無課金ユーザーが来た! 悪役令嬢は裸アバターで暴れまくる!!』(http://ncode.syosetu.com/n4127dn/)も始めましたのでお読み頂ければ幸いです。




