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64 便器マン!

 そしてやはりと言うべきか、オギワラたちは大魔王のペットの地獄の番犬、三つ首犬のケルベロスにつかまって全滅の瀬戸際に居た。

 体力の低い癒し手と魔導士は既に倒れ、残るオギワラと格闘家も満身創痍で今にも力尽きそうだ。

 オギワラは懸命に手にした火竜の剣を振るうが、三つの首から繰り出される攻撃に対応しきれないでいる。


「なっ、なんでだっ、エインセルならこんなモンスター、ノーダメージで倒せるのにっ!」


 そりゃそうだ。

 VRMMOエインセルは、この世界を模倣エミュレートしているが、それでもあくまでもゲーム。

 相手は一定のアルゴリズムで動いてくれているので、プレーヤースキルが高く立ち回り方を習得していれば無双もまた可能だった。


 だが、これは現実だ。

 相手がこちらの予想通り動いてくれる保証はないので華麗に回避しきれるものではない。

 いや、ギリギリで回避する技を身に着けているがために、逆に被弾してダメージを受けてしまう。


 スマホのソーシャルゲームのため、繊細な入力操作ができずある意味泥臭い殴り合い、削り合いだったリバース・ワールドの戦闘システムの方が実は現実に近いものがあった。

 特に、多対一の格闘戦では、数の差は技量の差を埋めると言われており、テクニックより地力の勝負になる。

 格闘技に幻想を抱いているやつはその辺、誤解していることが多いがな。


 オギワラが苦戦するのも当然だった。


「うぐっ!」


 倒れ伏すオギワラ。

 仕方が無い、助けるか。

 俺たちはそこに割って入った。


「騎兵隊の登場だ!」


 そう叫んでケルベロスの注意を惹く。


「おっ、お前らっ!」

「真打は常に遅れて現れるもんさ」


 目を剥くオギワラに言ってやる。


「た、助かった」


 オギワラのパーティの格闘家がほっとした表情で口にしたのは、


女男爵バロネスターニャと騎士ナイト位持ちの仲間たち。魔王を倒した学園の精鋭トップ・エースか!」


 俺たちはそんな風に知られているのか。

 そして魔力強化神経ブーステッド・リフレックスの呪紋で素早さを底上げしたユスティーナが先制で魔術を放つ。


「カース・ユー!」


 呪いにより、ケルベロスの防御力が減少。


「クロウ・シャープナー!」


 俺の攻撃力倍加の魔術がターニャの手にしたハイスピードブレードを輝かせる。


分身剣パラレルアタック!」


 ターニャの剣が、まるで分身したかのように攻撃が放たれる。

 そこにケルベロスの反撃!

 真ん中の首が炎を吐き出す。

 全員がブレスに耐性のある防具を身に着けていたが、それでもなお、恐ろしいほどのダメージを負った。

 その上、追加で体当たりが俺に命中。体力の三分の一を削り取って行く。

 俺はスパイクアーマーのビーム・スパイクを展開していたため、ケルベロスも傷を負ってはいたが。


「夢幻の心臓よ!」


 カヤは蒼く輝く石を掲げ、メンバー全員の傷を癒す。

 これが夢幻の心臓の力か。


「凄いな」


 更にユスティーナが追加で癒しの杖を掲げ、俺の傷を完全治療。

 俺は自分のナマハゲ・ブレード、鬼包丁と呼ばれる戦士系最強武器にもクロウ・シャープナーをかけ、更に攻撃力を強化する。

 ここまで来れば、後は夢幻の心臓と癒しの杖で治療しながら畳み込むだけ。

 そうしてとうとう、ケルベロスはしっぽを巻いて逃走して行った。


「ど、どうして……」


 壁に背を預け座り込んだオギワラが俺たちを見て言う。

 そんなやつに言ってやる。


「格上のボスキャラと戦って勝利するのに一番肝心なのは、反射神経に依存する小手先のプレーヤースキルじゃない。足を止めて殴り合っても押し切れるように戦闘を組み立てる力だ」


 そして、


「プレーヤースキルが高い、つまり器用な人間は何でも無難にこなしてしまう故に、あと一歩、地道な努力が足りないことが多いのさ」


 思い当たる節があるのか、オギワラの顔が歪んだ。


「だから泥臭い長期戦にもつれこむと最後は必ず不器用が勝つんだ」


 それを聞いたオギワラは、痛みに耐えるかのように噛みしめるように言葉を吐く。


「……昔から俺は、大抵のことは人より上手く立ち回ることができた。だが、何かが足りなかった」


 その言葉にはオギワラの辿った人生が語る、重みがあった。


「VRMMOエインセルに出会ったとき、返ってくる手ごたえにこれだと思った。だから学校も辞めてのめり込んだ」


 しかし、


「だが、やり込んで、トッププレーヤーともてはやされればされるほど、心のどこかが醒めて行った。理由も分からずに」


 ぐいと口元を拭って、付いていた血と泥に顔をしかめるが、


「血と泥の味か…… 悪くないもんだな」


 オギワラは俺を見て言った。


「俺に足りなかったものがようやく分かったよ。俺は、本当はお前のようになりたかった」




 オギワラたちをマリヤ先生に預けて先を急ぐ俺たちの前に現れたのは、


「便器マン!」

「誰が便器マンかっ!」


 俺たちに負けてトイレ掃除の罰を受けている潰れカバ。

 魔王だった。


「このワシがトイレ掃除なんぞをせねばならんのも、元はといえば貴様らのせいなのだぞっ!」


 一人憤るカバ。


「貴様らさえ居なければ、今もワシは王国攻略軍の司令官で居られたものを……」


 未練がましく過去の栄光にすがる魔王に、俺はこう言ってやる。


「過ぎ去った時を逆行させることは神以外誰にもできない。思い出は懐かしむだけにしておくことだ」


 しかし、俺の忠告は逆上した魔王には届かないようだ。


「うるさいうるさいっ、ここで会ったが百年目。覚悟しろっ!」


 魔王は襲い掛かってくる。

 スマホのソシャゲ、リバース・ワールドでは、ここで現れる魔王は能力を強化されていた。

 だが、


「悪いが一度倒した相手に手間取るような俺達じゃないからな」


 魔王が強化されている以上に、俺たちも強くなっている。


「勝負だ魔王!」


 作戦的には、先ほどのケルベロス戦と大して変わらない。


「カース・ユー!」


 ユスティーナが呪いで防御力を下げ、


「クロウ・シャープナー!」


 俺がターニャのハイスピードブレードに魔力をまとわせ、


残像剣ディレイアタック!」


 ターニャがそれを続けざまに叩き込む。


「三重唱っ!」


 魔王は手にした双面の杖、二つの顔を持つ呪われた杖と自分自身、三つの口で唱えた呪文を立て続けに開放する。

 以前の、魔力塊をそのまま叩きつけていた強力だが原始的な攻撃とは違う、高度な技術を要する技。

 これが魔王の新しい力だった。


「喰らえっ!」


 魔王の攻撃が炸裂した。

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