60 攻撃を食らう度、ターニャのバストが一ミリずつ減るのだ
マジカル・キャッスルで、カヤのミスリル銀製フリッツ・ヘルメットに、やはりミスリル銀でフェイスガードを追加してもらう。
結構な金がかかったが、このお蔭でカヤの防御力が大幅にアップしてくれた。
そうして準備を整えた俺たちは大魔王を倒すべく、地下都市群深部を攻略する。
そこでたどり着いたピースランドという街は、
「大魔王の軍勢が攻め込んで来ていると言うのに、この街はまったく防備を整えていませんね」
平穏そのものの街に違和感を覚えたか、ユスティーナが眉をひそめつぶやいた。
そこに、
「それは、この街には平和条例第九条があるからです」
すっげぇうさんくさいおっさんが声をかけてきた。
「争いをなくし、平和のための努力をしている我々に軍隊など必要ありません。武器など捨てましょう。争いは無益です」
「ふん!」
いきなり現れた幼女が指先一つで男をブッ飛ばした。
「大魔王?」
「むしゃくしゃしてやった。反省はしていない」
倒れた男を踏みにじりながら無い胸を張る幼女。
シュールだ。
「私はこういう口先を弄して人々を扇動するウジ虫が、本当に嫌いなのよ。守るべきものも無く、意地も無く、ただ狂った自己満足に盲従しているクズが」
言いたいことは分かる。
こういう手合いは不安を抱える人々に付け込み財産を、個人の人格を、果てには命すら奪いかねないカルトのようなもんだからなぁ。
大魔王は男の髪の毛を掴み、顔を上げさせると言う。
「あんたの言葉に従ったせいで、私に親を殺された子供が出たとするわ。あんたはこの子らに何て言うの?」
「あ、争いは何も生みません……」
「口先だけのきれいごとが何になるっ!」
おお、大魔王の拳がうなり、嫌みなくらい白く光っていた男の歯が何本も宙を舞った。
「あんたの教えでは、両親の死にも怒れない無気力な子供を育てるだけよ。意志を放棄した人間なんか人間じゃ無い。腐った死体と変わらないわ!」
正論だなー。
大魔王の癖に。
「何の努力もせずに自由や平和が当然の権利だと思っている社会は長くは続かないわ。他人の手に運命をゆだねて生き残れるような場所は、この地上のどこにもないのだから」
「はわわわ」
「死ね」
腕を振り上げる大魔王。
しかし、
「何の真似?」
剣を向けるターニャに大魔王は問う。
「確かにあなたの言い分にも一理あるけど、だからと言って見殺しにはできないわ」
アホがドヤ顔で言い放つ。
これからのことを考えているのか?
いないんだろうなぁ。
「へぇ」
大魔王が邪気を放ちながらニヤリと笑う。
その手が離れた途端、男は這うようにして逃げて行った。
「バトルモード発動!」
大魔王がそう言い放つと同時に、その身体から闘気が立ち上り肘から先が鎧に覆われるように硬質化する。
これが大魔王の戦闘モードか。
「参考までに、これからあんたが戦うこの私の攻撃力を教えて置いてあげるわ」
「何ですって?」
「私の攻撃力は360よ」
「ばっ……」
ターニャのゆうに倍だ。
しかも、これは魔術や特殊攻撃を考慮していない、素の攻撃でと言うことだ。
そして素手故に、ターニャのハイスピードブレードと同等の攻撃回数を叩き出す。
ヒットポイントに至っては比べることさえバカらしいぐらいの差があった。
だから、俺はターニャに言ってやる。
「がんばれー」
ターニャの目が点になる。
「は? な、何他人事のように言ってるのよ」
「いやぁ、別に俺は大魔王を止めようとか更々考えてなかったし。自分でまいた種は自分で刈り取るんだな」
俺に続いて、ユスティーナが言う。
「応援いたしますから頑張って下さいね、ターニャ様」
カヤも同様。
「がんばれターニャ」
完全に他人事だった。
いやぁ、この段階で大魔王と戦おうなんて考えてなかったからなぁ。
「うわあぁぁん、みんなのバカぁ!」
泣きながら大魔王に特攻をかけるターニャ。
あ、ぶっとばされた。
しかし、
「ふぅん? 今のを受けて生きてるんだ」
大魔王は感心したように目を見張った。
「や、やっぱりこの鎧は凄いわね」
何とか立ち上がりながら、ターニャが言う。
そりゃあまぁ、最強の防御力に魔術とブレスに対する耐性が付いた物だからな。
ターニャは乙女の盾を使っていることもあって、総合的な防御力は魔力強化神経の呪紋を入れて回避に特化しているユスティーナと方向性は違っても効果はほぼ同等にまで上がっている。
「で、でも、この胸のところにある数字って何なのかしらね。少しずつ減っているようだけど?」
俺はターニャに教えてやる。
「大魔王を前にしゃべる余裕があるようで何よりだったが、その数字はお前のバストのサイズだ」
「は?」
「その鎧の防御力の源は、お前の二つの胸についている脂肪なんだよ」
「はあぁぁぁっ!?」
ターニャの素っ頓狂な顔!
妖精の鎧は使用者の肉体を、ほっそりとした繊細な美しさを持つ森妖精の美意識が理想とする姿にシェイプアップする効果があるのだった。
「なっ、なんじゃそりゃーっ!」
おいおい、言葉が崩れてるぞターニャ。
まぁ、それだけショックだってことは分かるがな。
「ひぃいいいっ、止めて止めてぇ!」
大魔王の攻撃を必死で避けるターニャ。
そりゃそうだろう、攻撃を食らう度、ターニャのバストが一ミリずつ減るのだ。
「あはは、怯えた顔が面白ーい」
幼女、いや大魔王様もすっげ楽しげだ。
機嫌を直してくれたようで何よりだった。
「ひっ、かすった、今かすった」
大魔王の攻撃がターニャを捉えんとする。
「ああっ! 数字が減ってるぅぅぅっ!」
もう、悲劇を通り越して喜劇だった。
「うふふふ、もっと必死になって逃げないと、元から貧相な乳を更に減らされてしまうわよ」
無邪気な残酷さを振り撒きながら、大魔王は獲物をいたぶる猫のようにターニャを追い詰める。
「さぁ、もっとみっともなく逃げ回りなさい!」
「嫌あぁぁぁぁっ!」
ターニャの悲鳴を、大魔王は天上の調べを耳にするかのようにうっとりとしながら聞き入る。
「ああ、弱者の悲鳴が、恐怖に引きつる顔がこんなに心地良いものだったなんて。新しい世界の扉が開きそうよ」
大魔王は音楽的にも思えるほど綺麗な声音で、歌い上げるように熱を込めて言う。
「たまらなく愉快だわ! 滅茶苦茶ワクワクするっ!」
「ひいぃぃぃっ!」
「そうやって悲鳴を上げられると、心が晴れ晴れとするわ! 爽快な気分よ!」
「あばばばばばば! あばばばばば! あばばばばーっ!」
仕方が無いな。
「大魔王様、そのくらいにして下さい」
「えっ、何?」
俺が声をかけると、大魔王はその金色の瞳を俺に向けた。
興奮で縦長の瞳孔が真ん丸に開いている様子は、まるでネコのよう。
「せっかくの玩具です。一気にすり減らしてしまうのはもったいないのでは?」
「むぅ」
「お楽しみはゆっくりも良いでしょう」
「ふふ」
大魔王は幼い外見に似合わず、妖艶な笑みを見せる。
「そうね、あなたの言う通りだわ。我が配下一の将、悪魔猫将軍コジロー」
ありゃ、原初の森での一件、見られていたのか。
「大魔王っていうのも暇なものなのよ。玉座に座りながらワイングラスを片手にケルベロスを愛でるのにも飽きたし」
地獄の番犬を座敷犬扱いとは、さすが大魔王だった。
「それじゃあ勇者、また来るわ。今度来た時にはもう少し、骨のある抵抗ができるようにしておきなさいね、でないと……」
大魔王は艶然と微笑んだ。
「楽しくないじゃない」
享楽に耽るさまは、正に大魔王の名にふさわしい。
そうして大魔王は跳躍で元居た場所へと帰って行った。




