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6 マジカルマッポーな過去

「ふむ、鉄鉱石に、鑑定の結果は屑石と出たがこれは石英だな」


 鉱山跡なので当然、鉱石も採取できる。


「石英?」


 ターニャが首を傾げるので説明してやる。


「結晶になっていない水晶と言えばいいか?」

「でも、真っ白で透けてないじゃない。やっぱり屑石じゃないの?」


 そうは言うが、これはこれで使い道があるんだ。

 だから鉄鉱石と一緒に拾ってバッグに仕舞い込む。


 このバッグは俺が、自転車配達員が使っているメッセンジャーバッグをモデルにこの世界で作ったものだ。

 大容量の肩掛けカバンのくせに、補助ストラップを使うと軽く背負える。

 身に着けていても動きやすく、勇者学園に売り込んで製品化もされている。


 そうして更に奥へと進み、二度ほど戦闘をくぐり抜けると、


「レベルが上がったわ!」


 ターニャのレベルが上がっていた。


「ファイア・ボルトが使えるようになったわ」


 勇者は特別な資質を持っていて高度な肉体強化とある程度の攻撃魔術、治癒魔術を使うことのできるオールマイティさを備える。

 生まれつきの勝ち組、リア充なこいつらしい能力だ。

 まぁ、このアホには豚に真珠、ネコに小判だがな。

 それにだいたい、


「カヤなんかもう次のレベルに上がってるけどな」


 戦士系のレア職業クラスであるシールダーは成長が早いのだ。

 体力などターニャの倍はあるだろう。


「嘘だ! そんなことぉ!」

「まぁ、お前も俺よりは体力が上がったようだからポジションは入れ替えだけどな」


 俺より前に出るため借りていたマントもターニャに返してやる。


「良かったよぉ」


 大げさだな。




 そして、ようやくダンジョンの出口に到達する。

 そこには証明用のメダルが用意されていた。


「やったーっ!」

「よし、ジャンプ」


 メダルを取った瞬間にリターン・クリスタルを使用する。

 これは遺跡が管理するゲートの内、使用者が自分で登録した箇所へとジャンプするアイテムだ。

 異世界である地球に干渉したことからも分かるように、遺跡には時空間移動の機能が備わっていた。


「はぇ?」


 一瞬にして景色が見知ったノビスの街、勇者学園に切り替わる。


「ダンジョンクリアの申請に行くぞ」


 職員室へと向かい、証拠のメダルを提出。


「課題を果たしたということで、新しい武器を一つだけ支給しましょう」


 担当の先生、錬金術アルケミーを教えてくれているマリヤ先生はそう言ってくれた。

 少しだけグレードが上がった剣などがあるが、


「革のムチで」

「いいんですか? 魔女ウィッチ呪術師カース・メーカーなど後衛用の補助武器ですよ」


 低威力だが長さがあるため、後方からでも攻撃が可能な武器だった。


「構いません」


 そう言って革のムチを受け取る。


「それじゃあ、こいつはターニャに」

「ゆ、勇者にムチって……」

「このムチは、『乱れ撃ち』のスキルで範囲攻撃が可能だからな。威力が低い分は勇者の筋力の高さで補える。ドーピングもしたし」


 通常、単体の敵には高ダメージの剣を、複数の敵には範囲攻撃が可能な魔術を使うものだが、攻略ペースを上げた場合、範囲攻撃可能な魔術を使えるようになる前に先に進めなくてはならなくなる。

 それを補うには範囲攻撃可能な武器は必須だった。


「そして、お前の細剣レイピアは売って金に」

「止めて!」




「それじゃあ、チェックポイントを回って補給を受け取って来るか」


 順番は前後するが、革のムチを手に入れた分だけ高い殲滅速度を維持しながら高速でこなすことが可能なはずだった。


「ええっ、休まないの?」

「そうだな、今日はふもとの村に宿泊するか」


 実習開始二日目にしてトレーニング用ダンジョンをクリアした後、休み無しで動いているので休憩は必要だった。

 ちょっとした都合もありふもとの村に行ってから休むことにする。




「乱れ撃ちっ!」


 びしりと空気が弾け飛んだ。

 その先端は音速すら超え、当たれば皮膚は破れ肉は爆ぜるというムチが唸りを上げたのだ。

 ターニャが軽く手首をひねっただけでムチは黒いヘビのように幾重にもしなり、のたくる。

 範囲攻撃が可能なスキルによる攻撃でモンスターたちが見る見るうちに打ち倒されて行った。


「ほんと、楽だなぁ」


 殲滅速度がこれまでの比では無い。

 無双状態だ。


「ア、アタシにだけ働かせるなーっ!」


 スキルを連発しなければならないターニャは大変だったが。


「しかし後方に下げている分、攻撃は受けづらくなっているんだから我慢してもらわなくてはな」

「うぎぎ……」


 カヤとユスティーナが壁になって、後方からターニャのムチと俺の魔術『ぶろうくん・ねこぱんち』が飛び敵を殲滅するというパターンだ。


 そうして俺たちはふもとの村の外れにある鍛冶屋を訪ねた。

 里山の炭焼き小屋の近くにあるそれは、この地方では唯一のものだ。


「何でこんな田舎で鍛冶屋をやっているのかしらね?」


 ターニャの言葉にはこう答える。


「鍛冶をするには木炭が必須だからだろ」


 この地方には石炭から作ったコークスを使った製錬は伝わっていないので、製鉄には木炭を使っているのだ。

 だから林業が盛んで木炭を生産しているこの辺境の村で仕事をしているわけだ。

 鉱山跡があることからも分かるように鉱脈もあるって話だし。


「でも王国史の勉強で習ったけど、鉱山が寂れる前は岩妖精ドワーフの精錬所から出る鉱毒で酸の雨が降って、禿げ山だらけになった錆びた工業地帯、ラスト・ベルトと呼ばれていたって話よ」


 勉強だけはできるターニャが得意顔で知識をひけらかす。

 俺はユスティーナと、そしてカヤと顔を見合わせた。


 そいつは、俺がプレイしていたスマホのソシャゲ、リバース・ワールドのファースト・シーズンの時代の話だ。

 酸の雨が降る錆びた鉱山街を舞台に、ゴム引きのレインコートを着て非合法、あるいは半非合法な仕事ビズに手を染め影の傭兵マーセナリーとして駆け抜けた日々。

 機密の奪取、情報操作、破壊工作、不正規な人員の引抜ヘッドハンティング、更には暗殺ウェットワーク……

 レインコートを通してさえも感じる大粒の雨を思い出す。

 岩妖精ドワーフが造る蒼く冴えた鋼の武器と泥炭ピートのスモーキーな香りが匂い立つ蒸留酒、そしていい女。

 退廃的なディストピア、シビアでウェットなマジカル末法マッポー世界を、ユスティーナとカヤ、二人だけを信じた相棒としてクールでドライなスタイルで決める。


「心に焼き付いて消えない一瞬を、永遠と言うのでしたね」


 ユスティーナがどこかしんみりとした口調で言う。

 今にしてみれば懐かしい時代だったよな。


「でも、神殿の仲介で原初はじめの森に住む森妖精ウッド・エルフたちが緑化に手を貸したんだって」


 俺たちの間にあった空気を読めないターニャはそう言うが、


「鉱業により自然を破壊する岩妖精ドワーフと自然に生きる森妖精ウッド・エルフとの仲は険悪で、普通なら力を貸すわけが無いのですが」


 ユスティーナが素知らぬ顔で答える。

 そうだな、俺はあの時請け負った教団がらみの仕事ビズを思い出す。

 あれは大変だった。

 難しい仕事を難しくやるのはプロでは無い。

 難しい仕事を簡単にこなすからこそプロなのだ、とは言うがね。

 しかしその追憶を、ターニャのとんでもない発言が吹き飛ばした。


「そう、でもその不可能を可能にしたのが伝説の傭兵コジローってわけよ」


 はぁっ?


「あんたのそのコジローって珍しい名前も、この英雄にちなんでつけられたのかもね」


 ちなむも何も本人だが、言わぬが花ってもんだろう。

 あの件は、そんな風に伝えられていたのか。


 俺は日本の鉱山地帯で緑化に使われていた、酸性土でも旺盛な繁殖力を持つニセアカシアの木を知っていて、ゲーム上で提案していた。

 だが、今にしてみればあのソシャゲの運営は遺跡の意識体、猫耳女神バステトだ。

 ターニャが時を遡って転生したように時空間を操る力を持っているなら、俺がもたらした情報を元に過去に干渉することも可能か。


 難しい顔をしていたのだろう、気が付けばユスティーナが面白そうに俺の方を見ていて、こうささやいた。


「さしずめご主人様は生ける伝説、リビング・レジェンドという訳ですね」

「はん、ガラじゃねぇな」


 俺は英雄なんかじゃない。

 それはユスティーナも分かっているだろうに。

 ユスティーナは小さく笑うとターニャたちに言う。


「酸性の土でも旺盛な繁殖力を示すニセアカシアにより緑化された山は養蜂に最適で、アカシア印の蜂蜜、それから作られる蜂蜜酒ミードはこの地方の特産品にまでなっているそうですよ」


 なるほどな。

 米と違ってこの世界の主食を担う麦類は酸性土には強くないから食料は輸入に頼った土地柄だったんだが。

 そういう土地に適合した産物ももたらしたってことか。

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