59 勇者が勇者が大ピンチ
俺は身動きできずに地面に転がるターニャの頭を肉球で踏んづけて、ぐりぐりと踏みにじってやる。
「くっくっくっ、大魔王様に楯突く小娘が、いい様だな」
「ちょっと、本気で痛、ぎゃっ!」
演技を忘れて素で抗議しようとするターニャに、ユスティーナが再びライトニング・マチェット+3を叩き込んだ。
そして俺はターニャが余計なことを言わないように、両手を使って止めを刺す。
「お仕置きの時間だ! 天国と地獄!!」
『天国と地獄』とは、右手と左手の力を合わせて放つ、ネコビト最凶の必殺技だ!!
「にゃああああぁぁっ!!!!」
両手のにくきゅうでふにふにしながら、同時にちきちきと爪を立てるというそれは、正に天国と地獄!!
「っ! っ!!」
声も出せずに身体を痙攣させるターニャ。
その、地に伏し身悶えするターニャの姿に、自分たちの未来を見たのか森妖精たちの瞳が絶望の色に染まる。
「フッ、悪く思うな勇者。貴様の弱さが招いた不運だ」
俺は悪役っぽく言い捨てる。
そこに、フード付きマントで顔を隠した少女……
カヤが棒読みの口調でこうつぶやく。
「ああっ、勇者が勇者が大ピンチ。妖精の鎧さえあればー」
それに森妖精たちが食いついた。
「妖精の鎧があればいいのですねっ!」
そうして皆で一心に祈り続ける。
「神器招来!」
すると、森の中心部から光り輝く鎧が飛んで来る!
「あれが、妖精の鎧!」
俺たちの手をすり抜け、ターニャが走る。
「ああっ、アホ!」
手はずでは個人認証機能を殺してから使うはずだったろう?
俺とユスティーナの演技が真に迫り過ぎていて、危機感が自己防衛に走らせたのか。
だがな、
「取った!」
「いいや、取られたんだ」
鎧を包む光にターニャが触れたとたん、鎧が自動的にターニャの身体を包み込んだ。
あーあ、俺は知らんぞ。
「きっ、きつい?」
胸元がきつそうだ。
まぁ、それはそうだろう。
ほっそりとした繊細な美しさを持つ森妖精の秘宝なんだ。
人間で、それなりのプロポーションを持つターニャでは無理があった。
……まぁ、この鎧を着てしまった以上、それもいずれ問題なくなってしまうのだが。
「くっ、神器が勇者の手に渡ってしまうとは」
俺は大げさにおののいて見せる。
「退却だ!」
俺たちはマリヤ先生の背に乗って飛び去る。
「これで勝ったと思うなよぉ!」
捨てぜりふも忘れずに。
「で、ターニャ、何でその鎧に手を出した」
ジャンプの魔術で戻ってきたターニャとカヤ。
勇者学園で合流した俺たちは反省会を開く。
「その鎧は一度主を決めると、本人にしか着れなくなるって言ったよな」
「人間って間違いを犯す生き物なのよ」
「人類全体をお前のレベルまで貶めるんじゃない」
まったく図々しいやつだな。
「で、でも長い人生、一つや二つの間違いはあるでしょ」
「間違いの頻度と度合いによっては、お前の言う人生そのものがおかしくなったり終わったりするんだぞ」
そこいら辺、分かってるのか?
「べっ、別にいいじゃないっ! 最強の鎧なんだから、そのまま着たって問題ないでしょう?」
言ったな。
「後悔…… するなよ」
仕方なしに、妖精の鎧はそのままの状態でターニャが着ることになる。
「ふふふっ、これでアタシも理想の体型にー。ごめんねコジロー。美の女神がアタシにささやいたのよ」
「空耳だろ」
うかれまくるターニャ。
盛大な墓穴を掘っていることに気付かないまま。
「やっぱりアタシは美の世界に生きる女なのね」
「美の世界の方で何と言うやら」
「むっ、さっきから何よコジロー。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
「これ以上はっきり言えるかよ」
やれやれだった。
「そういえばコジロー、森妖精がお礼にこれくれたわよ」
ターニャがそう言って差し出したのは、サクリファイス・スタッフだった。
これは戦闘中に倒した敵を生贄に味方を蘇生させるという呪物だ。
「よし、売ろう」
「って、人がせっかく……」
さくっと売り払おうとする俺にターニャが突っ込もうとしたその時、
「なに考えている、てめえっ!」
そう叫んで割り込んだのは、DQNプレーヤー勇者オギワラだった。
……どこから現れた。
「癒し手の蘇生魔術は高位に属する術だ。それが使えるようになるまでは唯一の蘇生手段だぞっ。それを売るなんてなに考えているっ!」
そうまくしたてるオギワラだったが、まったく面倒だな。
「サクリファイス・スタッフでの蘇生の成功確率は半分以下だ。死人が出るような厳しい状況下でのんびりと蘇生を行っている暇があるとでも思うのか? 下手をすれば残りの人間まで共倒れになるぞ」
「うぐっ!」
ちょっと理詰めで話をしたぐらいで反論できなくなるくらいなら、もう少し頭を働かせるか、他人に口出ししないで欲しいものだ。
「その上、サクリファイス・スタッフでの蘇生だと体力までは回復しない。すかさず治療しないとちょっと攻撃を受けただけでまたすぐ死亡だ」
これが結構厄介だ。
「つまり、サクリファイス・スタッフを使って蘇生を行う者と、蘇生した者を治療する者、二人の手を取られるという訳だ」
しかも、
「それも一度で成功すればいいが、そうでなければ成功するまでずっとつきっきりだ。もちろん、一人は死亡しているから、実質残りの一人でモンスターを相手にしなくてはならなくなる」
死者を出すような敵を相手にこれは無謀過ぎるだろう?
「そして、蘇生に成功したとしよう。癒し手は死者の治療の上に、治療の間に新たに仲間が負った傷を癒さなければならない。魔力は大きくすり減らされ、パーティはボロボロだ」
どうしようもないな。
「結局、街に戻っての休息が必要になる。だったら死者が出たら迅速に戦闘を終わらせ、街にジャンプ。そうして神殿で蘇生してもらう方がずっと早いだろう?」
俺の展開する理論に、オギワラはだらだらと脂汗を流す。
そうしてその口から出て来たのは、
「だ、だが、蘇生手段が無いよりはあった方がいいだろ?」
苦し紛れとしか思えない言葉。
それには、こう答えてやる。
「サクリファイス・スタッフは高額で売れる。その金で装備を整えた方が、結果として死亡確率は減る。簡単な計算だろ」
これはゲーム攻略では良く使われる手だった。
ゲームではキャラが死亡した際の保険として、運営側が救済用の蘇生アイテムを用意している場合が多い。
このアイテムは結構高額な場合が多く、それを売り払うことによって得た多額の資金で装備を固める訳だ。
「ぐうぅぅぅっ」
唸るだけになってしまうオギワラは、がっくりと膝をつく。
それを見てユスティーナは言う。
「毎度お見事です。ご主人様」
毎度と言われるほどオギワラの相手をしている訳だな。
俺は苦笑する他無い。
「あぅ?」
カヤは話の内容について行けなかったのだろう、うなだれるオギワラを不思議そうに見ている。
ターニャはと言うと、
「やっぱり鬼よね、あんたは」
そう俺に告げて、眉をしかめるのだった。




