55 分かりましたから食べないでぇっ!
持ち帰ったクモの糸を織姫に渡すと、
「私が反物を織っているところを絶対に見てはいけませんよ」
と言って、部屋に籠ってしまう。
「お前は鶴か」
「つるー?」
不思議そうに首を傾げるカヤに、何でもないと首を振る。
ともかく、これで魔術、ブレス、両方の攻撃への耐性を持つ極上のメイド服を作ることができるのだ。
「さて、メイド服が仕上がるまでに、癒しの杖でも作るか」
癒しの杖はヒーリングの魔術の効果を代償無しに引き出せるマジック・アイテムだ。
その作成には世界樹の枝が必要なのだが、
「闇の森に行く?」
カヤが複雑な表情で聞く。
まぁ、追い出されたところに行くのは気が進まないのだろう。
「カヤが嫌だったら、留守番をしていてもいいんだぞ」
「行く」
カヤは即答した。
「コジローたちだけだと道に迷うから」
それはまぁ、その通り。
闇の森には道迷いの結界が張ってあり、普通であれば深部に侵入するのはかなり大変だった。
それが、カヤに導いてもらうとショートカットが可能なのだった。
世界樹は森妖精たちの住む原初の森にあるというが、それと対になる闇の森にもあるのだった。
世界樹のある闇の森の深部は神域とされ闇妖精や獣人たちも滅多に立ち入らないが、何のことは無い、現れるモンスターが桁違いに強いため入らないようにしているだけだった。
ここで現れる木の化け物、トレント系のモンスターは根や枝で強力なダメージを与える攻撃を複数回してくるわ、耐久力があるのでなかなか倒せないわできつい相手なのだが、
「やっ!」
カヤが一息に魔導リボルバーを放つ。
炎の精霊力による呪弾は、木属性のモンスターにはダメージボーナスを持つ。
そして、
「滅せよ!」
ユスティーナが使えるようになった癒し手の中位逆転魔術、デスが効くのだった。
この魔術は相手を即死させるが、敵一体にしか効かない上、消費魔力が大きく、しかも効かなかった場合は相手が無傷で残ることになるという使い勝手が悪い微妙なものだった。
敵一集団を対象とするデストロイの魔術の方がまだ使いようがあるが、こちらは高位魔術で使えるようになるのはずっと後だ。
そんな訳で、デスはデストロイを使えるようになるための前条件としてしか認知されておらず、完全な死にスキルとされている。
しかしながら、トレントを相手取るにあたってはこれほど使える魔術は無い。
厄介な相手とされ嫌われるトレントも、この魔術の前にはただの経験値稼ぎのカモに過ぎない。
無論、燃費が悪いため連発するとすぐに魔力が枯渇するが、
「傷の治療は効率が悪くてもターニャのライトヒーリングで行う。ユスティーナはデスの魔術だけ使ってくれればいい」
「それでも途中で魔力が尽きそうですが」
ユスティーナが注意を促すが、
「構わん。帰りは俺のジャンプの魔術で跳ぶから考えなくてもいいし、魔力を使い切ってもいい。治療だって、ターニャの魔力が尽きても買いだめしたヒーリング・ポーションがある」
そんな訳で俺たちはぎりぎりまで力を振り絞り、ユスティーナとターニャの魔力が空になりかけたところでようやく世界樹の元へとたどり着く。
「きっついなぁ。高位のパーティしか来られないし、そもそも来ようとしないって言うのが分かるな」
世界樹の枝で作ることのできる癒しの杖は、癒し手の中位回復魔術ヒーリングを戦闘中に代償無しに行えるものだ。
しかし通常、ここに来ることができるぐらいのパーティだと既にもっと上位の回復魔術を覚えているため出番が無い。
苦労の割に合わないため、癒しの杖はVRMMOエインセル、そのソーシャルゲーム版リバース・ワールドでもめったに作られないレアアイテムだった。
「原初の木たる世界樹よ。我にその力を貸し与えたまえ」
闇の森の住人である人狼族のカヤが祈ると、それに応えるように一振りの枝が落ちてきた。
この世界樹の枝が得られるのは一パーティにつき一回、一本だけ。
それ故にレアリティが高い品だった。
「よし、それじゃあマジカル・キャッスルに帰って癒しの杖を作ってもらおう」
俺のジャンプの魔術で、俺たちはマジカル・キャッスルの街へと飛んだ。
そしてそこに住む付与魔導士の一人に癒しの杖の制作を依頼したのだった。
「先生、角を一本下さい」
「はい?」
マリヤ先生が目をぱちくりさせて首を傾げた。
圧倒的な質量を誇る胸がそれだけでゆさりと揺れる。
「大魔王から助けてあげたのに、先生のこと食べさせてくれないし」
俺がそう言って先生のしっぽ、お尻の方を見ると、先生は顔を赤くしてささっとお尻を押さえた。
何かエッチだ。
「だっ、ダメですっ!」
「だったら角を」
「ううっ、確かに角は折ってもまた生えてきますけど、元通りになるまで何百年もかかるんですよ」
「なら、しっぽ……」
「わかっ、分かりました。分かりましたから食べないでぇっ!」
先生が頭に手をかざすと角が現れる。
その内の一本をぽきんと折り、俺に渡して……
「どわっ!?」
受け取った瞬間に、それは一抱えもある大きな竜の角に変化した。
まぁ、
「これで火竜の剣が造れるな」
勇者が使える最強剣の内の一本だ。
「ううっ、格好悪い」
マリヤ先生は手鏡で片方だけになった角を見てしょげていた。
数日後、マジカル・キャッスルで造られた品々を受け取る。
まず、ユスティーナには朝露の糸で編まれた極上のメイド服。
「肌触りも極上ですね」
それを着込んだユスティーナが微笑む。
魔術とブレス、双方に抵抗力を持つ品だ。
ユスティーナはマジック・シールドも持つため、魔術に対する耐性は更に強化される。
「こいつも持って置け」
俺はユスティーナに癒しの杖を渡す。
俺が戦士系の特性を得て順調に育っている現在、ユスティーナは一番攻撃力が低くなっている。
それゆえ、治療役も彼女に任せるのが適任だった。
「頑張ります」
まっさらなメイド服に杖を持ったユスティーナは生真面目な表情でそう宣言した。
「あとは、火竜の剣か」
マリヤ先生の角を鍛えた剣だ。
通常の武器として使っても攻撃力は最強レベルだし、地獄の爆発、ヘルボム・バースツのスキルで範囲攻撃も可能だ。
「果たしていくらで売れるかなー」
「はぁっ!?」
ターニャが手をこちらに伸ばしたまま素っ頓狂な声を上げた。
どうやら自分がもらえるものだとばかり思っていたらしい。
「な……」
そしてターニャが叫ぼうとした瞬間、
「何を考えている、てめえーっ!」
そこに割り込んだのは、DQNプレーヤー勇者オギワラだった。
「……どこから現れたんだ」
「そんなことどうでもいいっ! それよりも最強剣を売り払うなんて、何考えてるっ?」
これはおかしなことを言う。
「火竜の剣は最強じゃないだろう?」
俺は首を傾げる。VRMMOエインセルのトッププレーヤーだったオギワラには常識だろうに。
「ああ? 女神の剣のこと言ってんのか? あれはゲームクリア後のボーナスアイテムで、大魔王を倒した後じゃないと手に入らないだろ」
「いやいや、あのぶっ壊れ性能の武器も大概だが、もっと強い剣があるだろう?」
オギワラは首を傾げている。
本当に分かってないのか?
やれやれ、説明してやらないといけないのか。
俺はため息をついた。




