54 お前に縛られて悦ぶ趣味があったとは知らなかったよ
「あなたは何をやっているのです」
不意にどこからともなく現れた貧乳、もとい聖女がベンソンを手にしたムチでぶっ叩いた。
フラジェルムと呼ばれる、柄にいくつもの革ひもを付けたものだ。
エジプト神話の神ラーや王が持つと言う神権の象徴でもある。
神殿が信仰する猫耳女神もエジプト神話の女神だし、それ繋がりか?
「ああっ、聖女様っ!」
ムチでぶたれたベンソンがもっとムチをねだるかのように聖女の足元にひれ伏す。
「あなたには、この学園の道案内を頼んだはずでしょう?」
美少女にムチ打たれ足蹴にされる細マッチョ。
シュールだ。
「お許しを、お許しをー」
……目の前でSM調教を繰り広げないで欲しいんだが。
「お見苦しいものをお見せして申し訳ありません、救世主様」
聖女はそう言って恭しく俺に頭を下げる。
「まだ俺をそう呼ぶんだな。仮にも神殿の聖女様がネコビトを救世主呼ばわりするのは問題じゃ無いのか?」
俺の言葉に聖女は透き通った笑みを浮かべるとこう答える。
「問題ありません。神は言っています。戦争と恋愛ではすべての行為が許される、と……」
「空耳だろ」
「はい?」
やべっ、ついいつもの調子で突っ込んじまった。
これもボケまくるターニャのせいだ。
ってか、戦争はもちろんここで恋愛って言葉を持ち出してくる意味が分からん。
熱に浮かされたような視線が怖いぞ!
「恋愛とかよく臆面もなく言うな」
シャイな俺には分からん感覚だ。
しかし、聖女は小さく首を傾げるだけだ。
「なぜ? 我々にとって最大の恥は『敗北』でしょう? 勝利こそがすべてなのです」
……この辺はメンタリティの違いってヤツだろうなぁ。
日本は他国に侵略、支配されたことがない。
限られた国土、閉じられた村社会で生活していくために必要なのは村八分にされないための共感力。
聖徳太子の時代から言われていた『和をもって貴しとなす』という精神だ。
一方西洋、例えばイギリスなんかでは日本と同じ島国でも過去何度も侵略、征服を受けてきた歴史がある。
負けたら殺されるか奴隷にされるといった状況下で為政者が手段を選んで結果として滅ぶなど言語道断。
生き残る為にはどんなに鬼畜な汚い手だって平気で行うのが正義というやつだった。
イギリスが紳士の国だなんて真っ赤な嘘だぞ。
この世界、エインセルはどちらかというと、西洋世界に近いんだろう。
平和な日本に生まれ育った身としては、どぎつくていかん。
そんな俺の複雑な内心をよそに、聖女は言う。
「私はあなたのことをもっと知りたいと思いました」
先だっての発言で興味を持たれたってことか。
「興味? そうですね、相手のことをもっと知りたい。いえ、相手のすべてを知り、自分のものにしたい。この想いの行きつく所はご存知では?」
恋、いや愛か。
知識欲の行きつく所は相手との同化とも言うが。
「そして本日は、私の祝福を捧げるために参ったのです」
聖女の祝福だと?
確か、聖女の好感度が高いと得られるイベントだったはずだ。
しかし、
「なら、この盾にお願いしようか」
俺は、ターニャが使っていたシュバルツシルトを差し出した。
「えっ? それ、アタシの……」
余計なことを言いそうだったターニャの口を肉球で塞ぐ。
「あの?」
「ああ、何でも無いですよ」
怪訝そうに俺たちを見る聖女に、俺は笑って誤魔化した。
聖女は銀のナイフを取り出すと指先を傷付けた。
そこから滴った血の滴が黒竜のウロコを素材に造られた真っ黒な盾に吸い込まれ、そして壮麗な光を放つ。
「これで、この盾は私の祝福を受けました」
「ああ、ありがとう」
シュバルツシルト改め乙女の盾を受け取ると、聖女は俺の肉球を備えた前脚を握った。
間近で熱のこもった視線が俺に向けられる。
「ご無事をお祈りしております」
「あ、ああ」
それで満足したのか、聖女はベンソンを連れ去って行った。
「あの娘は昔から奥手で」
聖女の背中を見送りながらユスティーナは言う。
眼鏡の下に隠された、彼女の表情を窺うことはできないが。
「手をつなぐ、それが精一杯のアピールなのでしょうね」
そういうもんか。
「まぁ、ユスティーナの双子の妹だけあって美人ではあるんだがなぁ」
「ふふっ、口説いてみます?」
「……やめとこう。キスをするにも神様にお伺いを立てなきゃならん」
俺は聖女の姿が完全に見えなくなったところで、乙女の盾を素早くターニャに押し付けた。
「何であんたのじゃなく、アタシのシュバルツシルトに加護を付けてもらったのよ」
ターニャの問いかけにはこう答える。
「バトル・コックは最強の職業だからな。高い体力成長が望めるから、ヒットポイントもすぐにお前を追い越す。だから守備力の高い乙女の盾はお前が使った方がいい」
「本音は?」
ジト目で聞くターニャに、俺は声を潜めて答える。
「ヤンデレの血の付いたアイテムなんて怖くて使えねぇよ」
バレンタインに贈られる自分の髪の毛を編み込んだマフラーとか、おまじないと称した呪いの人形並みのやばさを感じるぜっ。
「あんたはーっ! 自分が嫌なものを人に使わせるなーっ!」
ターニャの悲鳴が響き渡った。
「ともかく、大魔王と戦うには装備を整えないとな」
俺たちは地下都市群のマジカル・キャッスルに向かう。
ここには魔力を持ったマジック・アイテムを製造する工房が多数存在するのだ。
「朝露の糸を紡いだメイド服? あれを作るには運命の紡ぎ手の糸が必要よ。それも水属性を付けるために朝露に濡れたものでないといけないわ」
織姫と呼ばれる付与魔導士からクエストを受ける。
向かう先は沈黙の森。そこではあらゆる魔術が沈黙する。
しかし、
「ファイア!」
魔導リボルバーを抜き放ち、呪弾の嵐を撃ち込むユスティーナ。
「乱れ撃ちっ」
ターニャは女王のムチ+2で範囲攻撃スキルを叩き出す。
「鬼人乱舞!」
俺も効果範囲が狭いとはいえ、鬼包丁で放つことができる乱舞系スキルで複数のモンスターにダメージを与える。
範囲攻撃が可能な武器やスキル、道具などを優先的に取得していた俺たちは、魔術が使えなくともあまり影響は無かった。
モンスター側も魔術を使えないことからかえって戦いやすいくらいだ。
「レベルがガンガン上がるな」
手強いモンスターを相手にしているためかレベルが上がりまくる。
既に俺の体力はマジカル・メイドのユスティーナを上回り、勇者のターニャに迫っていた。
そうして、沈黙の森の最深部で出会ったのは、
「くくくく、クモぉっ?」
白銀に輝くどでかいクモだった。
ターニャがそれを見て驚いている。
「あれが、運命の紡ぎ手、フェイト・スピナーと呼ばれる巨大クモだ」
クモのくせに聖属性を持っている。
お陰でその糸を紡いで作った布地には魔術、そしてブレスのダメージを抑える効果が付与できるのだ。
その上、クモの糸は同じ太さの鋼鉄の五倍もの強度を誇る。
物理ダメージに対しても高い防御力を持つのだった。
「あ、あれと戦うのぉ? どう考えても糸に巻かれて食べられちゃいそうなんだけど」
「まさか。フェイト・スピナーは毎日新しい網を張る習性があるから、朝露を浴びた使っていない巣の糸をもらうんだ」
朝露に濡れ、きらきらと輝くクモの糸を採取する。
クモの糸というと粘着質のものを思い浮かべるだろうが、そういった糸を使わないで網を張るクモもいる。
フェイト・スピナーの網は粘らない糸ですべてが編まれていた。
しかし、
「かっ、からまるーっ!」
ターニャのように取り扱いを誤るとからまってしまうが。
鋼を上回る強度の糸なのだから、こうなると脱出不能になってしまう。
「お前に縛られて悦ぶ趣味があったとは知らなかったよ」
俺は苦笑しながら言ってやる。
「へっ?」
ターニャは普通にスタイルが良いが、その全身に糸が食い込み、絞り出された胸などがエロいエロい。
自分のありさまにようやく気付いたのか、
「みっ、見るな、見るなーっ!」
真っ赤になって拘束された身体をゆするターニャだったが、そのせいで糸がますます身体に食い込む。
「きっ、きつい……」
「自分で更に食い込ませるなんて、よっぽどソレが気に入ったんだな」
俺は思いっきりさげすんで言う。
「この変態」
「あぅ、へんたいー?」
カヤが無垢な視線をターニャに向ける。
「い、嫌っ、止めて、そんな目でアタシを見ないでーっ!」
ターニャがイヤイヤと首を振る。
まぁ、この辺で許してやるか。
これ以上やっているとターニャが新しい扉を開いて本当の変態趣味に目覚めてしまいそうだしな。
「仕方ないな」
俺はそう言って肩をすくめるとユスティーナやカヤの手を借りてターニャを助け出してやるのだった。




