53 時は正に世紀末
「そういうわけで、俺たちは地下都市群の力の塔に来ているのだが」
「どういうわけよ!」
俺に突っ込むターニャにはこう答える。
「大魔王は地下都市群の最深部に居るんだよ」
そういうわけだ。
VRMMOエインセル、そしてそのソーシャルゲーム版であるリバース・ワールドでは、魔王攻略とは直接関係しない地下都市群がとてつもなく広いことが序盤では不自然に思われたのだが、魔王を倒した後に「実は本当の戦いの舞台はここだったのだ」と分かるという驚きの展開が待っていたものだったが。
「まぁ、大魔王と戦うためには、準備が必要だからな」
俺も攻撃力を倍加するクロウ・シャープナーの魔術が使用できるようになったから、頃合いだろう。
俺はカヤに向かって言う。
「前に、術師に一番必要なものについて聞いたのを覚えているか?」
「うん、でもカヤには分からなかった」
しょんぼりとカヤが言う。
俺はそんな彼女の黒髪をわしわしと撫でて言う。
「術師に一番必要なもの、それは上級魔術でも、多くの魔力でもない」
もっと単純で切実なもの。
そして術師にもっとも不足しているもの。
「敵の攻撃に耐えられる体力だ」
ボスキャラ戦において要にもなる術師は体力が低く、しばしば真っ先に倒され足を引っ張ることになる。
攻撃を受けても簡単に死なないこと。
それが術師に要求されることだった。
しかし、ユスティーナは首を傾げると言った。
「体力を増やすと言ってもどうするのですか? ご主人様は『タフボーイ』の称号持ちですから体力の成長に高い補正がかかっていると聞きましたけど」
そうだな。
ハードな運動をしても食欲が減退しない。
痩せないことを見込んで俺はそれを選んだんだ。
VRMMOエインセルなどゲーム上では、そして転生後のこの世界でもオギワラの『完全無欠』などがもてはやされているが、体力の成長を考えれば俺の『タフボーイ』の称号は優れたものだった。
実際、俺の体力は術師として考えると飛び抜けている。
だが、それでも足りない。
称号による成長補正にも限界があるということだった。
「ドーピングアイテムを使うとか?」
自分も使っているターニャが言う。
確かにプロテインなどのドーピングアイテムで強化するのも手だ。
「それをやるにも限界があるだろ。数が足りないし、何らかの手段で数を揃えたとしても職業とレベルによって定まる能力上限値に引っかかる」
「じゃあ、戦士に転職すればいい」
カヤがいいことを思い付いたとでもいうように言う。
逆転の発想だった。
「そんな乱暴な」
ターニャは呆れた風だった。
転職、ゲームで言うところのいわゆるクラス・チェンジ。
これは遺跡が管理する職業システムによるもので、魔力素子により体内に焼き付けられた神経系を別の職業の物へと変更するものだった。
身に着けたスキルは次の職業にも持ち越せるため、これにより一応、魔術を使える戦士などにもなれる。
ただし、転職直後は施術の影響で能力値が軒並み低下してしまう。
これは鍛え直せば何とかなるが、実は魔力は術師系の職業に就かないと増加しない。
故にあまり現実的とはいえない選択肢で。
まぁ、だからこそ剣も魔術も使える勇者がもてはやされるのだが。
しかし、
「カヤの言う通り、戦士系にクラス・チェンジする」
俺は敢えてそれをする。
「しょ、正気なのコジローっ!」
お前に正気を疑われるほど落ちぶれてはいないぞ、ターニャ。
「以前、オギワラに説明しただろう。魔導士系の魔術の中で本当に必要なのは『シールド』と『レビテーション』と『エンハンス』だけだ」
身も蓋も無いけどな。
「この内、戦闘に関係無い『レビテーション』はマジカル・メイドのユスティーナに担当してもらえばいいとして、俺は『シールド』と『エンハンス』に相当する『にくきゅう・しぇーど』と『クロウ・シャープナー』を本当に必要な時、つまりボスモンスター戦に限って使うことができればそれでいい。今の魔力を半減させたとしても、それだけなら十分に持つ」
物凄く特化された存在になってしまうがな。
力の塔の最上階にある遺跡の端末では、戦士系の職業への転職が行える。
モノリスのような黒い石の端末に俺が手を触れ目をつぶりながら念じると、その身体に燐光が宿り、そして霧散した。
転職の施術はこれで終わりだった。
「まったく、簡、単だ!」
これで貧弱な術師だった俺は過去の物。
今後はどんどんと体力がつくに違いない。
バトル・コックという職業は、実は低レベル帯は実用的な中級までの魔術を習得するため術師系に近い成長をし、途中で戦士系に切り替えることで高い体力と攻撃力を得る特殊な複合職なのだ。
俺の装備を改めて整えるため、俺たちはジャンプの魔術で勇者学園に戻る。
「武器は鬼包丁があるしな」
防御無視のガードブレイクスキルが使える戦士系の職業、及び料理人の専用武器だった。
「鎧はスパイクアーマーをネコビト用に仕立て直そう」
ターニャには以前、シュバルツ伯爵家からもらった魔術避けの加護があるものが使えるからな。
「盾はシュバルツシルトがある」
ユスティーナが使えなくなって余っていたものだ。
「こうなることが分かっていて残されていたのですね。さすがご主人様、なされることにそつがないです」
ユスティーナが感心したように言う。
「今まで使っていたマジック・シールドは売却して資金にしよう」
これで一通り、俺のための武具を揃えることができた。
そこへ……
「やあみなさん。お久しぶりです」
やけに爽やかな声が俺たちにかけられる。
「ええっと…… 誰?」
白い歯が輝くさっぱりとした顔に引き締まった細マッチョな身体を持つ男だったが、見覚えが無いのだろうターニャは首を傾げる。
「私ですよ、ベンソンです」
「はぁあっ!?」
その名乗りにターニャは素っ頓狂な声を上げる。
その気持ちは分かる。
変わり過ぎだろう。
あの筋肉ダルマがこれか。
「以前は、教師にあるまじきふるまいをしてしまい、みなさんにはご迷惑をおかけしました」
そう言って素直に頭を下げる。
あのベンソンとは思えない行いだった。
「教師として行動に問題があるとされた私は、神殿で更生の機会を与えられ、聖女様のお導きでこの通り、生まれ変わることができたのです」
洗脳かっ!
「ユスティーナ、お前の妹は一体何者だ」
「お恥ずかしい。あの子は昔から人心掌握の術に長けておりまして」
ユスティーナはそう答えるが、そんなレベルじゃねえぞ、これは。
その気になれば王国を乗っ取ることだって可能だろう?
やはり、胸は平らでもさすがユスティーナの妹ということだろうか。
ベンソンは恍惚の表情で言う。
「そう、あのお方こそ選ばれし神の仔なのです」
はい?
「い、今、神の仔と言ったのか?」
「ええ」
幸せそうに笑みを浮かべる表情はそれまでとまったく変わっていないが、俺たちにはそれが急に仮面じみて感じられた。
口の端を僅かに上げる、透明なアルカイック・スマイル。
それに耐えられなくなったのか、ターニャが震える声で言う。
「神の仔って何?」
何てことを聞きやがる。
止めろアホ。
「ああ、勇者様はまだご存知無いのですね」
ベンソンはまるでターニャの無知を憐れむかのように言う。
「時は正に世紀末。末法の世、大魔王が現れ腐敗と自由と暴力が支配する弱肉強食の時代。そんな地上に神より使わされた一筋の光が神の仔、聖女様なのです」
まるで何かが乗り移ったかのようにとうとうと説くベンソン。
その瞳は虚ろなくせに奇妙な熱気が籠っている。
「あのお方は神の声を聴くことのできる、神のお言葉を預かる預言者。神の正義の地上における唯一の代行者なのです。そのお力ですべての者の原罪を裁き、楽園へと導いて下さいます。それは過去の聖人、聖者をも超えた、神にもっとも近い存在」
背筋に悪寒が走って仕方が無い。
尻尾だってぴんぴんに逆立っているぞ。
これ以上毒電波をまき散らすのは止めて欲しいが、やつに声をかけるのもヤバそうで嫌だった。
「みなさん、今の世には悪徳がはびこっているのです。このままでは大魔王を倒したところで、滅びの時をほんの少し先延ばしするだけ。来たるべき審判の日に、我々は贖罪の炎に焼き尽くされてしまうでしょう。そうならないためにも聖女様の元に集い、身を清め、邪念と肉を捨てるのです」
肉?
ベンソンは上着を脱ぎ捨てると、肉が落ち引き締められた身体を晒す。
「神よ…… 邪念と共に無駄な肉を捨て去った身体は美しい」
頬を染めて言うな!
ナルシズムの極みの発言に場が凍る。
しかし、
「ユスティーナ、お前の妹はどれだけ肉を憎んでるんだ」
「お恥ずかしい。あの子は昔からまったく肉が付かない体質で」
そういう性癖の持ち主には理想の身体かも知れんがな。
DQNプレーヤー、勇者オギワラがこちらの世界に持ち込んだヒンヌー教はこんな風に聖女を旗印に神殿内へと蔓延しているらしい。
「さぁ、めくるめく救いの世界にあなたたちもカムトゥギャザー」
やめろぉ! 俺たちを巻き込むなーっ!




