51 死にたくないーっ! ましてや他人のためなんてっ!
「気の毒だが、先生のためだ」
「嫌だーっ、死にたくないーっ! ましてや他人のためなんてっ!」
正直過ぎるターニャの叫び。
しかし、
「誰だっていつかは死ぬ。平等だろ。自分のそのときに少し笑って死ねたらそれで幸せだ」
「かっこいいこと言って誤魔化そうとするなーっ!」
ダメか。
ターニャぐらいアホなら行けるかと思ったんだが。
コントを繰り広げる俺たちに、大魔王ラゴアージュはちらりとターニャの胸元を見て……
「ふっ」
と鼻で笑った。
ぴくりとターニャが反応する。
「そんな乳の貧しい女なんて、お断りだわ」
おお、言い切った。
ターニャは普通にある方なんだが、その程度では大魔王のお眼鏡には適わないらしい。
「ぐぐっ、そう言う自分はまったく無い癖に……」
「当ったり前じゃない。いい年して子供相手に何言ってんのよ。大人気なーい」
大魔王は呆れ顔でやれやれとばかりに肩をすくめると、見せつけるようにマリヤ先生の豊かな胸に顔を埋めた。
「やっぱり女性は豊かな胸よ。ああっ、この張りと柔らかさ。このひとは私の母になってくれるかもしれない女性よ」
「や、止めて下さい」
マリヤ先生は真っ赤になって大魔王を引き離そうとするが、
「駄目? おねーさんは私のママになってくれないの?」
「ううっ!」
美幼女である大魔王に上目遣いに見つめられ、頬を染めるマリヤ先生。
大魔王の魅了の力は竜族でさえ従えてしまうのか。
まぁ、いつだって悪魔は魅惑的なものだ。
何故なら天使の方が美しかったら、誰も悪魔に誘惑されたりしないからだ。
一方、ターニャはと言うと、
「駄目だわ、器が違い過ぎる。あたしなんて……」
両手、両膝を床につき、スーパー負け犬モードで独白していた。
器って何だ?
しかし、そこに手を差し伸べる者が居た。
神殿の貧乳、もとい聖女様だ。
彼女は慈愛に満ちた表情で言う。
「貧しい人は美しい」
はい?
「これは異界の聖人、テレサの言葉です。私はこの言葉に救われ、神殿内にヒンヌー教派を立ち上げたのです」
「せ、聖女様!」
ひしと抱き合う聖女と勇者。
異界の聖人って……
確かにあの人はそう言ったが、意味が違うだろう、意味が!
そういう意味じゃねぇよ。
この言葉を聖女様に教えたのは誰、ってオギワラしか居ねえ!
ヒンヌー教徒かやつは!
ろくなことをしねぇ!
「確かにあなたは中途半端な醜い胸の持ち主ですが」
聖女の蔑むような言葉に、この世の終わりのような顔をするターニャだったが、
「悲観することはありません。巨乳など肥満の一形態。我がヒンヌー教派の誇るダイエットで、あなたの胸も美しい無の境地に至る事でしょう」
差し出された救いの手にぱぁっと表情を輝かせる。
突き落としてから拾い上げる。
洗脳の常套手段だった。
宗教ってこええっ!
「こんな胸なんて!」
ターニャは己の胸を憎むように見下ろす。
その手でもぎ取ることができていたならもいでいたことだろう。
いや、別に普通にスタイルいいだろ、お前は。
それを捨てるなんてとんでもない!
だが、そこに更に介入する者が居た。
「甘いです、勇者よ!」
「ユスティーナ?」
じゃねえ。
眼鏡を取って、全身の魔力強化神経に燐光を走らせるその姿は!
「猫耳女神!?」
「その通りです!」
いや、胸を張って言うんじゃねぇ!
「おおっ、王国の危急の時に女神様がご降臨された!」
「しかしなぜ、女神様は聖女殿ではなく、あのメイドに?」
「いや、あの眼鏡を外された顔をしかと見よ!」
眼鏡を取り、普段の怜悧な表情を引っ込めて慈愛に満ちた表情をするユスティーナは、
「お姉様!」
彼女を姉と呼ぶ聖女にとてもよく似ていた。
……また厄介な話になってきたな。
しかし、周囲の混乱を些事のごとくスルーすると、猫耳女神は聖女を指さし言った。
「己の限界を勝手に決め込んで、挑戦を放棄する…… 聖女、あなたはいつもそうです。あの頃から何も変わっていない!」
「失礼なっ、少しは育ってますっ!」
真っ赤になって反論する聖女。
いや、胸を指さすもんだからなぁ。
「そんなことを言っているのでは……」
「そんなこと? 巨乳の姉を憑代に選んだあなたには分かりませんわ。双子の姉妹でありながら、持つ者と持たざる者に引き裂かれてしまった私たちのことなど!」
聖女は血を吐くように内心を吐露する。
ユスティーナの胸部装甲は圧倒的だからなぁ。
姉妹でこれほど差がついてるものだから、聖女の顔がユスティーナに瓜二つだってことを俺も普通に見過ごしていたし。
まぁ、ユスティーナはチェンジリング、先祖返りの光妖精だったから、聖女の方は人間で。
種族が違うから受ける印象が異なるんだよな。
「ユスティーナ、ユスティーナ、ユスティーナ! 誰も彼もが姉を賛美し、私のことなど見向きもしないっ! いっそ姉妹に生まれなければ、これほどまでに苦しまなかったのに」
何か、神殿と聖女様の暴露大会みたいになった。
「ねぇ、帰ってもいーい?」
この展開に呆れたのか、大魔王が退屈そうに言う。
しかし、
「何故、俺に聞く?」
「ネコちゃんがこの場で唯一、話が通じそうだから、かなっ?」
かなっ、で小さく首を傾げながら微笑む。
ああ、あざといあざとい。
「むぅ、私の魅了が効かないなんて、さすが異界人ね」
今のが魅了だったのかよ!
おしゃまな女の子って感じだったが。
「たっ、助けてコジロー君っ!」
猫耳女神対聖女の論争の中ですっかり忘れ去られている様子のマリヤ先生が、俺にすがるように見つめて言う。
「ともかく!」
仕切り直すように猫耳女神は言うと、ターニャに向き直る。
「いいですか、勇者よ。敵の見た目に惑わされてはいけません。心の目で物事の本質を見るのです!」
敵って、大魔王のことだよな?
何でターニャはマリヤ先生の胸を見るんだ。
釣られて周囲が注目するもんだから、マリヤ先生が恥ずかしそうに隠してるだろ。
無論、隠せるような大きさじゃないが。
「物事の、本質?」
ターニャはつぶやく。
「そうです。大きさではありません」
猫耳女神は絶対の真理を語るかのように、重々しくこう告げた。
「……形です」
もはや、どこから突っ込んでいいのか分からなくなってきた。
「もういいだろ。大きかろうと小さかろうと、それは個性なんだし」
俺は呆れ半分にそう言ったのだが、何故全員が俺を見る?
「ほ、本気で言っているのですか?」
聖女様がやたらと真剣なまなざしで俺を見つめて言った。
「神の頂や、竜の谷を前にしても、あなたはそう言えるのですか!」
神の頂きに竜の谷って、ユスティーナの巨乳やマリヤ先生の胸の谷間か?
「あれも、個性だろ?」
そう言う俺のヒゲを、何故か猫耳女神がつんつんと突っついた。
「何だ?」
「この、私がお借りしている身体も、マリヤさんの人体も、神気や竜気をまとっていますから、普通であれば魅了、いいえ、崇拝してもおかしくないところなのですよ」
「はぁ?」
何だそりゃ。
乳を拝めって言うのか?
「これに耐えられるのは解脱者か……」
ガウタマ・シッダールタ!?
「生まれながらの博愛の精神の持ち主しか」
「どっちかって言うと、後者だろ」
「ええー、あんたがぁ?」
ターニャが物凄く胡散臭そうに俺を見る。
「いや、ただ単に雑食ってだけだ」
「何でもとりあえず食べようとするのは止めましょうよ!」
俺の視線を受けたマリヤ先生が本気で怯えている。
しかし、
「なんという…… 女神のご降臨された姉も、私のことも等しく見て下さる方」
何だか聖女様が厄介な勘違いをされている様子だ。
「貴方様こそ救世主に相応しき人」
その言葉に俺は、ため息をついた。




