50 やつは魔王の中では一番の小物
「嘘だ嘘だ嘘だっ、こんな段階で、こんなレベルで魔王を倒せるはずがねえっ!」
勇者学園に戻った俺たちを待っていたのは、勇者オギワラの完全否定だった。
うっわ、死ぬほどうぜぇ。
いつもならともかく、これだけ疲れ切っている状態でこいつを相手にするのは大概面倒だった。
「そんなのインチキ、チートでも使わない限り……」
そこで何かに気付いたように叫ぶ。
「そうかてめえ、チーターかっ! どんなチートを使ったんだよっ!」
おいおい。
言うに事欠いて人をチーター呼ばわりかよ。
まったくこいつは。
現実はゲームじゃないんだぞ。
「そんな訳無いだろう。リバース・ワールドじゃあ、これぐらいの低レベル攻略は普通だ」
まぁ、一握りの廃プレーヤーにとっては、という話ではあったが。
「リバース・ワールド? あのVRMMOエインセルの劣化課金ゲーか? スマホの?」
それでオギワラにも分かったようだ。
「てめえ、廃課金プレーヤーかよ! 金の力で勝って何がおもしれえんだ!」
そう言うがな、
「努力した時間とかけた金の分、報われるというのがそんなに悪か?」
俺はオギワラに問う。
無課金ユーザーがプレーヤースキルだけで廃課金キャラに勝てるソーシャルゲームがあったら、それこそクソゲーだろ。
プレーヤースキル、つまり才能が無ければ勝てないゲームなんて現実と一緒。
才能のある者しか勝てないクソゲーなんか要らない。
スマホのソシャゲはそういう意味で理想なのだ。
プレイした時間と課金した金額は絶対に俺を裏切らない。
「ともかく、本当に魔王は倒したんだ」
「うぐっ」
ようやく事実を受け入れたのか、オギワラが黙り込む。
そうして、ぶつぶつとつぶやき出した。
「だ、だがやつは魔王の中では一番の小物。真の平和をもたらすにはその上に居る大魔王を倒さなくては……」
まぁ、そうなんだがな。
ゲームにありがちな、ボスを倒したら真のボスが……
っていうお決まりのパターンだった。
しかし使い古されたお約束も、
「う、嘘でしょ、そんなの」
ターニャたちにとっては衝撃の事実なのだった。
俺たちは王城に招かれ、賞揚を受けることになった。
貴族の令嬢であるターニャには女男爵の位が、俺たち平民には一代限りの爵位、騎士位が授与されるという。
「どうしたターニャ、爵位には年金が付いてくる。夢の年金生活だぞ」
式典を前に浮かない顔をしているターニャに俺は言うが、
「って言ってもまだ大魔王が居るって分かっていて褒美を受けるのもね」
ターニャは憂鬱そうにため息をつく。
「今度は大魔王を倒して来いっていわれそうじゃない?」
言われそう、じゃなくて確実に言われるんだ。
式典にはマリヤ先生も出席している。
王家と縁が深いそうで、なにげにVIPだな。
式典は退屈だったので省略。
そして、俺たちへの位の授受が終わったところで、まるで出番を待っていたかのようにまばゆい光が広間を埋め尽くした。
「あー、あー、目がー、目がーっ!」
まともに見てしまった国王陛下が目を押さえごろごろと転がっている。
いいリアクションだ。
「まばゆい光と共に現れた、貴様は一体何者だっ!」
近衛騎士団長だったか、いかついおっさんが若干説明臭く問いただす。
一々芝居めいているのはこの王家の特徴らしい。
光の中から現れたのは腰まで届く深紅の髪から、まるで髪飾りのように優美にカーブを描く角がのぞく、何と言うか美幼女だった。
ちんまい身体を包むマントを颯爽と翻すと、黒地に白のドレスが現れる。
フリルやリボンを上品にあしらったゴシック調のロリータ風ファッションはどこぞのお嬢様か西洋人形かといった風。
そして、小鳥のような澄んだ声でこう宣言する。
「我は大魔王! 大魔王ラゴアージュ!」
「大魔王だとっ、バカなっ、魔王は勇者様に倒されたはず!」
大臣のおっさんが驚愕の声を上げる。
いや、幼女の言うことをそんなに簡単に信じるのかよ。
「大魔王が光に包まれて、不謹慎ですわ!」
ずれたことを言っているのは……
神殿の代表の聖女様か。
銀の髪の、淡い清楚な美人なのに中身は胸の大きさと一緒で残念そうだ。
「クックックッ、貴様らが倒したのは数居る魔王の中では一番の小物。人間ごときに破られるなど魔族の面汚しよ」
大魔王を名乗る幼女はベルトでゆるく締められた折れそうなくらい細い腰に両手を当てると、酷薄な笑みを描く口元を歪め、
「今は罰として大魔王城のトイレ掃除をやってるわっ!」
言っていることはその外見と同様可愛いらしかった。
だが、この王国の重鎮たちはそうは思わなかったようで、
「あ、あの魔王がおトイレ掃除だと!」
「武人に対して、何と惨い」
「魔族は敗者には冷酷なまでに容赦がないとは聞いていたが、これほどのものとは……」
何だか怖れおののいている。
あれ、俺の感覚の方がおかしいのか?
多数決で言ったら俺が少数派?
そうしている間に大魔王ラゴアージュは消え、いや、瞬間移動で転移した先はマリヤ先生の背後!
「特に意味はないけど、この女を連れて行く!」
意味無いのかよ。
「意味もなく誘拐を行うとは」
「やはり大魔王、息をするように非道を行う」
周囲は真剣に怖れてるけど。
何だかなぁ。
やれやれ、とんだ騒動になったもんだ。
「たっ、助けてーっ!」
マリヤ先生が助けを求めるが、王国の人間たちはあの通り怖がるだけで助けにはならない。
絶望に染まるマリヤ先生の瞳が見出したのは、
「助けてっ、コジロー君っ!」
俺かよっ!
ネコに頼んなっ!
「そうだなぁ」
周囲の視線を集めつつ、俺は口元を歪めた。
助けてやってもいいが、俺たちもボランティアじゃないんでね。
「先生のことを食べさせてくれるなら、考えてやってもいいかな」
俺を見る視線がその瞬間、凄いことになった。
「ひっ、酷いっ! あなたは悪魔ですかっ!」
マリヤ先生がその場の全員の意志を代表するかのように叫ぶ。
悪魔ならそこに居るだろ。
悪魔の親玉、大魔王様が。
「ちょっとだけだって、ほんのちょっとだけ」
俺は食い下がるが、マリヤ先生は納得してくれない。
「意味が分かりませんっ! ちょっとで済ます問題じゃないですっ!」
「先っちょだけ、先っちょだけ」
「う、うー、それなら……」
納得しかけるマリヤ先生だったが、
「いやいやいや、何エッチなこと言ってんのよ! マリヤ先生もそんな鬼畜な要求に応えない!」
ターニャがそこに割って入る。
「エッチ?」
「こ、今度こそ間違いなくそうでしょう?」
ターニャはそう言うが、
「しっぽを食べさせてくれって言うのが?」
俺は首をひねった。
竜族のしっぽはトカゲのように切り離すことが可能で、その後、時間が経てば自然と再生するようにできている。
だから先っぽだけでも食べさせてくれって言ってるんだが。
「へっ、しっぽぉ?」
ターニャの顔が見る見るうちに真っ赤に染まる。
「一体何を考えていたのやら」
「しっ、仕方ないでしょう! 誤解を招くような紛らわしい言い方しないでよっ!」
怒られた。
理不尽だ。
ともかくマリヤ先生を助けないと。
俺はターニャの後ろに回ると、肉球を備えた前足で彼女を前に押し出した。
「大魔王様、マリヤ先生の代わりにこの女なんかどうです?」
「コジローっ!」
ターニャが驚愕の声を上げた。




