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49 今から詫びを入れても遅すぎるぜ!

 そして俺たちは魔王の居る広間にたどり着いた。


「ユスティーナは魔力の指輪で回復しておいてくれ」


 魔力の指輪は消耗品であるため、何度か使うと壊れてしまう。

 高価な割に効き目は微々たるものだが、そのわずかな差が生死を分けることにもなる。

 そして準備を終えた俺たちは魔王の玉座へと進んだ。


「よく来た勇者よ」


 巨大な竜、と呼ぶには不恰好な腹が突き出た二足歩行の恐竜のような巨体。

 その顔は良く言っても潰れカバ。

 醜悪な姿がいかにも魔王といった感じだった。


「救済の女神に踊らされる自動人形オートマタ、今日はどんな滑稽なダンスで我を楽しませてくれるのかな?」


 口元を歪め嘲笑う魔王に、俺はこう答えてやる。


「生憎自信があるのは顔だけでね!」


 魔王は憎々しげに俺をにらんだ。


「減らず口を。ふん、あの世に行ってもそうやって気取っていれば良かろう」


 魔王が攻撃の構えを取る。


「来るぞ! 全員防御!」


 俺たちは盾を構え防御姿勢を取る。

 ただし、ターニャだけは魔術の準備を始めていた。


「無駄よ! 喰らえぃ!」


 魔王が腕を振るうと、魔力塊が広範囲に放たれる。

 爆発!


「遅い!」


 そして間髪入れず殴りかかって来る。

 構えたシールド越しにでも、バカげたダメージが響いた。

 まともに喰らっていたら不味いところだった。


「そして、止めだっ!」


 大きく息を吸い込み、燃え盛る火炎を吐き出す。


「ふははははっ、大層な口をきく割にはあっけない幕切れだったな」


 魔王は嘲笑うが、しかし、


「幕はまださ。フィナーレが残ってるんだ。あんたの最後を飾る派手なやつがな」

「なにっ!」


 火炎が治まったところに現れたのは、


「クリスタル・ウォール……」


 勇者の絶対防御魔法だった。

 クリスタル・ウォール、それは完璧に敵の攻撃を弾き返す、しかしこちらからも攻撃できない防御幕。

 しかも効果が高いだけに持続時間は短い。

 それが魔王にも分かっているのだろう。嘲笑うように問う。


「それが貴様らの切り札という訳か?」


 それに対し、俺は障壁越しにこう言ってやる。


「手札は何枚だって持つものさ。鬼札ジョーカーとなるならなおさら。そして何枚持っているかを教えてやる義理は無い」


 パリン、とクリスタル・ウォールが持続時間の限界を終え砕け散る。


「そんなものに何の意味がある? ただほんの少しだけ貴様らの死が先延ばしにされただけよ!」


 すかさず殴り掛かって来る魔王。

 強力だが、しかし魔王の攻撃の中では最も威力が低い攻撃。


 何故魔王が魔力放出や一番強力なブレスをここで吐かなかったか。

 それはゲームで言うクールタイムが必要だからだった。ある程度の間隔を開けないと使えない大技なのだ。

 それゆえ魔王は大技の合間に通常攻撃を挟み、コンボとも言うべき理想的な連続攻撃を組み立てていた。


 ターニャのクリスタル・ウォールは、このコンボの一番強力な部分をスキップさせ、魔王が通常攻撃しかできない刹那に俺たちを導いたのだった。


「ふん、勇気や根性でどうにかなることとならないことが分からぬアホどもから先に死んでいくものよ、昔からなぁ」


 魔王は吐き捨てるが、手札はまだあるんだぜ。

 俺は右手に握っていたライト・クリスタルを投げつけた。


「フラッシュ・アウト!」


 俺の警告にカヤたちが目をつぶると同時に閃光が辺りを包んだ。


「うぉっ!?」


 驚く魔王だったが、


「ふん、目くらましか」


 ニヤリと笑い、


「小細工をしおって……」


 と言いかけたところにユスティーナが、ターニャがブラインディング・フラッシュの魔術を立て続けに放った。


「ぐおおっ、目がー、目がーっ!」


 効く確率が低くても、皆で行えばどれかが効く。

 上手く行ったようで何よりだ。


「ヒーリング!」


 ユスティーナがその隙にもっとも体力が低く、魔王の攻撃により危険なまでにダメージを負っていた俺の傷を癒す。

 治療を受け、息を吹き返した俺はアクセラレータのはめられた籠手、銀腕アガートラームを付けた右手を差し出し魔術を行使する。


「にくきゅう・しぇーど!」


 ここは定番の魔術障壁だった。

 そしてターニャがライトヒーリングでユスティーナを癒す。

 最後にカヤは、ユスティーナから借りていたアンチマジック・ブレスレットをはめた手を突き出す。


「アンチ・マジック!」


 魔力経路に作用し、魔力の行使を阻害する波動が照射され、


「よし、効いた!」


 魔王の魔力を封じることに成功する。

 だが、喜ぶのはまだ早い。

 魔力を封じられたことで魔王は最大の攻撃力を誇るブレスを主体に攻撃パターンを組み替える。

 ある意味では、こちらの方が手強くなるのだ。


「治療は他に任せて、ユスティーナはアシストを!」

「はい、ミラージュ!」


 幻影魔術で魔王の視界を惑わすユスティーナ。

 俺は『にくきゅう・しぇーど』を重ねがけ。

 ターニャがライトヒーリングを使って自分を癒す。

 そこに魔王が視界を回復させる。


「効くか? フラッシュ・アウト!」


 俺はライト・クリスタルを再び投擲するが、


「小賢しいっ!」


 魔王のブレス攻撃! 一撃で回復させた分が吹き飛んだ。


「地獄へ墜ちろ!」


 続く追撃は、しかしミラージュの魔術のせいか辛うじて外れる。


「何だ気付いてなかったのか?」

「なにぃ?」


 俺は魔王に言ってやる。


「ここが地獄だ!」


 ただし、あんたのな!


「回復を!」


 ユスティーナの緊迫した声を、しかし即座に否定した。


「いや、先に魔王の攻撃を封じる!」


 確かに俺たちは危険な領域までダメージを負っている。

 だが、魔力を封じられた魔王には全体攻撃を行うにはブレスに頼るしかないし、そのブレスもクールタイム中だから無い。

 まだ耐えられるはずだった。


「フラッシュ・アウト!」

「きっ、貴様ら、死が怖くないのかーっ!」


 連続で放たれる目くらましの閃光に、目を押さえて魔王がわめく。


「そんなものを連発で使うなどっ!」


 俺は更にライト・クリスタルを叩き込みながら答える。


「簡単だぜ? お前を倒せば経費は王国持ちだ」


 だから配慮はするが、遠慮は無用だ。


「今の内だ!」

「カース・ユー!」


 ユスティーナの呪いが魔王の防御力を下げる。

 俺は自分でヒーリング・ポーションを飲んで回復。

 ターニャはヒーリングの魔術でユスティーナを治療。

 カヤはヒーリング・ポーションをアイテム使用のスキルでターニャに使って回復を図る。


「さぁ、ここからがクライマックスだ!」


 俺は魔王を挑発する。


「今から詫びを入れても遅すぎるぜ!」

「行くわよ!」


 ターニャがここに来て初めて旋風剣を振るった。

 風の刃が魔王を傷付ける。


「行けっ!」


 カヤは魔導リボルバーによる連撃を叩き込む。


「効かぬ!」


 魔王は自動回復リジェネレーションの力を持ち、少々の傷など瞬時に癒して見せる。

 だが、効いていない訳では無い!

 魔王による攻撃をユスティーナが癒し、俺はライト・クリスタルによる目つぶしで援護する。

 一進一退の攻防がどれだけ続いたか。


「魔力がもう切れます!」


 ユスティーナの悲鳴交じりの声。


「ここからはヒーリング・ポーション頼りかっ!」


 それも長続きはしない。


「いい加減に倒れろ!」


 ターニャが渾身の力で旋風剣を振るう。

 ヒーリング・ポーションを使い切ったユスティーナまでが背水の陣で剣を取り、


「なぜ屈せぬ、なぜ膝をつかぬ。貴様等にはもう何も残っていないはず」

「残ってるさ」


 魔王に向かって宣言する。


「この俺の魂だ!」


 そして……


「うぐぁあああっ、バカなっ、バカなっ、この魔王様があぁぁぁぁっ!」


 ついに魔王は倒れた。


「レベルが上がったー」


 カヤが言う通り、俺たち全員のレベルが上がるほどの激戦だった。


「あ、クロウ・シャープナーの魔術が使えるようになったな」


 俺はつぶやく。

 こいつを先に使えるようになっていれば、ここまで苦戦はしなかったんだがな。

 俺は力なく笑う。やはり武器に魔力を付与し攻撃力を倍加する魔術、クロウ・シャープナー抜きの魔王戦は無理があったか。


「ともかく帰ろう。マリヤ先生が待っている」


 今だけは何もかも忘れて休みたかった。




「凄いですみなさん。魔王を倒されるなんて!」


 魔王城の出口でマリヤ先生が出迎えてくれる。


「わぷっ?」


 興奮した様子の先生に抱きつかれて、頭を抱きかかえられる。

 顔が胸に埋もれて息ができないっ!

 押し退けようにもマリヤ先生の身体は骨が無いように柔らかで、力を入れるのがためらわれた。


「先生、それではご主人様が窒息してしまいます」


 俺を助けてくれたのはユスティーナだった。

 マリヤ先生の胸に捕らわれていた俺を引き剥がしてくれる。

 しかしマリヤ先生の動向を警戒しているのかユスティーナは俺の腕を胸元に抱え込んだままでいるので、やはり豊かな胸がむにっと押しつけられているんだが。

 俺の周囲は何でみんな自分の魅力に無頓着な女性ばかりなのか。

 警戒心が無さ過ぎるっ!


「コジローのエロネコっ! マンチカン!」


 誰が短足マンチカンだ。誰が。

 ターニャはジト目で俺をにらむが、俺が悪いのか?

 一方でカヤは自分のなだらかな丘を確かめるようにぺたぺたと触っていた。


「あぅー」


 何だかがっかりしたような声を出す。

 別にそれは個性なんだから気にする必要は無いと思うんだが。

 ともかく、


「何で人型を?」


 今更だが何故か人間フォームのマリヤ先生に聞く。

 まぁ、どでかいドラゴンに祝われるより、美人の女性に誉められた方が気分は良いが。


「だって竜体だと目立っちゃうじゃないですか」


 当たり前のように言う。

 このひとは良く分からない。人間の間で暮らすことを選んだ変わり者の竜だからかも知れないが。


「とにかく、帰りましょう?」


 マリヤ先生がふうわりと微笑む。

 その柔らかな表情に俺はどこか安心できたのだろうか、身体に入っていた力を抜くのだった。

お読みいただきありがとうございました。

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