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48 魔王城

 魔王城に行く前に、最後の準備を行うため王都に出向く。

 昨日の内に、この街の鍛冶屋にカヤのための防具を注文していたのだ。


「うん、いい出来だ」


 カヤの身体の線に合わせて鉄板から打ち出した籠手と足に着ける脛当レガース、それに絹の防弾ベストに入れる防刃プレートだった。

 これで何とか魔王とも戦えるだろう。


「それじゃあ、行きますよ」

「はーい先生」


 ターニャを筆頭に、マリヤ先生の後にぞろぞろと着いて王都の街を出る。

 街中でいきなり竜に変化されたら王都がパニックになるからな。

 いい具合に離れたところで、


「それでは……」


 マリヤ先生がいそいそと服を脱ぎ出す。


「なっ、何脱いでるんですかっ!」


 ターニャが叫ぶが、先生はきょとんとした顔で、


「えっ? だって脱がないと服破けちゃいますし」


 このひと、やっぱり天然だっ。

 無防備すぎるっ!

 そうして全裸になったその姿が光に包まれ、巨大な火竜へと変化する。


「さぁ、乗って下さい」


 その言葉に従い、竜の背に登る。


「しっかりとつかまっていて下さいね」


 そう言うとゆっくりと翼をはばたかせ、飛翔を開始する。

 科学的に考えると飛行が無理なはずの巨体が軽々と宙に浮くのは、何らかの魔力が働いているのだろう。

 翼はそのための魔術器官というわけだ。


「わぁ」


 次第に高まって行く視界にカヤが歓声を上げる。


「確かに、これは素晴らしいですね」


 いつもは冷静なユスティーナも、眼鏡アイウェアの奥の瞳を見開いて周囲の光景を見つめている。

 飛行機の小さな窓越しに眺める飛行とはまったく違う三百六十度、全天に広がる大パノラマだった。


「それじゃあ、行きますよー」


 マリヤ先生はそう声をかけると、滑るように宙を駆け始めた。

 風の結界が張られているのだろう、ほど良い程度に緩和された風が頬を撫でる感触が心地良い。

 こうして俺たちは空中を飛翔して、魔王城へと向かったのだった。




 険しい山中に建つ壮麗無比なる城。

 それが魔王城だった。

 俺たちは火竜の、マリヤ先生の背に乗っているのでひとっ飛びだが、そうでなければ近づくだけでも難しいだろう、天然の要害に阻まれた堅牢な城だ。


「それじゃあ私はここで待っていますから、気を付けて」

「なに、夕飯ディナーまでには戻りますよ」


 マリヤ先生の言葉にそう答え、城内に足を踏み入れる。


「ユスティーナ、哨戒を頼む」


 さすがに魔王との戦闘前は消耗を避けておきたい。

 モンスターとの戦闘は最小限に抑えたいので、ユスティーナに哨戒を頼む。


「了解しました」


 先行してモンスターの気配を探るユスティーナの後に、俺たちは続く。


「それにしても、不気味ねぇ」


 俺の隣を進むターニャが気味悪そうに言う。

 魔王城はモンスターたちの城だけあって廊下も部屋も、何もかも広い。

 そんな中を進むのだが、


「前方に番兵らしきモンスターです。倒さないと前進できません」


 ユスティーナが警告する。


「ああ、行こう。ここは手早く済ませたいから、ターニャとユスティーナはホーリーの魔術で攻撃してくれ」

「分かったわ」

「了解しました」


 そうして俺たちはモンスターに不意打ちをかける。

 敵はファントムメイジ。

 非実体の存在で、高位の魔術を操る強敵だ。

 しかし、


「退け!」


 ユスティーナが破魔の聖光を放つ。

 効けば闇属性のモンスターを一発で祓える癒し手の魔術だ。

 敵によっては高い効き目を持つ。

 ファントムメイジたちがまとめて浄化された。

 生き残りが反撃の魔術を放つ。


「くっ!」


 マジック・シールドと着込んだ防具の耐魔の加護で軽減してもなお、かなりのダメージを被った。

 ターニャはスパイクアーマーとシュバルツシルトの組み合わせで魔術に対する耐性が無いのでそのままのきついダメージを受けるが、


「光になれっ!」


 やはりホーリーの魔術を放ち、残りのファントムメイジを一掃する。


「ふぅ、これでは割が合わんな」


 ホーリーの魔術は便利な反面、成長に必要な経験が積めない。

 これだけのダメージを受ける割に、得るものが無いためまったく不毛な戦いだった。

 まぁ、一般に言われている魔王城の適正レベルから十も低いレベルで突入しているため、これも仕方が無いが。


「治療はヒーリング・ポーションで行ってくれ。魔力は可能な限り温存したい」


 ヒーリング・ポーションがぶ飲みで何とか誤魔化しながら先へと進む。


「宝物庫か」


 途中、宝物庫にも寄る。


「ふむ、鬼包丁だな」


 ぎらつく包丁を鑑定スキルで確かめる。


「おにほうちょう?」


 首を傾げるカヤに説明してやる。


「通称、ナマハゲ・ブレード。防御力無視のガードブレイクスキルが使用可能な強力な武器だ」


 東方にある秀真国から伝来したナマハゲが持っているあのバカでかい出刃包丁で、何と希少金属ヒヒイロカネ製。

 この時点で手に入る物としては破格の性能だった。


「ええっ、こんなの使うのぉ?」


 ターニャが嫌そうに顔をしかめるが、


「安心しろ、この武器は戦士系の職業と、あとコックにしか使えないもんだ」


 VRMMOエインセルとそのスマホのソシャゲ版リバース・ワールドでは不遇職と言われた料理人への管理側からの救済措置だと言われていたが、この世界にもちゃんと実在していたんだな。




 人気の無い回廊を俺たちは進む。


「ね、ねぇ、道ってこれで合ってる訳?」


 ターニャが落ち着かない様子で聞くが、


「そんなに深く考えなくてもいいぞ。どうせ魔王は最上階に居るはずだ」


 俺は肩をすくめて言ってやる。


「えっ?」

「権力に執着しているやつほど高い場所にいたがるもんさ。人を見下して偉くなったつもりでいるんだろ」


 そういうことだった。


「ご主人様」


 先行するユスティーナが立ち止り報告する。


「罠床です」


 巧妙に隠された罠が張り巡らされた床だった。

 迂闊に足を踏み入れると大ダメージを被る。


「分かった。レビテーションをかけるぞ」


 俺は浮遊の魔術を使う。

 この術は一定の間、俺たちをほんの十センチほど浮かせるものだった。

 消費魔力も少なく、ごくごく初歩の魔術だったが、これにより罠床は完全に無効化される。

 後半の攻略には必須の魔術だった。


「まぁ、こういうのがあるってことは、いよいよこの先に魔王が居るってことなんだがな」


 分かりやすくて何よりだ。


「ね、ねぇ」


 ターニャが不意に頼りなげな声を発した。


「とっても今更なんだけど、本当に魔王と戦っちゃっていいの?」


 本当に今更だな。


「だ、だって勇者学園の授業もまだまだ途中なのよ。こんなに早く魔王のところにたどり着けちゃっていいの?」


 いいも何も、俺たちは喧嘩を売りに来たんだ。

 準備運動ウォーム・アップは無しだぜ。

 俺は肩をすくめる。


「まぁ、普通であれば俺たちのレベルで魔王に挑むのってぶっちゃけ自殺行為だからなぁ」


 まともにやり合ったら、全員そろって棺桶に足を突っ込む羽目になる。


「自殺っ!」


 おっと、失言だったか。


「まぁ、ここまで来たんだ。後のことは後で考えろ」


 そういう思い切りが必要だ。

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