47 服を脱いで、あなたの秘密を俺に見せるんだ!
自分の城ともなっている錬金術準備室に逃げ込み、ふるふると震えながら呼吸を整えるマリヤ。
何とか落ち着かせたところで、自分があの本をぎゅっと胸元に抱えていたことに気付いたのか慌ててデスクの上に放り出す。
「こっ、こんな本をあの子が読むなんて……」
ちらり、ちらりと本の方に視線を向ける。
内容が分からないようにか、カバーがかけられているそれ。
「どうして……」
恐る恐ると言った様子でその本に手を伸ばす。
震える指が届いた瞬間に熱い物にでも触れたかのようにびくりと手を引っ込め、もう片方の手で包み込むように胸元に抱え込む。
そして、決意を固めたかのようにこくりと喉を震わせると再び指を伸ばす。
今度は止まらず、本を開く。
その衝撃的な内容に瞳を見開き、しかし無言でゆっくりとページをめくった。
乾ききった唇を、思い出したように舌で湿らせる。
その口元は小さく開かれたままで、彼女が本の内容に引き込まれていることを示していた。
「はぁ……」
無意識にだろう、熱い吐息が漏れる。
更にページをめくる。
更に、更に。
そうして最後まで開いたところで、手紙が挟まれていることに気付く。
引き寄せられるように手を伸ばし、しかしいけないことと考えたのか途中で手を停めふるふると首を振る。
だが、その封書に書かれた宛名書きが彼女の良心に水を差した。
『マリヤ先生へ』自分宛だ。
意を決して、封筒に手を伸ばす。
開いてみた便箋に書かれていた文字は短く、こう書いてある。
「お前の秘密を知っている」
耳元でささやいてやると、面白いようにマリヤ先生、いやマリヤは飛び上がって驚いて見せた。
「なっ、なななななっ!」
俺を見てのけぞるように後ずさる。
「授業が終わったので、報告に来たのですが……」
「かっ、かかか」
「先生、教卓にここの部屋の鍵忘れて行ったでしょう」
可愛らしいウサギのキーホルダーの付いたそれを指でつまんで揺らして見せる。
「のっ、ノック!」
ようやく言葉らしい言葉が出て来たか。
それにはこう答える。
「ノックはしましたよ。先生は何やら熱中していたようで、聞こえていない様子でしたが」
これは嘘。
俺は錬金術準備室の鍵をこっそりと開けて、マリヤに忍び寄ったのだ。
肉球を備えつつも犬とは違って爪を引っ込められるネコ足は隠密行動に最適だ。
「それにしても、幻滅したなぁ」
俺は彼女を見下ろして弄るように言う。
「先生が、こんなひとだったなんて」
軽蔑したとでも言うようにため息をついてやると、彼女は目に見えて狼狽えた。
「ちがっ、違うの、違うの。そうじゃないの」
子供のようにふるふると首を振って言い縋る彼女を冷めた目で見る。
「嘘つき」
「っ!」
そこを言葉で抉られたかのように胸を押さえるマリヤ。
耐え切れず閉じた目から、大粒の涙がこぼれた。
「カヤたちが知ったらどう思うかなー」
「やっ、止めて!」
「止めて?」
「や、止めて…… 下さい」
ふっ、堕ちたな。
俺は犬歯を剥き出し笑ってやる。
「なら、脱いでもらおうか」
一際大きくマリヤの身体が震える。
「そっ、それだけは……」
「じゃあ、カヤたちに言うけど?」
マリヤの瞳が絶望に染まる。
白衣をぎゅっと握り締め、
「分かりました」
マリヤは大きな胸をしているくせに撫で肩で、彼女が腕を抜くとその身を包む白衣はすとんと落ちて行った。
彼女の足元にわだかまる、教師の象徴だった白衣。
だが、
「それで?」
俺はあくまでもその先をうながす。
マリヤは浅い息を小刻みに漏らしながら、のろのろとスカートに手を伸ばす。
「さぁ、先生。服を脱いであなたの秘密を俺に見せるんだ!」
その時だった。
「あんたは何をやってんだーっ!」
錬金術準備室をがらりと開け放ったのはターニャだった。
スカートをたくし上げたマリヤの姿に硬直し、そしてこう呟く。
「しっぽ?」
そう、授業中に俺が白衣越しに撫でて確かめたように、マリヤ先生のお尻にはゆるく波打つ竜の尾が生えていたのだった。
「火竜?」
その通り。
マリヤ先生の正体は先日、地下都市群の廃墟で撃退したあの火竜なのだった。
「はぁ? それじゃ、何で先生がコジローのエロ本なんかでセクハラされてんのよ」
ターニャは納得できない様子で言う。
「えろほんー?」
一緒に来ていたカヤには何だか分からない様子だ。
「カヤさんにはまだ早いお話ですね」
ユスティーナがなだめるが、俺たちって全員十六歳の同い年じゃなかったのか。
まぁ、それはともかく。
「エロ本ってこれか?」
机の上の本を開いてターニャに見せてやる。
「ぎゃあ、そんなもん見せるな、このエロネコ!」
誰がエロネコか。
それによく見てみろ。
って言うまでもないか、顔を覆った指の隙間からしっかりと見てるじゃねぇか。
「料理本?」
「みっ、見ちゃいけませんっ!」
マリヤ先生が慌てて遮ろうとするが、俺は構わず言った。
「ドラゴン料理の本だ」
「にっ、人間ってどこまで鬼畜なのっ!」
憤慨した様子でマリヤ先生は叫ぶ。
「はぁーっ」
力抜けした様子でへなへなとしゃがみ込むターニャ。
「別段、女性を口説いて回る趣味は俺には無いしな」
そう言ってやる。
するとユスティーナが口を挟んだ。
「ご主人様に無くても、相手がそうではないとは限りませんよ」
そいつは考え過ぎだと思うがな。
「なるほど、昔から人間に興味があって人に交じって暮らしていたと」
錬金術に対する知識の深さは、その過ごした月日に関係するのかもな。
「で、何で俺たちを襲ったんです?」
「む、むしろ襲われたのは私の方ですっ、話も聞いてくれなかったし」
ああ、会話をスキップさせたんだっけ。
「私は魔王城の場所も知っているし、そこまで飛んで行けるので、私を倒せるくらいに強ければ背中に乗せて運んであげようと思って」
「だから、倒しただろ」
「色々と省略し過ぎですっ!」
怒られた。
まぁ、涙目で言われてもちっとも怖くないが。
「ともかく、魔王城に運んでくれるんだな」
「ううっ、分かりました」




