46 女教師の秘め事
「ガードスパイク展開!」
シュバルツシルトのブレス緩和の加護があるので比較的軽症だったターニャがスパイクアーマーのビーム・スパイクを展開しながら飛び出す。
狂戦士化の呪紋により強化された筋力から繰り出された刺突に特化した十字剣は、固い火竜のウロコを貫いた。
今回、ターニャは新たに手に入れた旋風剣ではなく、対大型モンスター戦のために造られたこの剣を使っていた。
更にターニャはこの剣が十字型に見える元となっている張り出した長い鍔に左手をかけ、ぐいと捻った。
これが十字剣本来の使い方だ。
身体に突き刺さった幅広の剣をこじられ傷口を無理やり広げられた火竜が絶叫を上げる。
俺は叫んだ。
「いいぞ、活造りにしてやれ!」
ドラゴンステーキは美味と言う話だったなぁ。
「やめろぉ! 私を食べる気かっ、グルメ漫画みたいにっ!」
おや、俺の言葉に火竜が怯えている。
この世界には漫画が存在した。
まぁ、古代上位種の時代には地球を凌駕する文明を築いていたんだから、そういった文化が残っていても不思議ではないが。
「貴様ら、そうやってどれだけのモンスターを食い物にしてきたっ!」
火竜の問いにはこう答える。
「さぁて、俺は日記はつけない主義でね」
俺がそうやって気を惹き付けている所にユスティーナの魔術が完成する。
「カース・ユー!」
癒し手の使う祝福の逆呪文。
呪いにより火竜の防御力が減退する。
敵が怯んだ隙に畳み込む。
さすがユスティーナだ。
そつが無い。
「そういうのは、情け容赦がないって言うのよ!」
ターニャが再び十字剣を叩き込みながら言う。
ふむ、だがね。
「情け無用、アタック!」
「うんっ!」
俺の指示でカヤが魔導リボルバーによる追い討ちをかける。
「貴様ら、いーかげんにしろっ!」
火竜の咆哮が響き、俺たちの身体をビリビリと震わせる。
人とは声量が根本的に違うそれは、生ある者に原初的な恐怖を抱かせ身体をすくませる。
ゲームでは抵抗に失敗すれば恐慌状態に陥るし、そうでなくとも短時間ながら硬直してしまうやっかいなものだったが、実際に体験してみると納得だ。
生のライオンの雄叫びは凄い、腹に響くと言うが、それ以上だからな。
そして硬直したターニャを火竜の尾による薙ぎ払いが襲った。
効果範囲の広い攻撃のためミラージュの魔術も意味が無い。
『にくきゅう・しぇーど』の守りにより空中に猫の足跡状の干渉縞が走り、いくらかは緩和されたものの、まともに喰らってしまう。
「へぶしっ!」
ビタンと叩きつけられるターニャ。
一撃でボロボロだ。
もっとも、着込んでいる鎧から突き出ているビーム・スパイクが、攻撃側の火竜にもダメージを与えていたが。
「ヒーリング!」
ユスティーナの癒しの術がすぐさまターニャを回復させる。
カヤの援護、俺の『にくきゅう・しぇーど』による支援を受け、ターニャは何とか戦線に復帰した。
「うぬっ、小癪な!」
俺たちの回復のキーとなっているユスティーナをにらみつける火竜だったが、
「目を閉じてください!」
ストロボかマグネシウムリボンか。
ユスティーナが投げつけたライト・クリスタルが瞬間的にまばゆい光を放った。
「目がー、目がーっ!」
まともに喰らった火竜が目を押さえ転げまわる。
何だかなぁ。
「もう嫌だ!」
そう言って翼を広げる火竜。
大きく羽ばたき空へと逃れる。
「コジロー?」
カヤが魔導リボルバーによる攻撃を行うかどうか俺に確認するが、
「いや、撃ち落とすには火力が足りない」
敵は腐ってもドラゴンだ。
手持ちの魔術では撃墜は不可能だろう。
こうして火竜との戦いの第一ラウンドは終了したのだった。
火竜が逃げ出した後、その場に残されたのは魔剣が一本。
黒い刀身が特徴的なそれは、
「ブラック・ブレードか」
ターニャが俺の手元をのぞき込む。
「いい剣なの?」
「うーん、お前が使っている十字剣と基本攻撃力はほぼ変わらないんだが」
「それは使えそうね」
いや、話はそう簡単じゃない。
「十字剣はその形状からか聖属性の魔力が付与されていてな、それを苦手にしているモンスターには特に大きなダメージを与えることができるんだ」
「……そういえば、敵によってはびっくりするような効き目があるわよね」
今まで知らずに使っていたのか。
「ブラック・ブレードにはそんな風な追加効果が無いから不利なんだ」
まぁ、
「敵一グループの防御力を下げるカースの魔術が代償無しに使えるがな」
「へぇ?」
「しかし、カースの魔術は多用するようなものじゃないし使いどころが無いよなぁ」
実は呪いをかけられることや黒く禍々しい外見から呪われているように見えるのか、売値も極端に安い。
使い道の無い剣だった。
「ともかく、今日のところは帰ろう」
翌日、錬金術の授業。
今日は実習ではなく座学だ。
いつもなら真面目に勉強しているところだが、今日に限って俺は隠れてとある本を読んでいた。
しかし……
「コジローくん!」
肩にかかるのは柔らかい癖にしっかりとした質量を持つ感触。
錬金術担当のマリヤ先生が後ろから俺の手元を覗いていた。
いつものように、その大きな胸を俺の肩に乗せて……
本当にこのひと、無防備すぎませんかねぇ!
「駄目じゃない。授業中に関係無い本を読んじゃあ」
柔らかな声音の中にどこか嗜虐性を刺激するような、本人は気付いていないし否定するだろうが、いじめて欲しいのではと誤解させるような甘さのある声。
細く形のいい眉を困ったようにハの字にしている。
怒られているのだろうが、まったく怖くない。
「真面目なはずのキミがこんなことをするなんて」
そう言いつつも、俺が読んでいた本を取り上げる。
優等生で通している俺がどんなものを読んでいたのか興味を惹かれたのだろう。
視線を落とし、
「っ!?」
ボンッと音がするように顔を真っ赤に染める。
「こっ、こっ、こっ……」
「こっ、こっ、こ?」
ニワトリの鳴き声か何かか?
「こんなハレンチな本を読むなんて駄目です! 禁止です! 禁断です!」
最後に変なの混じってないか?
「でも先生、それは……」
「駄目です。没収です。禁書です。焚書です!」
横暴だ!
俺たちの知る権利を奪うな!
本を取り返そうとする俺に、本を両手で持ち上げて抵抗するマリヤ先生。
体術では俺の方が勝るが、マリヤ先生の身体はどこに触れても柔らかく手加減せざるを得ない。
結果、もみ合いになる。
「だっ、だめっ!」
「だったら……」
俺はマリヤ先生の腰に手を回し、
「先生が教えてくれてもいいんですよ」
その身体でね。
そう耳元でささやいて、その肢体を覆い隠す白衣越しに指、もとい肉球を走らせた。
「いっ!」
マリヤ先生の身体が金縛りに遭ったように硬直する。
「どうしました? カヤが見てますよ」
俺が言う通り、隣の席のカヤが無垢な瞳で不思議そうに俺たちを見ていた。
悪ガキたちに手を焼いていた先生は、素直に授業を聞いてくれるカヤを特に気に入っていたからなぁ。
そんな彼女に見られるのは罪悪感が凄いのだろう。
その身体がわなわなと震え……
「じっ、自習にしますっ!」
脱兎のごとく逃げ出した。
しんと静まる教室。
オギワラが何事か言いかけるが……
「この、セクハラネコ!」
ターニャの絶叫に先を越される。
開きかけた口を気まずそうに閉じる姿は何だか哀れだった。




