44 必殺、旋風剣!
「こ、こんなのと連戦したら身体が持たないわよぉ」
ユスティーナのヒーリングで治療を受けながら弱音を吐くターニャ。
ふむ?
「ユスティーナに哨戒をさせて戦闘を極力回避した訳が分かっただろう?」
身に染みてな。
「しかし、いい物も手に入ったな」
俺はオーガたちを倒して手に入れた剣を手に取り、商人系の職業が持つ鑑定のスキルを使う。
「やはり旋風剣か」
片刃の剣だが最大の特徴は、
「切っ先に穴が開いているのね」
ターニャが言う通り刀身に穴が開いている。
「振ってみな」
ターニャに渡してやる。
彼女が剣を振ると、刀身の穴が風を切る度に笛のような音色を発する。
「面白いわね、これ」
調子に乗って振るが危ないぞ。
俺は剣の間合いから更に一歩離れるとターニャの剣筋、その先に小石を放ってやった。
「えっ!?」
剣に触れることなく小石が割れる。
「い、今のは……」
カヤが目を瞬かせて言う。
「風の精霊剣?」
まぁ、そんなようなものだ。
「この剣の切っ先に空いた穴は、別に音を立てるために刻まれているわけじゃない。この仕掛けにより、剣の達人が振るうと剣先に真空の刃が形成されるんだ」
真空斬り、ソニック・ブレードのスキルが使用可能。
それが、この旋風剣の効果だった。
「剣のリーチが伸びるってことだし、慣れれば真空の刃を飛ばして離れた敵を攻撃することもできる。最強は連撃によって発生する真空の渦を広範囲に放つ『ボルテックス』という固有スキルだ」
ターニャはコマンドワードと共に可能な限りの連撃を繰り出す。
「ボルテックス!」
無数に放たれる真空刃が相乗効果で渦のように周囲に放たれた。
威力が高いこともあるが、効果範囲が広いことも特徴の攻撃スキルだった。
「これは強力ね」
「ああ、使い方を誤るな」
この剣の力もあり、俺たちは苦しいながらも先へと進むことができた。
「おお、スパイクアーマーか」
途中、鎧も手に入る。
「スパイクアーマーって、別にトゲなんて付いていないじゃない」
ターニャがそう言うが、
「そう思うか?」
俺は笑ってターニャにその鎧を着せてみる。
まぁ、サイズ調整なんかは帰ったらやることにして。
「コマンドワードは『ガードスパイク展開』だ」
ターニャから十分に距離を取ってから教える。
「が、ガードスパイク展開?」
瞬間、鎧が唸りを上げるとその大型の肩当てから光り輝く半透明のトゲが周囲に向かって突き出た。
「こ、これって……」
驚くターニャに説明する。
「それが、その鎧の真の力だ。素の防御力も高いが、それよりも肉弾戦時に相手を傷付ける効果がある」
トゲ状に展開されたビームが攻撃相手に傷を負わせるのだ。
「扱いには気を付けろ。隣に仲間が立って居る時に不用意に展開すると事故になるからな」
「う、うん」
ブレスや魔術に対する耐性は備わっていないし、これ以上に防御力のある鎧も存在するが、それでも最強の武具の一角として数えられるのは、この特殊効果によるものだった。
「こ、この鎧のサイズ直しもしたいし、いったん帰らない?」
ターニャがおずおずと言う。こいつはサボりたいだけだが、
「私の魔力も半分を切っています」
治療と攻撃、両方を担当するために魔力の消耗が激しいユスティーナが進言する。
「ダンジョン深層からのジャンプはリターン・クリスタルでは上手く行うことができず、魔術に頼るしかありません。脱出のためにも魔力を使い切る訳にも行きませんが」
言っていることは分かる。
引き返すにしても、余力のある今の内ってことだ。
だが、俺は首を振った。
「いや、このまま行こう」
この洞穴は、地下都市群でも重要な拠点に通じているのだ。
「コジロー、大丈夫?」
カヤがそう俺にたずねるが、彼女の黒の瞳に不安は無かった。
ただ俺を気遣うだけの言葉。
絶対の信頼がそこにあった。
だから俺はこう答える。
「ああ、大丈夫だ」
その黒髪をくしゃりと撫でてやると、カヤは嬉しそうに笑う。
「戦闘中はともかく、戦闘後の治療は効率が悪くてもターニャがやってくれ」
ユスティーナの魔力を節約するため、肩代わりできるものはターニャに役割を振っておく。
脱出用のジャンプに使う魔力は俺の方にまだ余裕があるしな。
「そういう訳で行くぞ」
「えーっ」
ターニャがぶーたれるが、
「ここで帰ったら、また明日、最初からやり直しだぞ」
という俺の言葉に、急にしゃきっとなって歩き出す。
まぁ、ターニャでなくともこれをもう一度と言うのは遠慮したいところだからなぁ。
「で、出口だわ」
ようやくのことで洞穴を抜ける俺たち。
そこは火山地帯で荒涼とした土地が広がっていた。
鼻をつくのは硫黄の匂い。
見れば寂れた露天の浴場がある。
「ここは温泉が楽しめるんだったか」
おっかなびっくり覗き込む。
ネコになってから、どうにも水は鬼門だ。
「あぅ、コジロー、一緒に入ろー」
無邪気にカヤが言うが、
「ネコはきれい好きだ。だから風呂に入らなくてもきれいだ」
俺はふいとそっぽを向く。
「昨日もおふろ入ってないわよね」
ターニャも言うが、
「そんなに頻繁に風呂に入るネコも居ないだろ。ネコは人間と違って汗をかかないからな」
だから毛並みをブラッシングする程度で清潔さは保たれるのだ。
その代わり、汗で体を冷やすことができないので、暑いと舌を出してぐんにゃり伸びてしまうがな。
「そんなにお風呂、苦手?」
「ネコにとって風呂は苦手ではない」
「それじゃあ?」
「大嫌いなだけだ」
胸を張って言う。
「はいはい、いいですから入りましょうね」
不意にひょいと俺の身体を持ち上げるのはユスティーナだった。
むにっと押し付けられる圧倒的な質量を持つ生乳。
ロッシュ限界超えてんだろ、俺の存在が破壊されてしまうっ!
(ロッシュ限界とは、惑星や衛星が破壊されずにその主星に近づける限界の距離のこと。その内側では主星の潮汐力によって惑星や衛星は破壊されてしまう)
会話に加わらないと思ったら、いつの間にか全裸だよ!
「うわわわわっ!」
お湯にしっぽが触れ、慌ててユスティーナにしがみつく。
「あぅー」
何だかカヤがうらやましそうに見ている。
「コジローって、だっこされると首にしがみつくクセのあるネコだったのね」
ターニャが何か言ってるが、俺はそれどころじゃない。
きゅっと目を閉じて、震えてしまう。
「かわいー」
調子に乗ったターニャが俺のしっぽをわしづかみにした。
「うわやめろアホ」
ターニャはしっぽをお湯に着けたり上げたりを繰り返す。
その度に俺は必死にユスティーナにしがみついた。
「にゃあぁぁぁぁっ」
「いたたたたっ、ご主人様、爪立てないで下さい!」
さんざんオモチャにされ、ぐったりとした俺を抱いたまま、湯船につかるユスティーナ。
「ああっ、ご主人様の爪痕が背中に」
「……なぜそこで赤くなる」
「コジローもユスティーナにひっついてないで来なさいよ。洗ったげる」
ターニャが引っ張るが、
「にゃああああっ」
必死にユスティーナにすがりつく俺だった。




