42 お金は大事、これ以外のことを言うやつは信用するな
「行きます!」
真っ先に突入するのは魔力強化神経の呪紋で加速されたユスティーナだった。
CQB(Close Quarters Battle)、室内戦闘術ではスピード、奇襲攻撃、勇敢な攻撃の三大原則が勝敗を決める。
相手がこちらの突入に対しパニック状態から立ち直るのが十秒足らず。
その間に勝ちを確定させないといけないからだ。
相手が何者だろうと考えさせる時間を与えず、常に先手を取って制圧する。
「アンチ・マジック!」
アンチマジック・ブレスレットを着けた右手を突出し、魔術封じを仕掛けるユスティーナ。
ロード種だけあって、敵は魔術も使うのだ。
ブレスレットの周囲に付いている四つの魔石が点滅し、五指を揃えた手のひらを中心に輝く半透明の魔法陣が展開。
魔術の発動を阻害する波動を照射する。
「効きました!」
上手いこと魔術を封じることに成功する。
「にくきゅう・しぇーど!」
次に行動できたのはアクセラレータの付いた籠手、銀腕で加速された右手で魔術のトリガーを引くことのできた俺だった。
物理障壁が俺たちの前に展開し防御力を高める。
ネコの足跡状の干渉縞がうっすらと見える。
「みーなーぎーるー!」
狂戦士化の呪紋を作動させたターニャが十字剣を構えて突進する。
アドレナリンの分泌で底上げされた能力によって繰り出される一撃は強力だ。
「っ!」
最後にカヤが魔導リボルバーを抜き、刹那に放った六発の呪弾をぶち込む。
強靭な身体を持つ対モンスター戦ではただ胴体に撃ち込むだけでは駄目で、確実に急所を狙う必要がある。
下手な個所を狙うと反撃を受けるからだ。
戦いに際しては躊躇せず発砲できる冷酷な精神構造が必要で、これは人型の的を撃って訓練することである程度身に着けることができる。
軍隊でも行われている方法で、カヤも繰り返し反復して修練を行っていた。
さすがにこの攻撃は強力で、シールダーのカヤでも一級の戦士並のダメージを叩き出すことができた。
「バカげた体力を誇ろうとも、撃たれりゃ痛いよな。少しはビビったか!」
俺はオーガロードを挑発する。
「ガアアアッ!」
オーガロードの反撃!
野太い棍棒がターニャに向かって叩きつけられる。
『にくきゅう・しぇーど』の魔術障壁を張ってもなお強力なダメージがターニャを襲った。
「カース・ユー!」
ユスティーナが癒し手の魔術でオーガロードの防御力を下げる。
癒し手の魔術はその名の通り治療や聖領域のものが主だが、その効果を逆転させてこんな風に相手を弱体化させることにも使えるのだった。
「にくきゅう・しぇーど!」
俺はひたすら魔術障壁の重ねがけをする。
オギワラにも言ったが、魔導士の魔術で必要なのは高位魔術ではなく初級でも使えるこの魔術だった。
しかし、
「気を付けろ! 相手のリーチは全員に届く長さがあるし、防御無視のガードブレイク攻撃もあるぞ」
魔術による物理障壁も万能じゃないということだ。
実際、ガードブレイクスキルを現状では体力の低い俺が喰らったら一発でアウトになる確率が高かった。
「ユスティーナは治療を頼む。多少無駄になってもいいから、体力を上限近くまでキープしてくれ!」
「了解です!」
ユスティーナはターニャが使うライトヒーリングの倍の効き目がある癒し手の魔術を既に身に着けていた。
それでターニャの低下した体力を戻す。
「へぶっ!」
そして、ターニャに渾身の力が込められたガードブレイク攻撃がモロに決まった。
防御力無視の一撃がターニャの体力の三分の二を削り取る。
その上、体勢が崩れたところに追撃が入った。
「ぎゃん!」
泣きっ面に蜂だ。
「こんのお!」
ターニャはそれでも立ち上がる。
狂戦士化の呪紋が効いていて助かったところだ。
アドレナリンの作用で痛覚がマヒしているのだ。
「ターニャ、無理せず防御だ! ユスティーナ!」
「はい、ヒーリング!」
ユスティーナの癒しの術がターニャの体力を回復させる。
それで何とかターニャは持ち直した。
「っ!」
カヤも攻撃を続けるが、決定打には遠い。
やはりここは攻撃力倍加、クロウ・シャープナーの魔術が欲しいところだった。
有るのと無いのとでは決定力が違う。
「グオオオッ!」
ひたすら『にくきゅう・しぇーど』の重ね掛けをしてもなおダメージを与えてくるオーガロードの怪力は脅威だったが、それでも『タフボーイ』の俺、『才能を打ち消すほどのアホ』のターニャ、『暴食』のカヤと体力に成長補正のある称号持ちの俺たちはその攻撃に良く耐えた。
どんなにきつい状況でも食い物を受け付ける強い胃腸は体力向上には必須なのだ。
ユスティーナの称号『努力の人』は飛び抜けたものは無いものの平均よりは体力の伸びが良いし、彼女は魔力強化神経の呪紋のお陰で高い回避力を誇るため総合的な防御力は俺たちの中でも随一。
問題は無かった。
そして、最後の一撃。
「とどめ!」
カヤの魔導リボルバー六連発がオーガロードに止めを刺した。
「や、やったわね」
初めての本格的なボスキャラ戦だ。
ターニャもようやくといった様子で息をつく。
「防御無視のガードブレイク攻撃を食らった時にはどうなるかと思ったけど、体力があって助かったわ」
そうターニャが言う通り、例えば勇者オギワラがターニャと同じレベルで挑戦したらほぼ確実に死んでいたところで、それを避けるならレベル上げをするしかない。
最速攻略に必要なのは、実は高い攻撃力でも素早さでもなく敵の攻撃を受けても死なないだけの体力だったりする。
「良かったな、これも今までお前が努力してきたお蔭だ」
俺は片頬を歪ませて笑うと言った。
「これが、こつこつと積み重ねてきた努力が報われる喜びだ!」
「うぐっ!?」
ターニャがびくりと固まる。
彼女の中で、努力などとは無縁な勝ち組、リア充なアイデンティティが揺らいでいるのだろう。
「うぅーっ、うぅーっ」
頭を抱えて唸り出す。
そんな愉快な反応を示すターニャは放っておいて。
「『にくきゅう・しぇーど』を使ってるだけで終わったなぁ」
というのが俺の感想だ。
魔術障壁の重ねがけはそれだけ有効だということだった。
「私の方は上級職になったので使える手段が色々と増えましたね」
一方で回復など戦術的配慮が必要な支援は、素早い上に魔導士、癒し手双方の魔術が使えるユスティーナが担当だった。
そして、
「ああ、ありがとうございます」
そう言って俺たちの前に現れたのは背は低いもののがっしりとした身体を持つヒゲ面の岩妖精たちだった。
「私たちはここで魔石の加工を行っていたのですが、あのオーガロードが住み着いたため隠れ住むしか無かったのです」
魔石とは、文字通り魔力を持った石だ。
この世界の宝石類はすべて魔力を持っているが、その中でも特に強い魔力を保有しているものを言う。
俺たちが使っている魔導リボルバーに使われている火炎石などが代表的なものだ。
「これからどうするつもりです?」
俺が岩妖精たちに聞くと、彼らは顔を見合わせた。
「これからもこのようなことが無いとも限りません。できればもっと安全な街に移住したいと考えています」
リーダーらしき一人がそう答える。
それならと俺は申し出た。
「もしよろしければ、加工した魔石を引き取らせて頂きますが」
「よろしいのですか?」
移住するにあたり路銀が必要なのだろう。
岩妖精たちは俺の話に乗ってきた。
ここからは、価格の交渉だ。
岩妖精との取引には、王都などでの買い物の常識はまったく通用しない。
……というのは、ものの値段は一定ではなく、客と売り手が交渉をして決めるものなのだ。
ものの値打ちを知らないやつは一体いくらぐらいが適正な値段なのか見当もつかず、凄くボッタクられてしまうことになる。
俺たちは光属性の魔力が封入されたライト・クリスタルを見せてもらうのだが、
「これはお目が高い! 金貨百枚ですが、いかがですか?」
「ひん!? たっ、高ーいっ!」
ターニャは思わずといった様子で叫んでしまう。
王国が発行する金貨は一枚当たり銀貨二十枚に相当する高額通貨だ。
ふっかけるなぁ。
「すっごい守銭奴ね。金の亡者?」
「いいや、違うね。単なる商習慣の違いだ」
俺は退いているターニャに向かって言う。
大体だな、
「お金は大事、これ以外のことを言うやつは信用するなというのは、ばあちゃんの遺言だ」
金に苦労したことのない勝ち組、リア充野郎には分からんかも知れんがな。




