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40 術者の価値は

 ユスティーナを専用の遺伝子改変用医療ポッドに入れて施術を行う。

 遺伝子の改変というからどれだけの時間がかかるかと思えば、実際には一時間もかからず術後もすぐに動いて問題無いという。


古代上位種ハイ・エンシェントと呼ばれる人々の間では身体改造が手軽に行えるファッションとして流行っていて、昼休みの間に施術して仕事に戻るなどということが日常的に行われていましたから」


 それにしたって凄過ぎだろ。


「魔術とナノテクのハイブリット、魔力素子と呼ばれるナノマシンのお蔭ですね。これ以前はウィルス・ベクターによる処置で数カ月かけて全身の改変を行わなければいけませんでした」


 というのが事前に聞いて置いた猫耳女神バステトの説明だった。

 そして遺伝子改変処置を終え、ユスティーナがポッドから外に出る。

 無論、裸なので俺は背を向けていたが。


「身体が鈍い感じがしますね」

「ああ、施術の影響で能力値が軒並み低下するって話だったな。まぁ、実戦で慣らしていけばすぐに元に戻るさ」


 ともあれ、これでユスティーナはすべての魔術を使いこなすマジカル・メイドになった訳だ。

 再びその見事な身体をメイド服に包むが、


「どうも、シュバルツシルトが上手く使いこなせない感じがします」


 遺伝子改変を受け、魔力素子により構成された体内の回路も変化している。

 より術士寄りに調整されたため、肉体的フィジカルな直接戦闘能力は下がっているのだろう。


「それは予想がついていた。以前使っていたマジック・シールドがあるから、そっちを使ってくれ」


 このために使わなくなったマジック・シールドを一つだけ売り払わずに取っておいたのだ。

 マジック・シールドは軽く扱いやすいため大抵の職業クラスで使える。

 一方でシュバルツシルトが一枚余ることになるが、これも将来的に使用する予定が立っているため、取っておく。


「さて、それじゃあユスティーナの慣らしのために木人路を通って帰るか」

「げぇーっ!」


 ターニャが乙女にあるまじき悲鳴を上げた。

 ここに来るまでがよっぽどきつかったのだろう。


「か、帰りぐらいちょっとは楽をしないの?」


 おずおずとそう言うが、俺は斬って捨てる。


「貴様ーっ、この木人路に挑戦するのにいくらかかったと思っているんだーっ。出費分の成果はしっかりと取るに決まっているだろ!」


 そういうことだ。

 そして、ひいひい言いながらも木人路をくぐり抜けたことで、ユスティーナは以前とほぼ同じレベルの能力を取り戻し、加えて魔導士、癒し手の魔術を多数習得したのだった。




「おいお前、進化の種を使ったってのは本当か?」


 木人路突破の翌日、勇者学園の教室に向かった俺たちは、勇者オギワラに捕まっていた。

 仕方が無いので相手をしてやる。


「そうだ。木人路を突破してな」

「ああ、あそこにもあったんだったか」


 ふむ?

 先に取られてしまったことに騒ぐかと思ったら気の無い様子だな?

 その疑問が顔に出てしまったのか、オギワラはバカにしたように笑う。


「この俺ぐらいプレーヤースキルが高ければ、木人路を使った経験値稼ぎなんて作業プレイ、しなくても問題ないからな。高ランクプレーヤーなら木人路なんぞ無視するのは常識だ」


 相変わらずのゲーム脳全開の発言だった。


「大体、進化の種なんて勇者には使えんしな」


 なるほど、パーティメンバーの強化より自分のキャラの強化が優先といったところか。

 オギワラがプレイしていたVRMMOエインセルだとパーティメンバーは他のプレーヤーか頭数合わせに一時的に加入する傭兵NPCだものな。

 俺がプレイしていたソーシャルゲーム、リバース・ワールドじゃあパーティメンバーは自分の持ちキャラ、ファミリアたちだったから自分と一緒に彼女たちを育てるという意識が強かったが。


「料理人の上級職は何だったか…… マイナー過ぎて分からんわ」


 オギワラはそう言って嘲笑するが、何を言ってるんだ?


「俺には使ってないぞ」


 オギワラの思い違いに釘を刺す。


「はぁ?」


 オギワラは何を言われているのか分からないといった顔をする。


「使ったのはユスティーナにだ」


 オギワラの反応は劇的だった。


「なっ、ばっか! 料理人なのに使わないでどうすんだっ!」


 大声で叫ぶと、マナーというものを知らないのか俺たちを指さしまくしたてる。


「料理人にシールダー? 耐久型の戦士職なんて、転職してヒットポイント多めの術師にするぐらいしかつぶしが効かん。将来性皆無の駄目職業だ! 進化の種で制限を外してやらないと中盤以降は使い物にならん役立たずだぞっ!」


 こいつは……

 人に対して面と向かって役立たず呼ばわりか。

 自分の価値観に合わないものは全否定ってどこの老害か、それともガキなのか。

 物差し一本しか持てないやつはこれだから駄目だ。

 だが、やつの言動でカヤは傷付いた様子で表情を強張らせていた。


「笑ってろよ。カヤにはそれが一番似合う」

「あぅ……」


 不安そうに縋るように俺を見る彼女のためにもここは面倒でもオギワラに対し反論するしか無いだろう。


「将来性ねぇ。そうは言うが、攻略に本当に必要な魔導士の魔術って、何だか分かってるのか?」


 俺はそう聞いてみる。


「無論、核爆発、ニュークリアブラストを始めとする上級魔術だろ」


 オギワラは胸を張って言うが、


ダウトだ」


 俺は即座に否定してやる。


「後半のボスキャラは攻撃魔術に対して高い耐性を持っている」


 忘れたのか?


「だから一番の障害を排除するのに攻撃魔術は役に立たない」


 俺は三本の指を立てる。


「魔導士の魔術で本当に必要なのは三つだけだ」


 皆の視線を集めたところで順に説明してやる。


「一つ目はシールド。重ねがけが可能なことから、VRMMOエインセルでも地味にゲームバランスブレーカーだったのは知っているだろう?」


 無論、ソーシャルゲーム、リバース・ワールドでもそうだった。

 俺の場合は固有魔術『にくきゅう・しぇーど』で代用するが、ベンソンとの勝負でもその有用性は明らかだった。


「二つ目はレビテーション。浮遊することで後半のダンジョンの凶悪な罠床を無効化するこの魔術は攻略に必要不可欠だ」


 他に代替手段を挙げるならヒーリング・ポーション大量買いで罠のダメージを治療し続けることだが、それをやるくらいなら素直にレビテーションを使っていた方が簡単だ。


「三つ目はエンハンス。武器に魔力をまとわせることで攻撃力を倍加させる魔術。これがあるのと無いのとではボスキャラ戦の難易度が違う」


 プラズマが走り敵を真っ二つにする通称サンバイ剣。

 攻撃力が倍なのにどうして三倍なのかと言うと、攻撃力が二、敵の防御力を一とすれば通常与えられるダメージは差し引き一。

 そしてここでエンハンスで攻撃力を倍の四にすれば、与えられるダメージは敵の防御力一を除いた三。

 すなわちダメージが三倍になる訳で、そのための俗称だった。

 ともかく、


「どれも初級から中級の魔術だから、高レベルの術師を必要とはしない」


 中級までの術師の魔術を覚えるバトル・コックの俺でも身に着けることが可能なものばかりだ。

 既に『にくきゅう・しぇーど』『レビテーション』は習得済みで、もうすぐ『エンハンス』に相当する固有魔術『クロウ・シャープナー』を習得できる予定だ。


「なっ、だっ、だが上級の魔術だってあった方が強いだろ?」


 オギワラはそう言うが、その場で聞いている人間たちにはもう既に言い訳にしか聞こえなかっただろう。

 やつに集まる視線は冷ややかだった。

 俺はゆっくりと首を振る。


「違うな。魔導士系の術士に本当に必要なものは、上級魔術なんかじゃない。もっと違うものだ」


 それが何かはここでは言うまい。


「それを手に入れる算段はもう既につけているからな」

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