37 木人拳
「そこです!」
遊兵と化したユスティーナが鎧の背後から関節を狙ってライトニング・マチェット+2を叩き込む。
これはかなり効いた。
ユスティーナをシールド・チャージで排除しこちらの喉元に喰らい付こうとした鎧だったが、ユスティーナの攻撃力を軽視したのは誤りだったな。
もっとも、先ほどの二度目のシールド・チャージでターニャが突破されていれば俺が瞬殺され、こちらは総崩れになっていただろうが。
後はその場での殴り合い。
盾をうまく使って受け流さないと命が危ない強者との戦いで、それまで育っていなかったターニャたちのシールドのスキルが見る見るうちに上がっていくのが分かった。
途中、カヤの応急処置のスキルでヒーリング・ポーションを消費しながら回復をさせることで何とかしのぎ切り、俺たちは勝利したのだった。
「勝った、けどシールドのスキルってホント、大事だったのねぇ」
盾を握っていた左手が強張って上手く動かないのか、右手で盾の取っ手から指を一本一本引き剥がすターニャ。
確かに、それを再認識させるモンスターだったな。
そして俺は動かなくなった甲冑に近づき、その盾を手に取る。
激しい戦いでも傷一つ付いていないそれは、
「これがシュバルツシルトか」
「ええっ、その盾が?」
シュバルツ伯爵家に伝わる家宝。
「ああ、シュバルツシルトっていうのはドイツ語…… 帝国語で『黒い盾』を意味する言葉だからな」
俺は商人系の職業が持つ固有スキル、鑑定を使って物を確かめる。
「黒竜、それもエンシェント・ドラゴンの鱗をそのまま使った盾か。炎や冷気などのブレス攻撃からダメージを軽減させる効果が付いているな」
これより物理防御力の高い盾は他にも存在するが、このブレス軽減の効果により、このシュバルツシルトは最良の盾と呼ばれるものだった。
これ以上となると伝説の勇者の盾ぐらいしか無い。
それほどの物が二枚も使えるというのはありがたかった。
「それじゃあ、これはターニャとユスティーナが使ってくれ。今まで使っていたマジック・シールドより強力だからな」
そして、その他にもターニャが十字剣を拾ったように、使える武具が辺りには散らばっている。
それらを回収した後、戦いのお蔭でレベルが上がり習得した俺のジャンプの魔術によって、俺たちは勇者学園へと帰還したのだった。
魔剣やその残骸を拾って勇者学園に戻った俺だったが、部屋で戦利品を確認していてふと気づいた。
ターニャが使っていた十字剣の柄にもオパール、つまりアクセラレータが付いていた。
アクセラレータは呪紋と干渉するのでは無かったのか。
それに答えたのはやはりユスティーナ、の身体に憑依した遺跡の意識体だった。
「お答えしましょう」
「何だか嬉しそうだな」
ユスティーナが浮かべない満面の笑顔というやつで説明しようとする猫耳女神に、俺は顔を引き攣らせた。
って言うか、ホイホイ出て来過ぎだろ。
ユスティーナの身体に負担がかかるって話はどうなった。
「それに関しては、彼女の成長が私の予想をはるかに超えて高いので、そんなに問題ではなくなって来ています。元々、神に近い身体を持つ光妖精ですし」
いろいろ手を尽くして格上の相手ばかりと戦っているからな。
レベルの上りも普通にやっているオギワラ辺りと比べて数段上になっているはずだ。
「そうですね。あの方も人格に問題があるとはいえ、VRMMOエインセルではトッププレーヤーでしたから。それをあなたがはるかに上回るのは完全に予想外でした」
って言うか、普通に俺の内心を読んで会話をすんな。
ユスティーナもそれをするが、深く考えてみると怖いぞ。
「それは済みません」
はぁ、まぁいいか。話を戻す。
「で、アクセラレータの話だが」
「はい。アクセラレータを構成するフォトニック結晶ですが、これはあなた方の世界で言う中央演算処理装置、CPUに相当します。そして、その出力は使い手の身体に構成されたナノマシンの回路を通じ、人体を制御する。そして魔剣の類は元々呪紋の使用を想定して造られているので併用が可能」
それではアクセラレータのみを抜き出して装備する場合に呪紋と併用できないのは、単に通常の使用目的とは違う使い方だから機能がぶつかるって訳か?
「いえ、アクセラレータのプログラムは結構柔軟性に富んでまして自己修正機能でその辺りは自動で対応してくれます」
すげぇ話だな。
道理でこの世界をエミュレートしたというVRMMOエインセルでもアクセラレータを持ち込めば問題なく魔剣を造ることができたはずだ。
「だが、それならどうして?」
俺の疑問に猫耳女神が答える。
「演算装置、つまりCPUと出力のお話をしましたが、システムにもう一つ必要なのは情報の入力です。あなた方の世界のゲーム用コントローラーにも三軸加速度センサーなどが入っていますよね」
「それはつまり、剣なら……」
俺の言葉に猫耳女神はうなずく。
「そうです。魔剣に含まれる魔力素子を制御して、センサーとして働かせるのです。剣自体がセンサーとして機能すると言っていいでしょう」
ふむ、俺たちの世界でもゲームのコントローラーを振ると内蔵されたセンサーが働き、ゲーム内で剣が振れるというものがあったが、つまりそういうことか。
「籠手に着けたアクセラレータにはセンサーが無いという訳か。それじゃあどうやって制御しているんだ?」
入力が無ければ出力もできないだろう。
「アクセラレータは接続した物が含有するナノマシンを自分の回路として自動的に利用します。ですからアクセラレータを籠手にして身に着けた場合は……」
「そうか、俺たちの身体にあるナノマシンを入力に必要なセンサーとして利用するのか」
「はい。人体に含有されているナノマシンには通常、ある程度の遊びが存在します。そうでないと上手く機能しないからですが、これを利用して動作するのです。しかし呪紋の保持者はその力を実現するために限界までナノマシンを使うためこの遊びが減少し、非常にタイトな余裕のない構成になっています。故に、利用できる裕度が無いということになりますね」
なるほど、面白い話が聞けた。
「今の話を総合すると、あるプランが考えられるんだが」
俺はそのプランについて、猫耳女神に話したのだった。
「訓練だけでは強くなれない」
俺はターニャたちに向かって説明する。
「訓練や試合の枠内で鍛えていると、その癖が染み付いてしまうからだ」
これは遺跡が管理する職業システムの常識である。
地球の格闘技でも、試合慣れしてしまうと実戦で弱くなってしまうという話がある。
「そうなの?」
首をひねるターニャに、簡単に例を挙げて解説してやる。
「例えば、有効打が決まれば一本と言うポイント制を取っているフルコンタクトの格闘技。一見、実戦的にも思えるがこれには試合に勝つためのコツがあって…… 力の乗った本当の一撃より、スピードだけを重視した見かけだけの攻撃の方がポイントを取りやすいんだ」
これほど分かりやすくなくても格闘技にルールがある以上、そのルールに最適化した戦いになるのは当然と言える。
「そして、遺跡由来の魔力素子が経験をフィードバックし身体を最適化する成長システムは、この試合癖を加速的に身体に反映してしまう。故に、本当に強くなるには実戦において経験を積むことが必要なんだ」
ユスティーナが冷静に指摘する。
「例外は無いのですか?」
良い質問だ。
「一つだけ、ある」
進化の塔、第一関門。
俺は学園の外れに建つそれを眺めながら口にする。
「木人路」
「なにー、お金取るのぉ!」
ターニャの悲鳴に、俺は嘆息する。
「木人の維持には金がかかる。当然の出費だ」
進化の塔、第一関門への挑戦には挑戦権の購入が必要だ。
手持ちのアイテムを必要な物以外すべて売り払い、これまでの収入と足して、それでようやく捻出ができたのだ。
「でっ、でも、武器も新しくしたし大丈夫よね」
ターニャは十字剣を腰に吊るし、試練の渓谷で入手した武器の残骸から回収したアクセラレータを新たに柄の部分に取り付けた女王のムチ+2を持っている。
「さて、どうでしょう?」
ユスティーナの手にあるマチェットにもアクセラレータは取り付けられ、ライトニング・マチェット+3となっている。
「ふむ……」
俺が持っているのは、盗賊ギルドで試作したアサシン・ダガーだ。
このためにこそ作成した武器と言える。
「あぅ……」
カヤは、俺の考案したカランビット・ナイフを手に持っている。
これは柄の端に付いたリングに人差し指をはめて逆手に構える特殊なものだが、そのために手を開いても落とすことがなく他の作業が行える。
兵士向きのテクニックとしてカランビットを持ったまま銃を扱うというものまであった。
両手で盾を支えることもあるシールダーのカヤにはうってつけの武器だった。
「ターニャは十字剣を、ユスティーナもカヤと同じくカランビット・ナイフを使ってくれ。今回はクロスレンジでの攻防になる」
俺は二人に促した。
相手はかなり手強いが……
何とかなるはず。
キーは俺考案のナイフたちだった。
ユスティーナは魔力強化神経、俺は銀腕で加速されているし、カヤはシールダー故にカウンターが上手だからな。
「では行くぞ」
俺は木人路へと続く門を開いた。




