36 楯技
「凄い威力よね。それ、アタシにも使える?」
戦闘終了後、ターニャはライトヒーリングで自分の体力を回復させながら、カヤのリボルバーについて聞く。
俺は肩をすくめてこう答えた。
「止めとけ止めとけ。拳銃は訓練した者でも十メートルも離れたらまず当てられない扱いの難しい武器だぞ」
実際、拳銃は火器の中で最も使いこなすのが難しい武器なのだ。
長銃辺りなら、女子供でもちょっと練習した程度で三百メートル先の的に当てることができる。
これは肩、頬、両手で離れた別々の場所を支えブレ無く構えることができるからだ。
その点、拳銃は銃把の一点だけで少しもブレることなく構えなくてはいけない。
その上で、銃口付近にある凸型の照星と後方の凹型の照門の間の長さが全然違う。
長ければ照準の微妙なずれも分かりやすく見てとることができるが、短ければ本当にわずかにしか違いが分からない。
だから拳銃の扱いには正式な訓練が必要だ。
これにより拳銃は五十メートルまで攻撃距離を伸ばすことができるが、我流では絶対にこの領域には到達できなかった。
この世界では転生システムで転生を繰り返す中で習得したスキル『コンバット・シューティング』を持つ俺とカヤ、ユスティーナぐらいしかまともに扱えないのだった。
「まぁ、片手でも扱える魔導リボルバーは盾も同時に扱えるから、かなり卑怯な強さを持つんだがな」
シールダーであるカヤにはうってつけだろう。
しかし、
「そろそろシールド・スキルを鍛えた方が良さそうだなぁ」
これまでは攻撃力重視、序盤は防具をまったく買わないでいたぐらいだったが、この辺まで来ると敵の攻撃で受けるダメージがしゃれにならないレベルになってくる。
「シールド・スキルってそんなに重要なの?」
ターニャは左手に構えたマジック・シールドの具合を確かめながら聞く。
「まぁな。常時発動スキルの盾習熟があるだけで受けるダメージは違ってくるし、状態異常攻撃、毒吐きなんかを回避するのにも盾は重要だしなぁ」
これは受動的な効果。
どんな戦いの後でもぴんぴんしているカヤを見れば分かるだろう。
しかし、
「だが実際にはシールド・スキルの本当の威力はむしろ、能動的に用いられるスキルの方にある」
渓谷の奥へと視線を向けながら言う。
「これから嫌でもそいつを知ることになるからな」
シュバルツ伯爵領の試練の渓谷。
その奥で俺たちを待ち受けていたのは、盾を手にした二体の漆黒の甲冑だった。
これまでの挑戦者をことごとく破ってきた証しだろう、辺りには鎧の残骸や盾、剣などが散らばっている。
「こいつが、シュバルツシルト?」
奇妙なのは盾を手にしているだけで他に武器を持っていないこと。
だが、
「油断するな! 気を緩めているとあっという間に押し切られてアウトだぞ」
俺は全員に注意を促す。
それほどの相手だった。
「はっ!」
魔力強化神経の呪紋により加速された動きで斬り込むユスティーナ。
鋭く薙ぎ払おうとするが、その瞬間に合わせて黒い甲冑が持つ盾を突き出した。
「シールド・カウンターか!」
その名の通り、シールドによりカウンターを取るスキルだ。
相手の攻撃タイミングを見切り、自分の攻撃タイミングを悟られないようにすることが可能なら速さは絶対の優位では無い。
それを立証するかのようなスキルだった。
ユスティーナは卓越した体術で体をひねり、無理矢理ショートレンジに対応した斬撃を敢えて盾にぶち込む。
重量で負けている上、腰を落とし両足で大地を踏みしめる甲冑とそこに飛び込んだユスティーナ。
結果は火を見るよりも明らかで、ユスティーナの軽い身体は反動で宙を舞った。
無論、ユスティーナはわざとそうして距離を取ろうとしたのだが、しかし相手が悪かった。
「っ!?」
甲冑は盾を構えてユスティーナに向けて突撃を繰り出す。
シールド・チャージのスキルだ。
まだ空中にあったユスティーナに避けられるはずもない。
車に跳ねられたように弾き飛ばされる。
「ユスティーナ!?」
「っ、大丈夫です!」
ユスティーナは突撃を受ける瞬間、自分の身体の前にマチェットを割り込ませることでダメージを緩和していた。
これはただでさえ素早い盗賊系の職業、メイドである彼女に魔力強化神経の呪紋を使用して加速させているからこそできた技だった。
しかし、これでユスティーナは大きく後退させられていて、彼女は回避盾たるガードウィングのポジションを果たせなくなっていた。
シールド・チャージのスキルは、相手を押し出す効果がある。
これにより敵の陣形を突き崩し、自分たちの優位を確保するのがこのスキルの真骨頂だった。
カヤがその穴を塞ごうにも、
「あぅっ!」
もう一体の甲冑が牽制するようにシールド・チャージをかけてきた。
以前戦ったファイヤーボアーも突撃が強力だったが、反面、弱点であるこめかみや鼻づらを叩くチャンスでもあった。
カウンターが狙えたのだ。
ところがシールド・チャージはシールドを前面に構えながらの突進。
攻撃すべき弱点が存在しない。
つまりカウンターを撃つことができないのだ。
できるのは受けるか避けるかのみ。しかし避けた場合、陣形を崩された上、敵の侵入を許すことになる。
だからカヤは腰を落としこちらも盾を構え踏ん張るのだが……
「ぐっ!」
身体に走る衝撃に、カヤは苦鳴を上げる。
シールド・チャージは全体重を乗せた、すべての攻撃法の中で最も重いものの一つだった。
それを受けた者をスタンさせ、魔術等の攻撃準備をキャンセルさせる効果があった。
カヤは両手を使ったシールド防御をして何とか耐えたが、だからこそ即座には反撃できない。
「ねこ・ぐれねーど!」
俺はコマンドと共に甲冑へ魔力により形成された手榴弾を投げ込む。
幸い魔術に対する抵抗力は持っていないため、普通にダメージを与えることができていた。
その隙にカヤは体勢を立て直しクイックドロウ・ホルスターからリボルバーを抜き撃ちにする。
「っ!」
一息に六連発を至近から甲冑に叩き込む。
六発の呪弾が盾や甲冑の表面で火花を散らした。
もう一体の方はターニャがそのムチを振るって惹き付けていた。
だが、甲冑はターニャに向かって二度目のシールド・チャージを放つ。
その迫力にとっさに避けそうになるターニャだったが、
「逃げるなアホ!」
俺の叱咤にその足が止まる。
お蔭でダメージを受けたものの、突進を止めることができていた。
ターニャはセンターガード、つまりフルバックである術者の俺を守る最後の砦だった。
彼女に限っては避けるという選択肢は許されていないのだ。
フロントアタッカーのカヤ、ガードウィングのユスティーナが前方に居るため普段はそこまでシビアな状況には陥らずに済んでいたが、今回の相手はかなりの難敵。
ターニャには踏ん張ってもらわないといけない。
その場で足を止めシールド・バッシュのスキル、盾で殴りかかって来る甲冑たち。
重く、やはりスタンの追加効果のあるそれに、カヤとターニャも盾を合わせて何とかしのぐ。
「近過ぎてムチが振るえないっ!」
ターニャが叫ぶ。
盾を当てることができる間合い、超近接戦闘だ。
この距離ではムチは本来の性能を発揮できない。
「武器なら足元にいくらでもあるだろうが!」
俺の言葉に、ターニャも気付いた様子だった。
ムチを手放し足元で銀に光る武器を拾う。
雨ざらしの状態にあったので、この場で拾って使える武器は自然とマジック・アイテムだということになる。
「やっ!」
ターニャが拾ったのは十字剣。
その名の通り十字に見える長い鍔を持っていて退魔の効果を持つと言われる魔法剣だ。
聖剣と呼ばれることもある。
しかし実際にはこの剣は元々モンスター討伐用に造られたもので、幅広の刃を持っているのに刺突に特化しているというヘンテコ剣だった。
これは固い皮膚とバカげた体力を持つモンスターとの戦いを想定したもので、突き刺すことで装甲を破った後、長い鍔を持って剣をひねることで傷を広げるというえぐい使い方をするのだが。
ともあれ、この場で拾える剣の中では一番上等なもので、その威力はかなりなもの。
無意識にそれを選び取って拾えるところがターニャの凄いところ、言い方を替えれば生き汚いところだった。
まぁ、人の生き死にに汚いもクソも無いが。




