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33 カランビット・ナイフ

 おかげさまでブックマーク100件を達成しました。

 これもお読み頂いているみなさまのおかげです。

 今後も頑張って更新を続けたいと思います。

 なお、感想を頂ければ今後の参考になりますし、最新話の下部にある評価でポイントを付けて頂けると手ごたえを実感できて一層励みになります。

 お時間のある方はよろしくお願いいたします。

 そうして俺たちが向かったのは、猥雑でありながらきらびやかで渾然とした街の一角にある一件の酒場だった。


 人々の熱気にさんざめく通りから外れ、裏通りに足を踏み入れる。

 表通りの華やかな印象は消え失せ、薄汚れ雑然とした街並みが顔を現した。

 古びた建物の壁には乱雑に描かれた落書グラフィティ

 周囲の廃墟に住み着いた不法住居者スクワッターたちが楽しむことのできる唯一の芸術アートだ。


 目的地である酒場、竜の牙亭にたどり着く。

 毒々しい赤で描かれた吠えかかる竜の看板をランプが照らし出していた。

 酒場としては大きく派手な店構えだった。

 古びた木の扉を開け中に足を踏み入れると、酒と煙草、そしてもっといかがわしいものの混ざった匂いが俺たちを出迎えた。


「うわあ……」


 俺の後から店内に入ったターニャが思わずといった様子で声を漏らした。

 振り返って彼女を見ると周囲をまじまじと見つめていた。

 トラブルになるからそういう挙動は控えて欲しいんだがね。

 少しも動じていないユスティーナやカヤを見習ってくれ。


 店内に居るのは頭をきれいにそり上げた腕自慢の男たちだ。

 大陸最大の人種の坩堝と言われる王都の旧市街にある店にふさわしく、岩妖精ドワーフ小鬼ゴブリン、トロール鬼など、多彩な顔ぶれが入り混じっているのが特徴だ。

 男たちは露出の多い革の服を好んで着込み、鍛えられた身体をこれ見よがしに晒している。

 その肌を刺青やボディペイントなどが彩っていた。

 各々ナイフに手斧ハチェット棍棒ブラックジャックなどの携帯性が高く取り回しの良い得物を腰へとぶら下げている。

 王都の治安を守る衛兵の巡回は、こんな所まで来はしないからだ。


 もっとも見えるように所持している武器の方が分かりやすくて対処ができる分、安全とも言えるが。

 この街で怖いのはポケットの中に隠し持たれた小型の武器、暗器の方だ。

 例えば飛び出しナイフ、オートナイフとも呼ばれるそれなどは携帯性が良く非常に攻撃的な代物だ。

 ポケットから抜いた瞬間にボタンを押せば自動的に刃が開くから、そのまま相手を突けば不意が打てるし音も無く殺すことが可能だった。


「それにしてもここ、自己主張の激しい人ばかりよね」


 周囲の派手なやつらの外見に、瞳を瞬かせてターニャは言う。

 最近の流行はやりは鋲打ちの黒革のジャンパーや細いパンツ、リストバンドやシルバーのアクセサリーだ。

 反逆的で過激なスタイル。

 まぁ、銀のごついアクセは尖ったやつらに限らずこの街では人気だったが。

 十字架ホーリーシンボルすらファッションとして身を飾る物になる。


「根無しのやつが大半だからな」


 俺は彼女に説明してやる。


「自己主張が激しくてもいいさ。忘れられるほど孤独なことはないからな」

「ふぅん?」


 俺の話はターニャには少し難しすぎたようだった。

 彼女たちと連れ立ちたどり着いた奥の個室の前には、天井に頭がつかえるのではないかと思われるほど大きなトロール鬼の用心棒バウンサーが立ち塞がって居た。

 その巨体と硬い天然の鎧のような皮膚の前には、刃物も魔術も生半可なことでは通じないだろう。


「あんだ、おめえは?」


 女連れのネコビト、俺を胡散臭そうに見下ろすトロール鬼に俺は名乗った。


「銀狐は来てるか? 俺はチェシャ猫だ」


 トロール鬼の用心棒は、訛りのある独特のしゃべりで部屋の中に俺が口にした符牒を伝える。

 返事はすぐにあった。


「へえりな、ヤツが会うそうだ」


 その答えを受けて、俺たちは部屋の中に入る。


「部屋へ入ったなら、さっさとドアを閉めて席につきな」


 渋い声と年季の入った、したたかな強さを秘めた静かな瞳が俺たちを迎えた。

 相変わらずの様子に、俺は口の端を釣り上げた。

 仲介屋フィクサーの銀狐は俺の顔を確かめると、笑みの形に口元を歪めた。


「そのニヤついた面を見るのもしばらくぶりだな、コジロー。色々とよろしくやっているようだが」


 第一声が俺に対する悪態なのはいつもの挨拶だとして、この男の情報の手は長い。

 旧市街で起きたことのほとんどは彼の耳に入る。

 俺が様々な手を打っていることも伝わっているのだろう。


 銀狐は王都の裏社会アンダー・グラウンドにおける結構な顔役フェイスで、きれいごとでは済まされない裏の仕事から武器、ドラッグ、情報まで、金になるなら合法、非合法を問わず何でも扱っていた。

 油断のならない相手ではあったが、欲望に忠実な悪党だからこそこちらとの付き合いが利益になる限り裏切ることは無い。

 信条や良心でその行動がぶれない分、善人などよりよほど解り易く確実だった。


 しかし、


「ニヤつくも何も、この顔は生まれつきだ。ネコなんだから、口角がつり上がってるのは当たり前だろ」


 俺は涼しい顔でそう反論する。

 そして俺は銀狐の他にもう一人、フードを目深に被った謎の人物が部屋の中に居ることに気付いた。

 ネコビトである俺に気配を感じさせずに居られるとは……


「……もしかして、暗殺ギルドの方ですか?」


 ただ者では無い雰囲気に、俺は単刀直入ストレートに聞いてみる。

 その瞬間、キンと音を立てたように空気が硬直した。

 これが本職の殺人者の持つ迫力か。

 俺は思わず背中の毛を逆立てて身構えてしまう。


 緊迫した空気を破ったのは銀狐の豪快な笑い声だった。


「さすがコジロー。読みが鋭いな。だが分かったことを何でも口にしてしまうのは何とも青いなぁ」


 にやりと口元を歪めて見せる。


「お前はもっと腹芸というものを学ばんとな」


 十六歳の元ニートに無茶な要求はしないでくれ。

 まったく、俺を何だと思っているのやら。

 そんなタフな交渉ネゴシェーションはあんたのようなプロに任せるよ。


「今日来てもらったのは他でもねぇ。お前さんが持ち込んでくれた暗器の案についてだ」


 銀狐はそう言うと、磨き上げられたオークのテーブルの上に、鎌刃と柄の端に輪を備えたナイフを差し出した。

 ブレードは白磨きではなく、光の反射を抑える黒染め仕上げで刃先エッジのみが銀に研ぎ澄まされている。


「ふむ、注文通りにできているな」


 俺はそのナイフを確かめてからカヤに渡してやる。


「使い心地を試してみてくれ。柄の端に付いているリングに人差し指を入れて、逆手に構えるんだ」


 カヤはうなずくと、その手に俺たちの世界で言うところのカランビット・ナイフを構えてくれた。

 銀狐がそれを見て言う。


「南方の島国に似たナイフがあってな。もっとも鎌刃を使った木の実や山菜を刈り取る作業用のナイフなんだが。それを参考にしたんで比較的簡単に仕上がったそうだ」


 なるほど、カランビット・ナイフは東南アジアの民族ナイフが発祥と言われているからな。

 この世界にも似た品はあるんだろう。


「そうやって逆手に構えれば、一見何も持っていないように見えるから不意打ちに都合がいい。鎌刃のナイフは引っ掛けるだけで大きく傷を広げるしな」


 まさに暗殺業ウェット・ワークにはもってこいと言う訳だ。


「俺は軍にも伝手があるから、王国軍特殊部隊用の装備としても売り込みをかけている」


 銀狐は胸を張って見せるが、


「伝手ねぇ。将軍様にでも売り込んだか?」


 俺は王国軍のトップを引き合いに出して茶化してみる。

 しかし銀狐は牙の生えた口元をひくりと引きつらせるだけだった。


「まさか……」


 言葉を失う俺たちに、銀狐は言う。


「あまり追求するな。人見知りをするお方でな」


 人見知りねぇ。

 そりゃあ、ホイホイとその辺に顔を出すような気安い人物ではないが、その言い方はどうかと思う。


「まぁ、それはともかく。お前さんが鍛冶ギルドでなくこちらに話を持ち込んでくれて助かったぞ」


 そう言う銀狐にはこう答える。


「蛇の道は蛇、だろ? それにその分、俺の懐に入るパイは大きくなる」


 非合法イリーガル故に見返りは大きい。

 場合によっては他国に密輸スマグリングするというのも非常に旨みのある選択肢オプションだろう。

 俺に対する支払いも色を付けてもらえるはずだ。

 もちろんリスクもあるが、世の中リスクを踏まないことには大きな儲けは望めないことになっている。


「それに俺はバトル・プルーフ、実戦で証明された武器しか信じない。実際に使って試してくれる相手に売り込むのが確実だろう?」


 俺は暗殺ギルドの所属であろう人物に視線を向けて言う。

 ナイフは単純シンプルな道具で壊れることなどまず無いと考えるのが普通だが、これが結構折れるのだ。

 鍛造の段階で人の目には気づけないヒビが入ることもあるし、形状の問題で弱い部分ができることもある。

 俺たちは武器に自分の命を託して戦うのだ。

 最新のデザインのナイフを持って、折れました。

 この世からさようならでは話にならない。


 あとは裏の世界に要らぬ混乱を招きたくなかったからというのもある。

 カランビット・ナイフはともかく、もう一つの暗器の方はそれだけ剣呑だった。

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