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31 へっへっへっ、それじゃあハメさせてもらうぜ、お嬢ちゃん

「さて、それじゃあ約束の期日だし行ってみるか」


 放課後、俺たちは連れだって出かけることにする。


「ターニャ」

「うん、ジャンプ」


 ターニャのジャンプの魔術で跳躍、王都にある遺跡が管理するジャンプゲートに辿りつく。


「まずは、靴職人ギルドだな」


 職人で構成される職人ギルドは製品ごとに組織が分かれている。

 以前、俺は地球で自転車配達のために作られたメッセンジャーバッグについて鞄職人ギルドに情報を売り込み特許を得ていた。

 オギワラは気付いていないようだが、いわゆる異世界転生ものにおける知識チートというやつを使えばこんな風に儲けることも可能だ。

 あくまでも副業サイドだがね。


 もっとも古代上位種ハイ・エンシェントが築いたという古代文明は地球よりも進んだものだったし、その知識は遺跡により現代人にも細々とだが継承されている。

 なので、いわゆる『農業改革で税収を大幅アップ!』とかいう政治レベルのチートは使えない。

 一方で、メッセンジャーバッグのように技術レベルではなく発想こそが重要なものは利用が可能だった。


 俺はメッセンジャーバッグの他にも様々な商品について職人ギルドに売り込みをかけているのだった。


「親方は居るかい?」


 靴職人ギルドの工房を訪れ、親方を呼ぶ。

 靴職人ギルドを束ねる親方は靴妖精レプラコーンと呼ばれる、身長が人間の三分の一ほどしかない妖精の親父だった。


「おう、コジローか。例の物なら出来上がっているぜ」


 親方が出してきたのは三足の革靴。

 それぞれターニャ、ユスティーナ、カヤの前に置かれる。


「普通の靴に見えるけど?」


 ターニャが首を傾げる。

 親方は小さな身体に似合わず、豪快に笑った。


「こいつは安全靴だ。コジロー考案の踏み抜き防止用の中底と先芯入りだぞ」

「さきしん?」


 首を傾げるターニャたちに俺は説明してやる。


「例えば料理人の場合、厨房で包丁や重いものを足に落とした時、普通の靴だと怪我をするだろ。しかしだからと言って、騎士のように鉄靴を履くわけにもいかない」


 まぁ、包丁を落とすなんて料理人として論外とかいう意見もあるだろうが、それは置いておいて。


「だから、この靴にはつま先に保護用の芯が入れられているんだ。鉄、もしくは……」


 そこに親方が横から口を出す。


「コジローがボーリング・ビートルの殻を持ち込んでくれただろ。今回はそれで作ったから軽く丈夫に仕上がったぞ」


 なるほど、そいつは良さそうだ。

 まぁ、要するにこの靴は俺たちの世界で安全靴と呼ばれている物を模倣したものだった。

 普通の靴のような外観、履き心地を維持しながら、その守備力は非常に高い。

 ターニャたち戦う者にはぴったりの装備だろう。

 ネコビトで肉球と爪を備えた後ろ足で大地を踏みしめる俺には使えないのが残念だったが。


「さぁ、履いてみてくれ」


 親方に急かされ、ターニャたちは履き心地を試している。

 靴を試す場合は必ず両足とも履くべきだ。

 実は左右の足の大きさが五ミリも違う人だって居るからだ。

 きちんと靴下を履いた上で爪先を目いっぱい靴先に合わせ、かかとに指一本分ぐらいの太さの余裕があると良い。


「ぴったりだ!」


 さっそく履いて元気に歩き回るのはカヤだ。

 彼女のために用意したのは、地球で警察や軍の特殊部隊が使っていたようなごつ目のブーツだ。

 シールダーは敵とのもみ合いになることが多く、足元を負傷しやすいことから防御力と、格闘の邪魔にならない軽さ、動きやすさを重視して発注した逸品だった。


「さすが職人さんが私たちの足型を取って作ったオーダーメイド品。足にぴったりと合いますね」


 シックな編み上げ靴の形状をした安全ブーツを履いたユスティーナがロングスカートのすそを持ち上げながら足元を確かめる。


「うん、似合ってるな」

「そうですか?」

「ダンスには向かんかも知れんがな」


 その辺は我慢してもらうしかない。


 一方、ターニャはというと貴族らしいヒールのあるタイプの安全靴を履いていた。

 無論、戦闘用なのでその高さは抑えられてはいるが。


「うーん?」


 何やら足首を伸ばしたり曲げたりしている。

 それを見た親方が言う。


「靴は長時間に渡って行動を支えてくれる重要なもんだから、合わないと現場で泣くことになるぜ。頑丈な作りの革靴は、それだけ足になじみにくいから妥協せず、不具合があるなら言ってくれ」


 軍隊でも靴は歩兵の乗り物って言われるぐらいだしな。


「いや、ちょっと硬いかなって」

「悪路を歩くんだから硬い方が安全だろ」

「へっ?」


 これは分かってない顔だな。

 俺はターニャに説明してやる。


「山歩きの基本は、靴底は斜面に対してフラットじゃないといけないんだ。地面に着く靴底の面積が広いほど安定するからな。柔らかい靴だとどうしても爪先が曲がり接地面積が少なくなり滑りやすくなる。その点、硬い靴だと曲がりにくいから靴底全体が地面に密着しやすく滑りにくくなるというわけだ。険しい場所ほど硬い靴の方が安定性が高くなる」


 後は防水性だな。

 布靴より革靴、そして革でも硬い物になるほどより防水性は高まる。

 野外では足元が濡れると体力の消耗につながり、厳しい環境であるほど危険。

 そういう場所では天候も変わりやすいからな。

 晴れていてもいつ雨や雪に変わるか分からん。

 だから防水性の高い靴が求められるんだ。

 硬い革靴だと事前に雨が予測できるなら防水クリームも使えるしな。


 そして親方が口を挟む。


「それに硬いのは新品だからってのもあるな。履き慣らせばしっくり来るはずだ」


 まぁ、その辺は基本だ。

 履き慣れない靴をいきなり使うと靴擦れを起こすからな。

 履き慣らし、ブレイクインは必須だった。


 親方が提案する。


「頑丈さが売りの革の長靴は履きこなすのに時間がかかるんだが、短期間に慣らしたいなら、それはそれで方法があるぜ」

「だったら、それをやっておきたいわね」


 ターニャがうなずく。

 慣らしが短時間で済むなら、それに越したことは無い。

 そして、親方の指示で店側が用意してくれたのは、ヤカンいっぱいのお湯だった。


「まずは、靴の中に熱湯を注ぎ……」

「注ぎ?」


 そこで、俺は言ってやる。


「すかさず足を突っ込む!」

「できる訳無いでしょ!」


 間髪入れず、ターニャが俺に噛みつく。

 その様子に笑いをこらえながら、親方は革の長靴からお湯を捨てると言った。


「そうじゃなくて、すぐにお湯を捨ててから、足を入れて馴染むのを待つんだ」


 しかしターニャは靴を前に躊躇していた。

 俺は彼女を急かす。


「どうした? お湯を捨てたらさっさと足を突っ込め」

「そんなこと言っても、まだ湯気が出てるじゃない! 熱い、絶対熱いって!」


 そんなターニャを、俺はカヤに押さえてもらい、無理矢理長靴を履かせようとする。


「へっへっへっ、それじゃあハメさせてもらうぜ、お嬢ちゃん」

「い、嫌っ、そんな、入れないでっ! 熱っ、うわあああっ!」


 誤解を招きそうな騒動を起こしながら、ターニャの両足に革の安全靴は履かされた。


「ううっ……」


 涙目で俺を見るターニャ。

 苦笑しながら親方が言う。


「これで、乾くまで履いていると良いぜ」

「ああ、世話になった」


 俺は先芯入り靴の販売と、その収入の内の自分の取り分について契約済みの内容を簡単に再確認すると、ターニャたちを連れ靴職人ギルドを後にしたのだった。

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