30 魔導リボルバー
「鼻の下、伸びてるわよ」
呆れ顔でターニャが突っ込んで来る。
そんな訳無かろう。
俺が無反応でいると、ターニャはチッと舌打ちする。
何だ、カマをかけただけか。
一方、
「ご主人様から頂いたリボンでバレッタを作ってみました」
メイドのユスティーナは裁縫のスキルを持つため布製品の作成にボーナスを持つ。
その彼女がマジカル・キャッスル製の魔力が付与されたリボンで作ったのはシックな黒リボンの飾りを持つ髪留めだった。
俺の鑑定スキルで物を確かめると、女性の髪が保持する魔力で頭部に防護フィールドを展開するもので、その守備力は元となったリボンを上回り、ターニャの使っていた鉄製のフリッツ・ヘルメットをも凌駕する。
「これは一級のマジック・アイテムですね」
おっとりとしているマリヤ先生が珍しく驚いた様子で目を見開いている。
まぁ、この先生だからこのくらいで収まっている。
本来なら大騒ぎされるような代物だった。
周囲の生徒たちからも視線が集まる。
「素材が良かっただけですわ」
ユスティーナは謙遜するが、普通はその素材がそもそも手に入らないからなぁ。
「三つできましたので、ターニャ様とカヤさんにも」
「あ、ありがと」
ターニャは戸惑ったように受け入れ、ユスティーナにその柔らかな金の髪を預け、バレッタで止めてもらう。
ユスティーナはカヤの黒髪にも同様にバレッタを付けた。カヤはにぱっと笑って、
「お揃いー」
と楽しげに笑った。
その手に握られていたのは、
「あ、そうだ。コジロー、これできたよー」
カヤはレア職であるシールダーなので、シールダーが使える小型特定武器作成にボーナスがつく。
彼女が作っていたのは紫檀製のカスタムグリップ。
カヤが自分の手に合わせて削り込んだ物に、専用の工具を使って格子状の滑り止めが刻んである。
それを、休暇中に王都の技術屋に加工を頼んでいた回転式拳銃、リボルバーに取りつける。
円筒状の弾倉を振出すと、そこには銃弾の代わりに込められた六発の魔石があって……
「そ、それは火炎石! その輝きと瑕疵の無い完全さは国宝級の物じゃないですか。それが六つも!」
マリヤ先生が今度こそ声を上げる。
これは俺が先日魔王の爪痕から回収した、折れた魔剣の残骸から作ったものだ。
火炎石は水晶に真紅の混ざりものが閉じ込められたもので炎の精霊力を宿す。
通常なら何度か力を引き出したら壊れる使い捨ての品になるが、マリヤ先生が言うように国宝級の大きさと質を持つこれは壊れるまでにほぼ無限に近い回数、力を引き出すことができる。
完成品のリボルバーを鑑定すると魔導リボルバーと出た。
『ぶろうくん・ねこぱんち』と同等の威力を持つ呪弾を代償無しに六連射することができる一級品だった。
カヤは狩猟民族である人狼族故に革製品作成にもボーナスがついており、クイックドロウ・ホルスターも作っていた。
抜き撃ちの成功率に修正が付くもので、これに魔導リボルバーを収める。
しかし、
「はああぁぁっ!? それがこの段階で手に入る訳が無えだろっ!」
話に割り込んだのは、やはりと言うか勇者オギワラだった。
厄介なことになったなぁと俺は思いつつ、ため息をつく。
「てっ、てめぇ、これをどこで……」
カヤに迫るオギワラ。
その剣幕に怯えるカヤに掴み掛らんとするところを、俺は引き止めた。
そしてこう答える。
「魔王の爪痕からさ」
「なっ、こんな段階であそこに行けるはずが……」
行けるさ。
ちょっと裏技を使ってカミツキガメを倒せばな。
そもそも現実はゲームじゃないんだから、他にも方法はあるだろう?
まぁ、わざわざ教えてはやらんがね。
しかしオギワラはそこに気付くことなく、別のことに気を取られた様子だった。
「ちょっと待て! 魔王の爪痕で手に入る火炎石って言ったら、勇者ランドルフの炎のガンブレードの残骸か?」
炎のガンブレードは剣の柄の部分が回転式拳銃の形になった武器だ。
敵に斬りつけた瞬間に引金を引くことで弾丸の代わりに込められた火炎石の力を解放、炎の精霊力を剣を通じて叩き込むロマンあふれる魔導剣だ。
だが俺は回収したその剣から機関部を摘出して造ることのできる拳銃、魔導リボルバーの作成を王都の機械職人に依頼したのだった。
「魔剣の修復じゃなくてリボルバーなんてゴミの作成を選ぶなんて、脳みそが間抜けかお前!」
人を間抜け呼ばわりすんな。
『人は正義に駆られている時ほど反省を失うことはない』とは言うが、自分が正しいと盲目的に信じているやつは本当に厄介だな。
「魔剣の本体の方は別の用途に使わせてもらうさ。アクセラレータも生きていたことだし」
俺の言葉に、オギワラは信じられないといった様子で表情を引き攣らせた。
「てめえっ! 本気で剣を再生しない気か」
まぁね。
「別に。そちらと違って剣にはこだわってないからなぁ」
集団への対処は魔術に任せ、勇者は単体にしか攻撃できないが一発一発のダメージが高い剣を使うというのはセオリーだ。
実際、ボスキャラ戦ではそっちの方が有利だしな。
勇者ランドルフの炎のガンブレードは最強を目指すオギワラには欠かすことのできない装備なのだろう。
だが、俺は俺たちパーティに合わせた攻略のために範囲攻撃が可能な武器を選んでいた。
だから炎のガンブレードもカヤでも使える魔導リボルバーに加工した方が使い勝手がいいし、他の部分も別のアイテムに仕立てた方がより便利になるはずだった。
俺は魔王の爪痕で折れたガンブレードを入手した後、ユスティーナに再び憑依して現れた猫耳女神、遺跡の意識体との会話を思い出す。
全身に張り巡らされたナノマシンによる魔力強化神経の呪紋に淡い光を走らせるユスティーナ。
めったに外さない眼鏡を取って晒された素顔に浮かぶ微笑みは……
「こいつはまた猫耳女神様のご降臨か。どうかしたのか?」
俺の疑問に彼女は当然のように答える。
「何か、私に聞きたいことがあるのでは?」
それで現れたのか。
お節介な女神さまだ。
しかし、
「勝手にひとの内心を読みとるんじゃない」
これだけは言っておく。
何という神力の無駄遣い。
「大体、そんなこと言って本当は自分自身が出て来たいだけじゃ……」
「にゃー! にゃー! にゃー!」
猫耳女神は、わたわたと腕を振って大声で俺のセリフを遮る。
本当、こいつ俺が拾った捨てネコ、ネコジローそのまんまだな。
「何なんだ」
俺が眉をひそめると、真剣な様子でこう答える。
「せっかく降臨までして説明しに来てるんですから、不敬なことを言わないで下さいっ!」
わがままなやつだ。
「仮にも女神に酷いっ!」
「本当に仮だな」
カッコカリ。
猫耳女神はとうとう俺にすがりついた。
「間髪入れずカウンターで話を終わらせるのを止めて下さい、ご主人様~っ」
とうとう地が出たな、ネコジロー。
「しょうがないやつだな」
俺が喉元をなでてやると、ごろごろと喉を鳴らし始める。
今の俺はネコビトなんだから、ネコにじゃらされる巨乳のお姉さんという奇妙な絵面になるがな。
「うう、ご主人様必殺のゴッド・フィンガーがぁ」
「ほれ、説明するんだろ」
「うう、そうでした……」
撫でるのを止めると名残惜しそうにこちらを見て猫耳女神は話し始める。
「それで、聞きたいことというのは?」
「んー、まぁなぁ」
俺は魔剣の残骸の握りから取り外した石、火炎石とは別に付いていたオパールを前脚で転がし弄びながら聞いてみる。
「勇者ランドルフの炎のガンブレードはインテリジェンス・ソードだったよな」
「ええ」
俺の言葉に猫耳女神がうなずく。
しかし俺はそこが疑問だった。
「インテリジェンス・ソードって要は知性を持っている剣だが、俺にはこれがどうにも理解できないんだ。剣に物を考える仕組みが付いていて何の役に立つ? 話し相手にでもなってくれるって言うのか?」
まっとうなファンタジーファンが聞いたら無粋とも思えるだろうが、それが俺の正直な感想だった。
だが、猫耳女神は静かに首を振った。
「思考したり会話したりすることは、アクセラレータの持つ高度な演算能力を応用した副次効果に過ぎません」
「アクセラレータっていうのは、この石だよな」
VRMMOエインセル、そのソシャゲ版であるリバース・ワールドでは魔剣の制御用素材ということでオパールが必要だった。
俺の手元にあるのもそれなんだろう。
俺はしげしげとオパール特有の複雑な虹のような光彩を示す輝きに目を凝らす。
「はい。古代上位種と呼ばれる方々が作ったフォトニック結晶、あなた方の世界で言うところの光コンピュータです」
「こいつが?」
それは凄い代物だ。
俺たちの世界ではまだ理論の段階の技術だったはずだ。
「あなた方の世界のネットに接続して学習しましたが、昔、ステゴサウルスという恐竜の脳が非常に小さなことを知った科学者が、この恐竜は腰の辺りに運動をサポートする副脳が付いていたのだという説を唱えたことがありましたよね」
「その説なら、ずいぶん前に否定されたが」
トンデモ理論に分類される学説だった。
「ええ、ですが魔剣に搭載されたアクセラレータは、正にそのように働くのです。インテリジェンス・ソードの演算力は剣を握った手に、正確には手の中に焼き付けられた魔力素子による回路に働きかけ、肉体を制御し動きを最適化します」
「剣が持ち主を達人に変えるっていうのか」
持ち主の技量まで上げるというのも凄まじいな。
魔剣と呼ぶにふさわしい力だった。
「はい。これによりインテリジェンス・ソードの使い手は実力以上に素早く正確に腕を振るえるようになるのです」
腕をというのがポイントか。
利き手のみに魔力強化神経を施し加速するような部分的な効果なのだろう。
左右非対称な強化というのも趣味的で格好いいな。
「それなら、こういうのはどうだ?」
俺は手元にあるアクセラレータの使い道について、あるプランを猫耳女神に相談した。
話を聞いた彼女は驚いた様子で、回答をするまでわずかだがタイムラグがあった。
「……それは可能ですが、面白い発想をなさいますね」
ふむ、遺跡を造った古代上位種の時代には無かった発想か。
だから俺はこう言ってやる。
「知識には限界があるが、工夫には限りは無いということだろう?」
猫耳女神は笑ったようだった。
「そうですね。それが人の持つ無限の可能性というものなのでしょう」
そして、その可能性を信じているからこそ、遺跡の意識体である猫耳女神は人々に力を貸している訳なのだった。




