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3 お前のバックパックの中身を言ってみろ

 俺たちは倒したバイト・ラビットをそのまま運んで村まで逃げ込んだ。


 クッキングナイフで獲物の皮を剥ぎ、肉を切り分けて村で唯一の食堂兼宿に売り込む。

 コックの俺が解体を行ったので肉と毛皮は相場より一割ほど高く売れて行った。

 商人系の職業の特典だ。

 銀貨十枚なり。


「ご主人様、こちらも」


 ユスティーナも別行動で働いてくれていた。

 彼女が村の中を回って手に入れて来たのは古ぼけた素朴なお守り。

 この村の道具屋でも高値で売れた。

 こうして資金を作り、


「それじゃあアンチドーテを二つ、ヒーリング・ポーションを六個下さい。あと、仕掛け罠」


 俺は回復アイテムを買えるだけ買って応急手当ファースト・エイドのスキルを持つカヤに渡す。


 仕掛け罠は川に仕掛けて魚を獲るうけ、またはフィッシュポットと呼ばれるものだ。

 これは森育ちのカヤに頼んで近場の川に仕掛けてもらう。

 今の俺はネコだから、水は苦手だし。


「くぅーっ!」


 甲高い、奇声にも受け取れるような歓喜の声を上げながら、カヤは蒼く深い清流に身を躍らせ飛沫を上げる。

 それを俺とユスティーナは並んで見守る。

 リバース・ワールド時代から続くいつもの光景ってやつだ。

 カヤはこの小川が気に入った様子で満面の笑顔で水と戯れ、踊るように走り回り、くるっと振り返って俺たちに手を振る。

 その光景に俺たちも通りすがりの村人も、種族に関係なく笑顔がこぼれた。

 カヤは初対面の人々にも臆することなく、持ち前の笑顔を惜しみなく振り撒く。

 ラテン系を思わせる陽気さは獣人の血のせいか、それともカヤ独自のものなのか。

 そしてカヤは川の中でもこれぞという場所を狙って仕掛け罠を沈めた。

 流れが急な場所に仕掛ければ、入り口の返しが無くとも魚は身動きが取れなくなるのだという。

 それが終わると、俺は改めて言う。


「それじゃあ行くぞ」

「ええっ? 少しは休まないの?」


 ターニャが口を尖らせる。


「せっかちなのは女性に嫌われるわよ」

「本命が相手なら時間無制限で対応するさ」


 俺はそう言い捨てると、改めて今後の予定を告げる。


「トレーニング用ダンジョンへの道中には第一から第三エイド、三つの補給兼チェックポイントがあるが、今回は無視して裏道をショートカットする」

「しょ、正気!?」

「当たり前だ」


 貴様に正気を疑われるほど落ちぶれちゃいないぞ。

 一見きついように思えるがモンスターとの遭遇回数は最小になるルートだった。


「ええと、それが可能だとしてもチェックポイントを通らないと失格になるのでは?」


 常識的な指摘をあえてしてくれるのはユスティーナだった。

 彼女はパーティに必要なそういう役割ロールを演じてくれているのだ。

 だから俺も言葉にしてそれに答える。


「今回の課題は期間内にチェックポイントを通過しダンジョンをクリアすることだ。順序が前後しても問題は無い」


 チェックポイントに関してはダンジョンクリア後、ゆっくりと回れば良い。


「それは盲点でしたね」


 とユスティーナが言う通り普通はやらないというだけだ。

 補給がもらえるのは美味しいしな。


「それじゃあ、ここからが本番だ。各自装備を再確認しろ」


 俺の指示で各々が自分の装備をチェックする。

 カヤとユスティーナは問題ないだろうが、ターニャは怪しいので念のため確かめる。


「ターニャ。お前のバックパックの中身を言ってみろ」

「えっと、使う順番にきちんと詰めてるわよ。水袋と携帯食、着替え、あとは携帯治療ファースト・エイドキット」


 バックパックを下して中を見せながらターニャは言うが、


「おいおいパックしたままかよ。何やってんだ」

「ええっ?」

「包装はすべて取り除け。少しでもゴミが出ないようにするんだ」


 自然にゴミを捨てないようになんてエコな理由じゃないぞ。

 ゴミなど痕跡を残すのは、状況によっては命取りになるからだ。

 敵が追尾していたらどうする?

 ゴミを残せば位置だけじゃない。こちらの人数や食事内容から推測される体調コンディション、装備の充実具合など多くの手がかりを残すことになる。


「ガサゴソ音を立てる包装は隠密行動の妨げになるしな。荷物の隙間は着替えなんかで埋めろ」


 それに、


「しかも全部バックパックに詰め込んでるし」


 やれやれだ。


「これじゃ駄目なの?」

「アホかっ、頭を使え、頭をっ!」

「なによう、これでも勇者学園の座学の成績は主席なんだからねっ!」


 そういうことを言ってるんじゃない。


「何のためにバックパックに非常時すぐ下すためのクイックレリーズ機構が付いていると思ってるんだ。状況によってはバックパックを捨てて逃走しなければならない場合だってある。命に関わるような装備はポケットやベルトに直接身に着けるんだ。バックパックには予備を入れておけ。補充が必要になったらそこから使うんだ」


 例えばカヤが着ている人狼族ワーウルフの民族衣装であるベストやウェストベルトにはこのための大型のポケットやポーチがいくつも付いてるし、ユスティーナのメイド服は、メイドが盗賊系の職業クラスだって納得できる隠し収納、別名四次元ポケットが備えられている。

 まぁ、物を隠し持つのにスカートってやつは便利だよな。


「な、なるほど……」

「で、ポケットには何を入れていたんだ?」

「ハンカチに懐紙ティッシュ、あとお財布」

「それだけか?」

「それだけって?」

「ふざけんな! サバイバル・キットはどうした!」


 遠足に来た訳じゃないんだぞ。


「サバイバル・キットって、購買で売ってる探検家エクスプローラーセットのこと? どう使うのか分からない物が細々と入ってるけど、あれほんとに要るの?」

「お前なぁ……」


 俺は呆れながらも説明する。


「火を起こすための防水マッチ」

「ま、まぁ、それは分かるわ」


 防水と言っても頭にロウを垂らして覆っただけだが。使う時はロウを剥がしてから使う。


「灯り、熱源、そしてちょっとした防水に使えるロウソク」

「灯り以外にも使えるんだ」


 蜜ロウだから非常食にもなるぞ。


「救難信号の発信、それから気取られずに部屋の中や背後を確かめるのにも使う小さな青銅製の手鏡」

「えっ、外でも身だしなみを整えるためのものじゃないの?」


 そんな訳あるか。

 信号を送る場合には鏡を目元に構え、目標に向け反対の手でブイサインを作る。

 ブイの字の根元をサイト代わりに使って、反射光を目標に届けるのだ。

 鏡が無ければ幅広の刃物など、光を反射する物なら何でも使う。


「樹の間に張ったロープにかけて屋根にするか直接くるまって夜をしのぐための大判の丈夫な油紙」

「ああ、この小さく折り畳んである紙、そうやって使うんだ」


 油を引いて乾燥させた油紙は軽い割に耐水性があるからな。

 エマージェンシーシートとして使える。

 日本でも昔は旅や登山に使われていたという。


「汗で失われる塩分とミネラルを補給する岩塩のかけら」

「みねらる?」


 激しい運動により汗でミネラルが失われると筋肉が痙攣を起こす。

 端的に言うと足が攣って動けなくなるぞ。

 食料にも熱中症の予防も兼ねて塩分補給の為の塩飴を持ってきてるくらいだしな。


「緊急用シェルターを作るための木の枝を切るノコギリと簡易手術のメスとしても使えるブレードの二枚のツールを持つ折り畳み小型ナイフ」


 ドイツ軍で以前使われていたタイプと似たようなものだな。


「ああ、あんな小さなノコギリで何が切れるのかと思ったら、確かに木の枝ぐらいだったら大丈夫そうね」

「骨折した場合の添え木や杖を作るのにも使えるぞ」

「骨折っ!?」


 枯れ木はともかく、生木は切るのが大変だからノコギリが要る訳だ。

 あとは焚火をしたいが濡れた丸太しか無い場合、ナタ目を入れて乾いた芯を出してやると燃やすことができるが、ノコギリがあればナタなどの大型の刃物が無くても対応できるしな。


「場合によっては靴や防具などの革製品の修理にも使える頑丈な針と木綿糸が入った簡易の裁縫ソーイングセット」

「お、女の子の嗜みじゃないんだ」


 実用第一だから、ありがちな糸切りばさみや予備のボタンなんぞは入ってないぞ。場合によっては傷口もこれで縫う。

 もっとも消毒が十分でないとかえって悪化する可能性があるし、膿が出た場合に排出できるように工夫しないといけないので素人にはお勧めできないがな。


「靴紐の代用から拘束具、何かを束ねたり持ったりする場合に万能に使える細引きの紐」

「うう……」


 などなど、いざという時に必要不可欠な装備を小さな防水ケースに収めたものだ。

 俺たちのように戦う者にとっては最後の生命線のような装備だぞ。


「それとランタンはどうしたんだよ」


 勇者学園の購買で買えるのは遮光用のシャッターが付いた特殊なランタンで、すぐに光を抑えられるから不必要に自分の存在を知らせずに済むものだ。


「えっ、日が落ちるまでまだだいぶあるでしょ」


 俺はユスティーナ、そしてカヤと顔を見合わせる。

 ユスティーナはターニャに聞いた。


「予想外のアクシデント、例えば道に迷ったりして日が落ちたら、どうなさるおつもりです?」

「あっ!」


 だから野外活動では例え日帰りの日程でも灯りの携帯は必須なんだ。

 ターニャはユスティーナに教えられて初めてその可能性に気付いた様子で、焦ったように言い訳する。


「で、でも灯りなんてパーティに一つか二つあればいいんじゃないの?」

「どこまで能天気なんだよ。仲間とはぐれたらどうするつもりだ。俺たちは生きて帰らなきゃ意味が無いんだぞ」

「それはそうだけど……」


 まったく、


「いい加減にしないと粛清ゆうあいするぞ!」

「酷いっ、そんなことお母さんにしか言われたことないのにっ!」

「母親にこんなセリフ言わせたのかよっ!」


 ダメだこの女。


「そこに気が付かれましたか」


 俺の内心の声にユスティーナがちょっと感心したように言うが、


「いや、前から知ってたけどなぁ……」


 仕方が無い、パーティ全体用に予備を一つ用意していたのでそれをターニャに持たせる。

 本当に事前に確かめて良かったな。


「それじゃあ行くぞ」

「おおーっ!」


 カヤだけが元気良く答えてくれた。


アウトドアや防災の備えにも役立つ? コジローのサバイバル講座でした。

みなさまの誤字の指摘、ツッコミ、ご意見、ご感想、リクエストなどお待ちしております。

なるべくご期待に沿えるよう努力いたしますので。


※追記

済みません、感想の書き込みに間違って制限をかけてました。

解除しましたので、よろしくお願いします。

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