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27 病み切った結末

 迷宮のようになっている洞窟の最深部には、澄んだ水を湛えた地底湖があった。

 それに向かって目を凝らすターニャ。


「深さは…… 分からないぐらい深いわね」


 そして闇でも目が利く人狼族ワーウルフであるカヤは見つけた。

 ぽつんと置かれた小さな木箱を。

 一応、盗賊系の職業に分類されるメイドであるユスティーナが勇者学園の専門講習で学んだという罠鑑定のスキルで安全を確認してから開けてみる。

 木箱には罠も鍵もかかっておらず、簡単に開けることができた。

 中からはシュバルツ家の紋章が入れられた首飾りと手紙が一通。

 それをユスティーナから渡されたターニャが声に出して読む。


「お父様、お母様、先立つ不幸をお許し下さい。この世で許されぬ愛なら私たち、せめて天国で一緒になろうと思います。アルマ。 ……っ、そんな!」


 地底湖を覗き込むターニャ。

 しかし湖はどこまでも深く、底は見通すことができない。

 下手をすれば、地下水脈まで繋がっているかも知れなかった。


依頼主クライアントには悪いが、これ以上は無理だろう」


 そう告げる俺の言葉に、うなずくしかないターニャたちだった。




「これは確かにアルマの首飾り! ああ、アルマ、私たちが認めなかったからと言って、こんなことになるなんて……」


 後日、俺たちと共に首飾りと手紙をシュバルツ夫人に届けたターニャだったが、夫人は手紙を読むと泣き崩れた。


「あぅ……」


 悲哀に満ちたその場の空気に、悲しそうな顔をしたカヤがこちらをすがるように見た。

 気づけば、あくまでも表情を整えているユスティーナはともかく、ターニャもまたこちらをうかがっている。

 俺も万能じゃないんだが、と思いつつも俺は口を開いた。


「待って下さい。お嬢さんは事前に仮死状態に陥るようなマヒ薬を求めていたと聞きました。もしかしたら、これは偽装心中ではないでしょうか?」

「えっ?」


 顔を上げる夫人に、俺は笑いかけて、


「そもそも私たちがこれを見つけたのは最深部の地底湖のほとりです。果たしてお嬢様独りでたどり着けるものでしょうか? それに勇者であるランドルフ様に見つかることなく後をついて行くなんて無理かと思います」


 そうしてターニャを肘で突く。

 ターニャはそんなお人好しな発想の話に少しだけ苦笑すると、俺の意図に気づいた様子で一つうなずき、シュバルツ夫人に答える。


「勇者が、後を付いて来るお嬢さんに気付かなかったとは思えません。多分、最深部までの護衛を買って出て、そして偽装心中の手助けをしたんじゃないでしょうか」


 リア充だけあって、こういうときのターニャの口はよく回る。

 それはともかく、


「ほら、勇者であるターニャもこう言っていることですし、お嬢さんはきっと今でもどこかで身分を隠して、幸せに暮らしているんです。そうに決まっています」


 そう俺は断言する。

 その言葉に、シュバルツ夫人も小さく笑みを見せた。


「そうね、そうだといいわね」


 その笑顔にカヤが笑う。


「うん!」


 そして夫人は俺に笑いかける。


「本当にいい子ね」

「ええ、自慢の友人です」


 夫人と俺の言葉に、照れたような笑みを浮かべるカヤ、とターニャ。

 ターニャ、お前のことじゃねぇよ。

 こうしてシュバルツ夫人を励ました俺たちは、また遊びに来ることを約束してその場を辞した。




 ターニャの家に帰り、ユスティーナが淹れてくれたお茶で一息つく。


「ご主人様、お砂糖はどうされます?」


 紅茶はストレートでも飲むが、甘いのも嫌いでは無い。

 ユスティーナが淹れてくれるのなら、だが。


「一杯」


 端的に答える。


「はい、カヤさんは?」

「いっぱい!」


 答えは同じだったが、もちろん意味は違う。


「ふふっ、分かりました」


 ネコ舌な俺とお子様なカヤには、適度に冷まされたものが出される。


「私はメイドであって、通を気取る茶屋の亭主ではありませんからお茶は必ずしも熱々である必要はございません。熱いのが苦手な方にそんなものを出しても舌を火傷するだけ。真のメイドは仕える方が快適に過ごせるよう、心配りをするものです」


 とは、ユスティーナの言葉だ。

 それが納得できる美味しさを持つ、ミルクたっぷりの紅茶で喉を潤してからターニャに向かってこう言う。


「しかし、おかしい点がいくつかあるぞ。まず今回のような手で偽装心中するんだったら、わざわざマヒ薬なんて用意する必要が無いだろう。あの手の薬品は特殊で足がつきやすい。手に入れたことに気付かれたら偽装心中しようとしていたことがばれるぞ」

「それは……」

「それと何で遺書がアルマ嬢の分しか無かったんだ? 二人で心中したなら男の方のも無いとおかしいだろう。ここから考えられるのは……」




 アルマ嬢に洞窟へと呼び出される男。

 飲み物を勧められた彼は、それを飲み干した直後、マヒしてしまう。

 それを確認して微笑む少女、アルマ。

 愛おしげに男を見つめるその瞳はどこか壊れていて。


「……っ」


 マヒしたまま、何故、と問いたげな男に微笑んで答える。


「私、マックオート様の恋人ですから」


 男の身体を引きずりながら地底の湖に入って行くアルマ。


「この世で許されぬ愛なら、せめて天国で一緒になりましょう?」


 湖に身を沈め、男を抱きしめる。


 ……やっと二人っきりになれましたね。マックオート様。




「どんな道理も関係ない。ただ『好き』ということは、それだけですべてをしのぐからな。これが真実……」

「止めてよ! 怖すぎるわ!」


 そんな病み切った結末は、さすがのターニャも嫌なようだった。




 休暇を終え、ターニャのジャンプの魔術で勇者学園へと帰った俺たちを待っていたのは、


「勝負だ落ちこぼれ共!」


 山ごもりでもして特訓していたのか顔や身体に傷跡を数多く作り迫力二割り増し、うざさ五割り増しにパワーアップしたベンソンだった。

 休み明けに見るには暑苦しすぎるそれに、俺もカヤたちもげんなりする。

 もっともユスティーナだけは涼しげな表情を崩さなかったが。


「先生、学園内の私闘は禁止されているって分かっています?」


 仕方なしにうんざりしながら答える俺に、ベンソンはぐっと詰まった。

 その辺、考えてなかったのかよ。仮にも教師だぞ。


「いっ、いいや、これは私闘ではない。指導、そう、指導の一環だ」


 この場で思いついたのが丸分かりな言葉だった。

 やれやれだ。


「それじゃあ、次の授業で?」

「うむむむっ、よ、良かろう。逃げるなよ!」


 俺の辞書には戦略的撤退という言葉にはっきりとマーカーが塗ってあるんだが。

 まぁ、付きまとわられるよりマシか。

 だから、俺は言ってやる。


「負けたら先生の指導を受け入れるとして、俺たちが勝ったらどうするんですか?」


 ベンソンの変化は劇的だった。

 赤鬼オーガのように頭に血を上らせ、歯をむき出して凄む。


「貴様っ、卑怯な手段で一度ぐらいまぐれ勝ちしたからと言って、いい気になるなっ! 俺様が本気になれば貴様らなど一ひねりなのだぞ!」


 まぐれ勝ちねぇ。

 ベンソンの中では先日の敗北はそのように片付けられたようだ。

 無駄なプライドが邪魔をして、真実を真正面から見つめることができないらしい。

 バカバカしいが、今後のためを考えて話を進める。


「先生の主張では、強い者が正しいんでしたよね。その論法なら俺たちが勝てば、正しいのは俺たちになる」

「あり得ん! そんなことはあり得ん!」


 世の中にあり得ないことなど無い。


「そう思うなら、今度は文句が無いよう全力で来て下さい。そして、もし俺たちが勝ったら、もう俺たちのやり方に口を出さないと約束して下さい」

「貴様っ、教師に向かってその態度は何だ!」


 いきり立つベンソンに言ってやる。


「この勇者学園では生徒の自主性が何よりも尊重されています。先生の指導を取り入れるか否かは、それこそ生徒自身の選択によるでしょう? もしそれで痛い目に遭ったとしても、それは生徒自身がその身で責任を取ることになるのだから」


 この勇者学園は神殿の後ろ盾によって運営されている。

 その神殿が信仰しているのが救済の女神である猫耳女神バステト、つまり遺跡の意識体だった。

 そして、遺跡の意識体はこの世界の人々自身が持つ可能性というものに着目し、その力を貸しているのだ。

 だから学園の校風も、その教えに沿った生徒の自主性を重んじるものとなっていた。

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