26 マックオート死ね
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「まあまあ、勇者様、ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりましたのよ」
ターニャと俺たちを迎えたのは先代当主の奥方だった。
品の良い黒のドレスは喪に服しているのか。
初老の域に達しているのだろうが、その立ち居振る舞いには陰りを感じさせない若々しさがあった。
「お待たせしました。えっと、シュバルツ夫人?」
ターニャのたどたどしい挨拶にも笑ってうなずいてくれる。
「はい。それから、お仲間の方々もようこそおいで下さいました」
俺たちに目を向けるシュバルツ夫人に、ユスティーナはメイドとしての礼をする。
カヤはというとどうして良いのか分からない様子で俺を見た。
なので、俺は一礼すると自己紹介をする。
「初めまして、シュバルツ夫人。我々はターニャ嬢とパーティを組んでいる者達です。私のことはコジローとお呼び下さい」
そう言って胸を張る。
俺はタキシードキャットと呼ばれる白黒ネコ、この毛並みが俺の正装だ。
「こちらに控えているのがユスティーナ。そしてこちらがカヤ。彼女たちは見ての通りメイドと人狼族です」
「あぅ」
紹介を受けて緊張した面持ちのカヤだったが、夫人は目を輝かせて、
「まぁ、それでは勇者学園の教師にお勝ちになったのが、こんな可愛らしいお嬢さん方だと言うのですか? 素晴らしいわ!」
そう言ってカヤの手を取り上下に振った。
シュバルツ夫人は、一目見てカヤたちのことを気に入った様子だった。
まぁ、子供のように小柄で、かつ人狼族特有の狼の耳を黒髪の間からぴんと立たせたカヤを見たなら、かわいい物好き、子供好きなご婦人なら皆、このような反応をしたかも知れないが。
その反応に、カヤの方も笑顔になる。
子供らしく無邪気にハグして頬にキス。
一方、この分では俺たちがベンソンに勝ったという話はかなり広まっているのだろう。
俺は面倒なことにならなければいいがと密かにため息をつく。
「あぅ、よろしくおねがいします?」
語尾を微妙に跳ね上げるカヤ。
そう答えるのが正しいのか自信が無いのだろう。
そんな初々しい反応に、益々好印象を持たれたようで、カヤはシュバルツ夫人に手を引かれ、応接間の椅子まで案内されたのだった。
しばらくは、ここ最近の王都の噂話、そして夫人にせがまれてターニャが話したベンソンとの勝負のことの顛末などを話して親交を図った。
香草茶などの代用茶ではなく本物の紅茶が出され、俺たちは春摘みの香り豊かな淡い黄金色のそれを堪能する。
もっともカヤは緊張したのか香りも分からない様子で舌を火傷していたが。
「あぅ……」
涙目のカヤに、シュバルツ夫人は益々目を細めていた。
そうして、そろそろ頃合いかと感じた俺は居住まいを正した。
「それでは、本日私共をお呼びしたご用向きをお聞かせ頂けますか」
「そうですね、ことは三十年前。私共にはアルマという娘が居りました」
三十年前といえば、ターニャたちはもちろん生まれるより前、先代の勇者が王都に迫る魔王と激しく戦っていた頃の話だ。
「娘は一人の男性と恋に落ちましたが、その相手に問題があったのです」
「それは……」
「相手はマックオート男爵。当時、浮名を流したことで有名な男でした」
「あんたと一緒ね」などといった、ターニャからの突っ込みを待った俺だったが、こいつにしては珍しく真剣な様子でシュバルツ夫人の話に聞き入っており、そんな気配はなかった。
それにどこか物足りなさを感じながら、俺は夫人に話の先を促す。
「もちろん夫も私も娘が騙されているのだと反対をしました。ですが、それが良く無かったのでしょうね。ある日娘は手紙を残して駆け落ちをしてしまったのです。探そうにも当時は魔王が王都に迫り、勇者ランドルフ様が、それと懸命に戦っていた折。ろくに捜索の人も出せず…… また主人は、自分の言葉に従わず家名に傷を付けるような真似をした娘が許せなかったのでしょう、主人の命で、我が家には娘は居なかったことにされたのです」
夫人の表情には、やるせない思いがにじみ出ていた。
「それきり三十年が経ち、先日夫が亡くなりました。それを機会に閉ざされていたアルマの部屋を片づけていて、あの子の日記を見つけてしまったのです」
日記には相手の男への想いと理解してくれない親への悲しみが切々と書かれ、そして……
「娘が男と約束した駆け落ちの地が分かったのです。それが魔王の爪痕」
その言葉に俺は目を見開いた。
縦に長いネコ目な瞳孔も丸くなってるんじゃないかな。
「……勇者と魔王が何度も剣を交わしたことで知られる洞窟ですね」
「そんな危ないところにどうして!」
ターニャの言葉に、シュバルツ夫人は答えた。
「娘はランドルフ様が、あの洞窟に向かうことを知っていたのです。ですから、その後を隠れてついて行けばたどり着けるだろうと考えたらしいのです」
「なるほど……」
それならば戦闘に素人な貴族の令嬢でもたどり着けたかも知れない。
「分かった」
そううなずいたのはカヤだった。
「魔王の爪痕に行って、確かめて来る」
「よろしいのですか?」
俺たちの中でも一番幼く見えるカヤが答えたのが意外だったのか、シュバルツ夫人はこちらを気遣うように問いかけた。
俺は表情を整えるとうなずいた。
「大丈夫でしょう。先代の魔王が勇者ランドルフと共に行方が分からなくなって三十年が経ちます。確かにあの曰く付きの洞窟に近づく者はおりませんが、それほど強力なモンスターは居ないはずですから」
「そうですか。あなた方がそう仰るなら確かなのでしょうけど、無理はしないで下さいね」
心配する夫人に、カヤは笑顔で答える。
「大丈夫。コジローに任せて置けば間違いないよ」
その信頼がどこから来るのか、俺は本当に疑問なんだがな。
帰りもあの執事が馬車で送ってくれる。
そして別れ際、ターニャたちにそっと話してくれた。
「お嬢様の探索、くれぐれもよろしくお願いします」
「執事さんも、お嬢さんのことご存知なんですか?」
ターニャが尋ねる。
「私もシュバルツ家にお仕えして長いですからな。それと一つだけ、お話があります」
「はい?」
「当時、お嬢様は特殊な薬を買い求めておりました」
「特殊な薬?」
「はい。飲んだ者の体をマヒさせる…… 意識はそのままに、それこそ死んだように見せかける薬です。もしかしてお嬢様は偽装心中を図ろうとしたのかも知れません」
「そう、ですか……」
それが何を意味するのか、その時点ではターニャには分からない様子だった。
王都から北西に数刻程度の距離に、それはぱっくりと口を開いていた。
「ここが魔王の爪痕……」
中からは甲高く、吠えるような、それとも悲鳴のようにも聞こえる風鳴りの音がする。
それが今なお残る先代の魔王の叫び声だという話が広まっていて、近づく者は誰も居なかった。
「いかにもそれっぽいよな?」
俺はターニャに言ってやる。
まぁ、この音はただの風切り音。
風の通り道の加減で鳴っているに過ぎないと分かっている。
いずれにせよ中へと足を進める。
魔術を使うモンスターも生息しているが、魔力ダメージ軽減の加護の付いたマジック・シールドと鎧のお蔭でこちらの受けるダメージは抑えられる。
そして、
「クレイモア!」
その名の通り、長大な両手剣で薙ぎ払うかのように帯状に放たれる石つぶて。
俺が新たに使えるようになったこの魔術はダメージこそ『ねこ・ぐれねーど』とほぼ変わらないが、より広範囲に作用し敵を薙ぎ倒す。
まぁ、俺にしてみるとクレイモアって言ったらアメリカ軍が使う弁当箱のような指向性地雷、片面に詰め込んだ鉄球を扇状にばらまくあれの方がしっくりくるんだが。
俺の目指す最強のコック、セ○ールも映画で使ってたし。
そうして俺たちはモンスターを倒しながら洞窟を進んだ。
「これは凄いわね」
奥に進むに従って高温に炙られた痕のある壁や爪で抉られたような地面、そして剣で傷付けられた岩などが転がっているのが見つかる。
当時、魔王と勇者ランドルフが繰り広げたと言われる戦いの凄まじさを物語っていた。
「これに対抗できたなんて勇者って凄いものよね」
他人事のように言うターニャには、こう答えてやる。
「まぁ、人が到達できる極みだからな」
そんな古戦場で俺はふと気になる物を見つける。
「うん、何か落ちてる?」
錆びついた棒状の鉄の塊が落ちていた。
「剣?」
元は長剣だったらしいが切っ先が欠けて失われていた。
クッキングナイフを鞘から抜いて背で軽く叩いてみる。
手応えを確かめた後、一つ頷いてそれを丁寧に布で包み狭い洞窟内でつっかえないようバッグの側面にくくり付けた。
「これでよし」
そうして、さらなる深部へと進む。




