24 日本人のDNA
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散々な目に遭ったので、コタツのことは忘れ、料理に没頭することにする。
今晩は、ファイヤーボアーの肉と買ってきたたっぷりの野菜とキノコを使ったボタン鍋。
普通、肉は煮込み過ぎると固くなってしまうが、イノシシ肉は逆に柔らかくなってくれる。
だから十分煮込んで同時に出汁を取る。
椀によそってターニャたちに出してやると、もう我慢ができないといった様子で食べ始める。
「おいしーっ! 何、このぷりぷりのお肉ーっ!」
ターニャが叫ぶ。
純白で弾力性のある脂身部分が絶妙の引き立て役となって肉の味を良くするのだ。
コクがあるのに豚のように脂っぽくならない。
イノシシ肉には不思議な旨味がある。
「牛とも豚とも違う。森で、みんなで食べた味だ」
カヤは故郷の森を思い出したのかしんみりした様子で言う。
もっとも、食事を進める手はまったく止まらなかったが。
「これは、秀真国から伝わったミソスープですね。独特の風味が肉にも野菜にも良く合います」
秀真国からは、味噌、醤油がこの地にも伝わっていて俺も確保していた。
携帯用に粉末タイプも売られているのだ。
旧日本帝国陸軍では戦闘食としてそういったインスタントタイプを開発していたし、それ以前、戦国時代に遡った辺りから、糧秣として似たようなものは存在していたという。
だから、この世界でも普通に流通していたのだった。
「いや、しかしこれは腹の底から温まるな。飯が進む」
食べ始めているというのにますます腹が減っていくかのよう。
煮込んだ野菜は甘くシャキシャキとしているし、肉の脂の旨味を吸ったキノコもまた美味だ。
イノシシの肉を使ったボタン鍋、それから豚汁なんかもそうだが肉と味噌の旨味だけで十分な上、それぞれの旨味成分が相乗効果を持つ。
だからそれ以上の出汁は余計、加えないのが最も美味い。
また、この街では白米も手に入る。
久しぶりに食べる米は、シンプルでありながら美味いこと。
米がこんなに甘いものだとは思わなかった。
ボタン鍋の塩気と旨味を受け止める白いご飯に魂に刻まれた日本人の味覚が深く満たされる。
日本酒が欲しいな、などと思いつつ俺たちはイノシシ鍋を完食したのだった。
そして翌朝。
「さて、この街に来た目的を果たすとするか」
「ええーっ、イノシシ鍋を食べるために来たんじゃないの?」
「そんな訳があるか」
この街では今でも細々と稼働しているプラントが作成した、魔力を付与した防具類が買えるのだ。
このプラントが、まるで城のようにそびえ立っていることからこの街はマジカル・キャッスルと呼ばれているのだった。
「魔術ダメージを軽減するマジック・シールドは軽量だから、全員が使える」
何しろネコビトでコックの俺でも使えるくらいだからな。
「ええっ、じゃあ、これとレジストマジック、魔力ダメージ軽減の加護を付けてある鎧を合わせれば完全にダメージをゼロに……」
「できるわけないだろ」
「えーっ」
まったく、こいつは。
「魔力ダメージ軽減の加護は足し算じゃなく掛け算なんだ。盾でダメージを四分の三にしたものを、鎧で更に四分の三にする計算だな」
「えーと?」
ターニャが分かったような分かっていないような様子で首をひねる。
「つまり、同じ魔力ダメージ軽減の効果を持つ防具を併用しても、思ったより受けるダメージは減らせないということでしょうか?」
そう、ユスティーナの言う通りだった。
「後は盗賊系の職業の者が使えるマジックリボンか」
サムソンとデリラではないが、髪、特に女性の長い髪は魔力の源とされる。
それを飾るこのリボンはまとった魔力により鉄カブトすら上回る防護フィールドを頭部に展開することができるという。
ユスティーナの銀の髪に映えるよう、黒のリボンを買って渡してやる。
ユスティーナはそれで髪を結い上げ、俺に微笑んでくれた。
露わになった光妖精特有の尖った耳と白い首筋がまぶしい。
「おかしなところはございませんか?」
万事控えめな彼女に、俺は笑顔で答えてやる。
「いいや、綺麗だよ」
ユスティーナは慎み深く、頭を下げるのだった。
こうして俺たちは勇者学園へと帰って来た。
他の訓練生はようやくトレーニング用ダンジョンをクリアしたところだった。
そんな中、俺たちと共に地下都市群で特別講習を受けたオギワラはと言うと、
「さすがオギワラ様。この短期間で女神の加護をお受けになって戻られるとは!」
実技担当の脳筋な教師、格闘家のベンソンに盛大に持ち上げられていた。
「ふむん?」
俺はさりげなくオギワラたちを観察する。
ゲーマーズ・ランドで戦ったドッペルゲンガーの様子から、魔力強化神経の呪紋をオギワラが受けていることは分かっている。
次に手に入るのは狂戦士化の呪紋だったが、賞賛を受けているのはオギワラ一人。
どうやら力の塔まではこの特別講習の期間にはたどり着けなかった様子だ。
まぁ、地下都市群にはまた行く機会があるため、その時に得れば良いのだが。
そうして、俺たちに気付いたのかオギワラがこちらにやってきた。
ターニャの方を不躾にじろじろと眺めて、納得したようにこう言い放つ。
「ハッ、女神の加護をもらえるところまで進むこともできなかったか。これだから料理人をやるようなゆとりは。エインセルガチ勢なめんじゃねぇよ」
魔力強化神経の呪紋は勇者に入れるべきというネトゲの定石に凝り固まったオギワラは、ターニャにそれが無いことを認めたのかバカにしたように笑った。
まぁ、それを入れているユスティーナは露出しているのは眼鏡に隠された顔と手のひらだけというメイド服姿なので分かりづらいだろうし、ターニャが入れている狂戦士化の呪紋は、背中、第十二肋骨の周囲に刻まれているだけだから実際に発動したところを見ない限りは分からないだろうがな。
俺たちが倒したのはオギワラたちのコピー、ドッペルゲンガーであって本人では無い。
だからオギワラが俺たちの状況が分からないのは当然だったが……
俺は苦笑する他無い。
「何がおかしいっ!」
俺の笑いを嘲りと取ったのか、オギワラが腰の剣に手をかける。
魔力強化神経の呪紋を入れた者特有の驚異的な速度。
その力に酔ったようにオギワラの口元が愉悦に歪む。
しかし、
「お止め下さい」
それより先に滑るようにオギワラの懐に入ったユスティーナが、剣を抜こうとしたオギワラの手を押し止めていた。
「ぬぉっ!」
オギワラの顔色が変わる。
さて、自分より早くユスティーナが動けたことに気付けたか?
だがそこに、教師であるベンソンが割り込んだ。
「止めんか貴様!」
そう言って、ユスティーナを乱暴にオギワラから引き剥がす。
まるでユスティーナが悪いかのような振る舞いだな。
ユスティーナは逆らわずにベンソンの手から逃れ俺の後ろに控えたが、それが更にやつの神経を逆なでしたらしい。
居丈高に俺たちに迫る。
「落ちこぼれの集まりの分際で、礼儀を知らんやつらだ。次の講習ではその根性をこの俺様が直々に叩き直してやる!」
そういえば次の講習はトレーニングダンジョンクリア後の力を量る実力テストだったな。
「先生直々に?」
「ああ、本来なら貴様らの相手などしておられんが、今度という今度は見過ごせん。貴様らに、強さが正義だということを教えてやろう」
ベンソンはそう言い放つのだった。
「何で、あの先生はあんな風なのかしらねー」
ターニャがため息交じりに言う。
寮の男女共同棟にある談話室で、俺たちは休息をしていた。
「力が正義だと強制されて生きてきたからだろ」
俺はそう答える。
別に彼が特別に歪んでいる訳でも無い。
格闘技に限らずスポーツの世界、勝負の世界では良くある話だ。
人間性とか人格とかは関係ない。
そういった世界では勝者こそが正義なのだ。
「暴力や権力によって不当に服従を強いられ、人権や尊厳を踏みにじられるのは屈辱だろう? そういうみじめな自分から逃れるために、ああいう連中は力による強制を正しいことだと自分を騙し、他人にもそれを強要するんだ」
それが間違っているとうすうすわかっていても、いや気付いているからこそ、認めたくないから嘘をついてごまかし逃避する。
人に対しても、自分自身に対しても嘘をつく。
そういうことを重ねていると、自分が嘘をついているということすらわからなくなってしまう。
「それに何も疑問を持たないというのもおかしな話かと思いますが」
ユスティーナが理解できないとでも言うように首を傾げる。
後ろでリボンにまとめられた銀糸の髪が、絹のメイド服にさらさらと流れた。
俺はハーブティーを一口含み、喉を潤してから答えてやる。
「『嫌なことがあっても我慢するのが大人』と信じてるんだろ。実際には、そういう人間は『他人にも嫌なことを我慢するよう強要する偏狭な大人』になりがちなんだがな」
「アタシは『人にされて嫌だったことは他人にはしない』って教わったわ」
珍しくまともなことを言うターニャに俺はうなずく。
貴族の割にまっとうな教育を受けてきたんだな。
『おのれの欲せざるところ、人に施すことなかれ』
孔子の教えにもある有名な言葉だ。
「それが普通だが、そうは考えないんだ。彼らは『俺だって我慢したんだからお前も我慢しろ』と考える」
ターニャたちが息を飲む。
俺は口元を笑みの形に歪めた。
「そうしないと、強者に諾々と服従してきたみじめな自分を自覚してしまうからな。その恐怖に耐えられないから盲目的に他人にも同じように力に服従することを強要する」
誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者が、犯人と長時間過ごすことで、犯人に対して過度の同情や好意等を抱くことをいうストックホルム症候群の変形だな。
あれも自分の生命、人権を犯罪者の好きなようにされる、脅かされる恐怖に長時間さらされることに耐えられないから、犯罪者の行為を正当化して自分を誤魔化すんだよな。
「それが間違ってるって、カヤにだって分かるのに?」
カヤが珍しく考え込むようにして言う。
ああ、彼女も力で人生を変えられた一人だからか。
俺はため息交じりにこう答える。
「あいつらが顔を上げていられるのは、自分を偽り、真実を見て見ぬふりをしているからだ。そしてそういう人間は、そうしようとしない俺たちのような人間を殺してやりたいほど憎むんだ」
それが現実というやつだった。
まぁ、反面教師も教師の内とも言うし、ああいうのも必要なキャラクターかも知れんがね。
「何にせよ、俺は降りかかる火の粉は払う主義でね」
だから戦うしかないだろう。




