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23 炎のイノシシ

 力の塔。

 まだ警備システムが生きているコンテナに触れると警報ならぬサンバのリズムがどこからか流れ、筋骨隆々とした男の姿を持つ筋肉スライムたちが三体現れた。


「ひん」


 一目で怯むターニャだったが、ぐずぐずしている暇は無いぞ。


「はっ!」


 ユスティーナのライトニング・マチェット+2が筋肉スライムをまとめて薙ぎ払う。

 雷撃小のスタン効果で瞬時動きを止める筋肉スライム。


 好機と見て、カヤはブラックジャック+1を振るう。

 うーん、強化されているとはいえ、ブラックジャックでは分厚い筋肉を前にあまりダメージは通っていない様子だった。


 反撃をもらうが、カヤにだって鋼の盾がある。

 ブラックジャックごと盾に装備された右手用の取っ手を握り、両手で防御すればダメージもかなり減る。

 ブラックジャックは威力こそ低いが、こういったシールダー特有の防御アクションを邪魔しない利点がある。

 シールダーは高い体力を誇ることもあり、カヤは問題となるほどのダメージは受けなかった。

 ユスティーナや俺が食らうと結構まずいレベルの攻撃ではあるが。


 筋肉スライムはカヤを攻撃したものの見事に耐えられ、その反作用で逆に弾かれたように後退する。

 俺はその間隙をついてネコ印の魔力による手榴弾を投げ込む。


「ねこ・ぐれねーど!」


 筋肉スライムたちの中心で炸裂、轟と衝撃が走る。

 その爆発が治まった時、立っていたのは満身創痍の筋肉スライムが一体だけだった。


「今だターニャ!」


 そこでようやく動いたターニャが、女王のムチ+1で敵一体に大ダメージを与えるハードスラップのスキルで止めを刺す。


「倒せ、た?」


 呆然とした様子でターニャがつぶやく。

 彼女にとってこの筋肉の塊は越えがたい鉄壁、肉のカーテンだったのだろう。

 それが倒せたことに戸惑いを感じているのだ。


 だから、俺は言う。


「武器を強化し、防具を揃え、呪紋を刻み、そして筋肉痛に耐えながらドーピングアイテムで肉体を強化したんだ。もう、お前は貧弱だった昔のお前じゃない」

「コジロー……」

「それが、努力が報われる喜びだ」

「うっ!? ううーっ、ううーっ!」


 一転してもだえ苦しむターニャ。

 今、彼女は肉体を使った労働への喜びなどという勝ち組セレブには関係ない世界に足を踏み入れ、リア充である自分のアイデンティティに揺らぎが生じているのだった。


「さぁ、まだ開けていないコンテナは大量にあるぞ」


 俺は問答無用でターニャを戦闘に巻き込んで行く。

 こうして俺たちは警備の筋肉スライムたちを倒しまくるのだった。




「いやぁ、見る見るうちにレベルが上がるな」


 この力の塔に来たのは資金調達のためなのだが、同時に強敵である筋肉スライムを倒すことでレベル上げもできていた。


「金も溜まったし、今回の実習の最終目的地、マジカル・キャッスルに向かうか」


 そして俺たちはビア・ガーデンの街まで戻って休んだ後、次の目的地へと出発したのだが。




 赤いイノシシ、ファイヤー・ボアーの前に火球が生成される。


「まずい! 防御姿勢!」


 その場に伏せる俺たちの真ん中に飛んだ火球が爆発的に膨れ上がり、俺たちをなぶった。


「なっ、これってファイヤー・ボムの魔術!?」


 思わずと言った様子でターニャが叫ぶ。

 マジカル・キャッスル付近では、その名の通り魔力素子の濃度が高い。

 それを取り込んだ野生のイノシシはいつしか魔力を扱うための魔力経路を体内に構成し、そして魔術を身に着けるまでに至ったのだ。

 ゲーマーズ・ランドでクラウンから防具にレジストマジック、魔力ダメージ軽減の加護を付けてもらっていなかったら死人も出ていたところだ。


「気を付けろ、やつは魔術を使いこなすだけじゃない。こちらの火炎系の魔術を無効化してくるぞ!」


 ねこ・ぐれねーどが効かないと見た俺は氷系の魔術に切り替え攻撃する。


「あいす・ねこぱんち!」


 火属性のファイヤーボアーには、良く効いたようだった。

 だが、


「きゃあああっ!」


 ファイヤーボアーの突進を避け損ねたターニャが吹っ飛ばされる。

 ファイヤーボアーの怖さは魔術だけでは無い。

 三百キロ近くの体重から繰り出す突進、鋭い牙の一撃は敵に大ダメージを与えるのだ。


「ターニャ、大丈夫?」


 カヤがアイテム応急手当ファースト・エイドのスキルで手持ちのヒーリング・ポーションを消費してターニャを治療する。


「もう、このぉっ!」


 何とか持ち直したターニャのムチの乱打がファイヤーボアーを激しく打ちのめすが、致命傷にはならない。


「むぅーっ」


 見るからにやる気をなくすターニャに俺はささやいた。


「美味そうな肉だよな」

「肉?」


 ぴくりとターニャが反応する。


「ああ、イノシシ肉は牛とも豚とも違う野生肉ジビエの味わいが素晴らしいと聞くぞ。鍋にしたらさぞ温まるんだろうなぁ」

「肉……」


 そして、ターニャはファイヤーボアーに飛びかかった。


「肉ーっ!」


 生死がかかった極限状態でぶら下げられたニンジンならぬイノシシ肉に飛びついたターニャは、その野性を解放したのだった。




 雪の重みで折れた太い枝からユスティーナのマチェットで小枝を払って担ぎ棒に。

 仕留めたファイヤーボアーの足を、その辺から採集した蔓で縛って担ぎ上げる。

 こうしてマジカル・キャッスルの街まで丸ごと運んだのだが、イノシシの身体の造りは豚に似ているため、解体は養豚を経営している街の住人にしてもらった。


「さすがだな。豚は骨、尻尾、ひづめ以外はすべて食用に加工するって聞いたことがあるが」


 俺はその手際に感心する。

 血液ですら腸詰め、ソーセージにするのだ。

 胃、腸の他、膀胱にも肉を詰めてソーセージやハムにしてしまう。

 そこには一片の無駄も無かった。


 豚と違って毛皮も取れるので毛皮を専門に扱っている業者に引き取ってもらった。

 敷物か何かに加工してくれるだろう。


 肝心の肉は、自家消費する分以外はすべて売り払った。

 これだけの肉を卸せば街の住人達も楽しめるだろう。


 そしてその日の晩は民宿に泊まるが、ここにはなんと、この世界の日本に相当する秀真国から、コタツが伝わっていた!


「おおおおお……」


 ネコとコタツとミカン、これは冬のお茶の間の三種の神器なのだ。


「くぅ? あったかだ」

「ほら、あんたも痩せ我慢せずに入りなさいよ」


 俺を差し置いてさっさとコタツに入っているターニャに、何故か上から目線でそう言われる。

 何ともしゃくだったが、


「ううっ、逆らえないっ」


 耐え難い誘惑が俺を襲う!

 やはりネコの本能には勝てないのか!?

 ふらふらと引き寄せられ、潜り込むが、


「ふぎゃっ!」


 前脚がスカって転げ落ちる。


「ああっ、コジローがっ!」

「掘り炬燵だったのか……」


 オチが付いていやがった。




「ご主人様、普通のコタツに代えましたから、機嫌を直して下さい」

「そうよ、コジロー。アンタのためにわざわざ宿の人に頼んだんだから」


 さも自分がやってやったように言うな!

 全部ユスティーナがやってくれたことだろうが。

 ナチュラルにこういう言動をしてしまうのが勝ち組リア充なこいつらしいな。

 リア充なんぞ魔女の婆さんに呪われろ!


「ああ、コタツはいいわねぇ。ぬくぬくして」

「あぅー」

「うっ……」


 ターニャを見れば腹が立つだけだが、コタツに瞳を細め顎を載せているカヤを見るとうらやましくなる。

 欲求に導かれ、もぞもぞとコタツの中に入るが、


 ぷぅっ、


「………」

「………」

「ユスティーナ、焼き芋でも食べたの?」

「ターニャ様、人のせいにしないで下さい」

「見苦しいわよユスティーナ、オナラを人のせいにするなんて」

「そんなこといたしませんっ、ご主人様も何とか言って…… ご主人様?」

「コジロー?」


 あまりの臭さにひくひくと痙攣するしかない俺。

 ネコの鋭敏な嗅覚が恨めしい。


「ご主人様、換気もしましたから戻って下さい」

「ふんっ!」

「ほら、ミカンを剥いてあげるから」

「み、ミカンを顔に近づけるんじゃあない!」


 ぷしっ!


「あ、汁が飛んじゃった」

「ふぎゃあああああっ!」


 七転八倒する俺。

 猫は柑橘系の匂いがだめなんだよ!

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