22 二重存在
まぁ、ともかく。
「起きたかターニャ」
「へっ、コジロー? ユスティーナにカヤも!」
ターニャは盤上に現れた俺たちに驚いている。
だが、時間が無い。
俺はターニャに言う。
「ターニャ、アンチマジック・ブレスレットをユスティーナに渡せ」
「う、うん」
俺に指示に従うターニャ。
そこにクラウンの声が降ってくる。
「キミたちの相手はこいつらだよー」
俺はネコミミをそばだてながらネコの眼を一時的に丸くして周囲を索敵、盤上に四体の人影を視認。
本来、ここでは自分たちのドッペルゲンガーを相手に戦わなければならないのだが、
「ふむ? オギワラたちのコピーか」
現れたのは見覚えのある勇者、格闘家、癒し手、魔導士のパーティだった。
自分たちの幻影を使った精神攻撃がまったく効かなかったことから、このように切り替えたのだろう。
「あ? どこだここは」
オギワラたちは戸惑っている様子だった。
ここで現れるドッペルゲンガーたちは遺跡に登録された俺たちの情報を元に作られた精密なコピーで、その記憶や思考までが忠実に再現されている。
「さぁ、ボクのマリオネットたち。踊るんだ!」
クラウンの命令に、オギワラたちは自分の立場に気付いたようだ。
俺たちを見据え、オギワラは言う。
「なるほど、俺たちはドッペルゲンガーって訳か」
そうしてバカにした様子で笑う。
「ハッ、料理人の色物パーティが、俺の完璧パーティに勝てるとでも?」
「そいつはやってみないことには分からないってもんさ」
俺はオギワラにそう答える。
そして戦闘が始まった。
「ギャハハハハ、魔力強化神経を身に着けたこの俺の速さに……」
素早く先制攻撃をしようとしたオギワラだったが、残念だな。
ユスティーナの方が更に早い。
「アンチ・マジック!」
ユスティーナは五指を揃えた右の手のひらをオギワラたちに突き出す。
その腕に着けられたアンチマジック・ブレスレットの周囲四つの魔石が順に光るとユスティーナの手のひらを中心に輝く魔法陣が展開。そこから放射される波動は、一時的に術師の魔力経路をかき乱し、魔術の発動を妨害する。
「ぐあっ!?」
これを浴びたオギワラと魔導士は抵抗に失敗。
もう魔導士は木人形も同然だ。
「なっ、まさか、魔力強化神経の呪紋をメイドなんかに使っただとぉ!」
遅れて振るわれたオギワラの剣は、シールダーであるカヤの鋼の盾ががっしりと受け止める。
俺は笑って言ってやる。
「同じ魔力強化神経を持つ者なら、勇者より盗賊系の職業であるメイドの方が速い。当たり前の話だな」
さすがに勇者の剣は重く盾で受けてなおカヤの身体にダメージが浸透するが、彼女の体力はこの中では飛びぬけて高いので、問題とはならない。
「そっ、そんなセオリーを無視したバカな真似が」
「そのバカな真似にしてやられたのは誰かな?」
「くっ、だが、まだこちらには格闘家が居る!」
その格闘家の拳がターニャに炸裂。
よろめくターニャにオギワラは笑うが……
「乱れ打ちっ!」
ダメージを感じさせない動きでターニャが放ったムチにオギワラたちが吹き飛ぶ。
「ぐああああああっ!? ばっ馬鹿な!」
俺はオギワラたちに言ってやる。
「ふふん、便利だろ。通販で買ったんだ」
「嘘ばっかり」
ターニャが毒づくがオギワラの耳には入っていないようだ。
「そっ、そんな、そんなはずはないっ、ムチなんかにこれほどの威力が出せる訳が……」
「ドーピングアイテムによる能力値の底上げ、そして狂戦士化の呪紋」
「なにっ!」
そこに、俺は魔力で形成したネコ印の手榴弾を投げ込んでやる。
「ねこ・ぐれねーど!」
「があああああっ!」
手堅いダメージを与える一撃に、ボロボロになるオギワラたち。
俺はオギワラに対し挑発してやる。
「VRMMOエインセル、元トッププレーヤーの矜持を傷つけちまったかな?」
「ぐっ、だ、だが俺たちには癒し手が居る。この程度の傷……」
「手が足りんよ」
体力の少ない魔導士は手持ちのヒーリング・ポーションで自分を治療し、癒し手はライトヒーリングの魔術でこれもまた危なくなった自分を治療する。
しかしそこまでだ。
オギワラや格闘家まで癒している余裕は無いのだ。
「勇者に範囲攻撃可能な武器を持たせた意味が分かったか?」
最後にカヤはシールダーの固有スキル、応急処置でターニャの傷を癒す。
この世界の科学である錬金術を応用した医療技術で、等価交換の法則により回復アイテム、この場合はヒーリング・ポーションを消費することで魔術のように他者に効果を及ぼすことができる。
敵の攻撃に耐える高い体力を持った治療役。
それがカヤの役割だった。
「うっ、嘘だっ! 俺の完璧パーティが!」
「嘘をついているのはそちらの方だ」
貴様のプレーヤースキルがいかに高かろうと、俺たちにはスマホのソシャゲ、リバース・ワールドにつぎ込んだ課金と時間の蓄積がある。
ネコビト、光妖精、人狼族といった高い能力を誇るレア種族に、シールダー、バトル・コックなどといった最上位職を組み合わせ、更には転生により繰り返す時の中で蓄積された攻略知識がある。
これらを覆すことは絶っ対にできないのだ。
だから俺は言い放つ。
「お前は完璧なんかじゃない」
オギワラたちのドッペルゲンガーに勝利した俺たち。
「おめでとー!」
クラウンが拍手する。
世界は切り替わり、この勝負が始まる直前と同じく俺の周囲にはターニャ、ユスティーナ、カヤが立っていた。
「それじゃあ、ゲームクリアのご褒美ーっ!」
クラウンが再び光の粒子、魔力素子を振り撒くと、俺たちの鎧や衣服に輝きが吸い込まれていく。
「レジストマジック、魔力ダメージ軽減の加護か」
俺の革のネコスーツ、ターニャの鋼の胴鎧、ユスティーナの絹のメイド服、カヤのBDU、それぞれに加護がついていた。
「それじゃあ、また会おうねー」
そう言って、クラウンは現れた時と同様、瞬く間にその姿を消し去った。
「ターニャ。ステーキ・ハウスの街までジャンプだ」
「はいはい、ジャンプ」
俺たちはさっそくターニャの魔術により空間を跳躍。
登録してあったステーキ・ハウスの街のゲートへと転移する。
「さて、力の塔で残りのアイテムを回収するぞ」
「げぇーっ!」
ターニャが乙女にあるまじき悲鳴を上げる。
そんなに筋肉スライムの相手は嫌か。
「まぁ、そう言うなって。こっちの攻撃力も上がっているから、そう反撃を受けるまでもなく封殺できるはずだから」
そうなだめ、俺たちは力の塔へと出発した。




