21 ヘルメットが無ければ即死だった
「イッツ・ショウタイム! お楽しみはこれからさ!」
オーバーな身振り手振りで開幕を宣言するクラウンに俺は答える。
「d2にターニャを」
さっそくターニャを前進させる。
「えっ、うわっ、ちょっと!」
強制的に歩かされ、声を上げるターニャ。
しかし彼女の足元に現れたのは!
「しまった、爆弾か!」
「ええっ!」
導火線に火が付いた爆弾が、止める暇もなく爆発する。
「けほっ」
爆煙が治まると漫画のように黒くすすけたターニャの姿が現れる。
ゆるく波打つ金の髪がところどころ跳ねている。
「まぁ、こういう風に各マスには隠された効果があるんだが」
「先に言いなさいよ、先に!」
ボード上で小さなターニャがキーキー喚く。
「d3にターニャを」
「止めろーっ!」
次いで進んだマス目。
先ほどの爆弾のせいか、足元に気を付けるターニャだったが、
「あっ」
今度はどこからか振ってきた金ダライに頭を直撃される。
彼女の被っていた鋼のフリッツ・ヘルメットに当たり、派手な音を響かせる。
「ヘルメットが無ければ即死だった……」
「そんな訳無いでしょーっ!」
衝撃から立ち直ったターニャが叫ぶ。
「いや、それデスタライだから」
死の刻印が刻まれた一級の即死アイテムだ。
一説には滅殺とかけたジョークアイテムだとか。
こんな狂った冗談のようなアイテムがあふれているのがここ、ゲーマーズ・ランドなのだ。
「クックックッ、楽しいなぁ、ターニャ」
「あんただけねっ!」
「いきりたつーっ!」
狂戦士化の呪紋を発動。
盤上でトイ・ソルジャーたちを相手に女王のムチ+1を振るうターニャ。無論、倒し切れずに反撃も受けるが、
「痛くなーい!」
その動きは鈍らない。
分泌されたアドレナリンのせいで痛覚がマヒしていることもあるが、鋼の鎧と盾、ヘルメットのお蔭でダメージを軽減されていることも大きな要因だった。
「フンフンフンフンッ!」
ムチを振るう振るう。
そうしてターニャは力押しでトイ・ソルジャーたちを倒し切ってしまった。
一人で強敵を倒したことで、彼女のレベルがぐんと上がった。
「ジャンプの魔術が使えるようになったわ!」
リターン・クリスタルと同じ働きをする魔術だ。
これで一々アイテムを消費しないで跳ぶことができる。
「ふむ、これでターニャが俺たちの中で一番レベルが上になったか」
これまで成長が遅く一番低レベルだったターニャだが、盤上で一人戦いまくったお蔭でそのレベルは俺たちを追い越すまでになった。
「アンチマジック・ブレスレットも手に入ったし」
盤上では、マス目によってはアイテムも得られる。
そうして、
「チェックメイト!」
俺はとうとう、勝利に手をかけた。
すると、クラウンは狂ったように笑い、
「それじゃあ、最後の勝負はみんなでねっ」
そう言われると同時に、目の前の盤に吸い込まれる!
「ゲームは楽しかったかい?」
「ここは?」
クラウンの声に目を開くと、視界に映ったのは先ほどのゲーム、俺がターニャを駒にして操っていた光景。
「勝ち組のはずの勇者、強者をネコビトである君が意のままに従わせるのは楽しかっただろう?」
ふむ、そうだな。
「言いたいことは分かるぜ。誰だって自分の思い通りにできたら嬉しいに決まっている」
だが、
「でもそれって違うだろ。自分が選び、自分が行動した結果が手ごたえとして返って来るから面白いんだ。過程抜きで結果だけ得られたって嬉しくなんぞない」
だから俺はスマホのソシャゲ、リバース・ワールドにのめり込んだし、その結果が反映されたこの世界で生きていくことを選択したんだ。
「本当にそうかい?」
クラウンの姿がぐにゃりと歪み、黒と白のネコ、俺自身の姿を取る。
「辛い時、苦しい時、悲しい時、都合のいい救いを求めない者など居はしない」
そう言ってニヤニヤと笑う。
「あの女さえ居なければ! 君だって願ったはずだ!」
そりゃそうだ。
やつが居なけりゃ俺もニートにはならなかった。
「誰でも、誰であっても自分の中の闇に勝てはしないのだ。君とて例外ではない!」
俺は苦笑する。
「当ったり前だ。こちとら元ニートだ。挫折だって山ほど経験してるし、美味しい話にぐらつかねぇほどの聖人君子でもねぇ。だがな!」
これだけは言っておく。
「俺をあの女の側に置いた神様とやらの決めた配役には不満しか無ぇが、それでも! 今の俺が在る為には無駄じゃないのさ」
前世においてターニャが居なければ、もっと違った人生が俺にもあっただろう。
だが、それは俺じゃない。
別人だ。
他の人生を生きるのは他の人間だからだ。
「勝ち組だの負け組だの、他人なんか関係ねぇんだよ。結局、いつだって俺だ! 俺の! 俺が! やると決めて俺自身に勝つ。ただそれだけだっ!」
他人に値打ちをつけられるのも、他人と比べられるのも、誰かと常に競争させられるのもごめんだ。
俺の価値は俺が決める!
誰だってそうだが、自分は自分自身のものだろう。
クラウンが化けた俺自身の幻影が揺らぐ。
「自分の闇なんぞにこの俺が手こずるものか。なぜなら俺の勝利は常に今までの自分を乗り越えた所に在るからだ!」
「ご主人様」
「コジロー!」
ゲームの盤上に現れた俺をユスティーナとカヤが迎えてくれた。
「二人とも、クラウンの幻影を切り抜けられたんだな」
すると、二人は顔を見合わせ笑った。
「はい、ご主人様の姿を取って現れたので即座に斬り捨てました」
「カヤも殴ってやった」
おいおい。
「クラウンの幻影は完璧なはずなんだがなぁ」
それを問答無用にボコるとは。
しかしユスティーナは胸に手を当てるとこう答えた。
「それは分かりますよ。ご主人様に名を呼ばれる。ただそれだけで私の魂は喜びに打ち震えるというのに、アレに私の名を呼ばれてもただ嫌な感じしかしませんでした」
カヤもうなずいて、
「そんなの、コジローの姿をした別人だっ!」
なるほどねぇ。
理屈じゃあないんだろうな、こういうのは。
「ところでターニャは?」
「ご主人様の足元に」
ユスティーナに言われて視線を下すと、だらしない寝顔を晒すターニャが横たわっており、
「にゅほほほほ、ようやくアタシの偉大さが分かったようねコジロー……」
どんな幻を見ているのかが分かる寝言だな。
「オラッ! 起きろターニャ!」
俺は携帯治療キットに入っている気付け用のアンモニアを嗅がせて強制的に意識を取り戻させる。
「ふぎゃっ!」
アンモニアの強烈な刺激臭に叩き起こされたターニャは鼻を押さえて転げまわる。
「ゲハッ、はっ、鼻がっ! 鼻がっ!」
それを見てユスティーナが苦笑する。
「少々、扱いが酷過ぎませんか?」
それには、こう答える。
「ターニャのやつには貸しがある。大きすぎるぐらいの貸しがな。俺はただ、そいつを返してもらっているだけだ」
「ご主人様……」
「一括じゃなく分割にしてやってる辺りが、我ながら優しいよな。自分の良心が憎いぜ」
本当にな。
過去、俺が味わった敗北感と絶望。
それは俺の心に負った傷だ。
しかし、だからと言っていつまでも過去に怯えて暮らす訳にも行かんのさ。




