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18 力が欲しいか?

「うひーっ、死ぬっ、死ぬーっ!」


 途中出てくるモンスターから逃げ回りつつ先に進むのだが、先に立つカヤやユスティーナよりもターニャに被弾が集中するのはどうしてなのか。


「力が欲しいか?」


 俺はターニャに問う。


「力が欲しいなら…… くれてやるっ!」




 という訳で、俺たちが向かったのは古代文明が遺した地下都市群キサナドゥの中でも力の塔と呼ばれている場所だった。

 その名の通り筋力、体力増進等の肉体強化系アイテムの生産プラントがあったところで、警備の筋肉スライムが今なお増殖しコントロールを失いながらも自立モードで侵入者にわらわらと群がってくるという難所でもある。


「俺を見てくれーっ!」


 サンバのリズムに乗って現れたのは、ぴっちりと張った下穿きだけを身に付けた筋肉男マッチョにしか見えない筋肉スライムが三体。


「うげ……」


 全員表情にうっすらと笑みを浮かべており、その筋肉を汗のような謎の汁がしたたっていた。


「変態だー!!」


 一目で怯むターニャ。

 勇者学園でも肉体派の職業クラスの者は訓練で鍛えられた筋肉質の身体を持つが、彼らの筋肉はあくまでも戦う者の筋肉。

 それに対して、目の前の人型の筋肉スライムたちが持つ、確かに凄いが何の役にも立っていない見せつけるためだけの脈動する筋肉は、はっきり言って気色悪かった。

 しかも全身の毛を剃ったような坊主たちが、サンバのリズムに乗って腰を振りながらいちいち筋肉を見せつける姿勢を取ってターニャに迫って来るのだ。


 飛び散る汗!

 無駄にさわやかな笑顔!

 あ…… 怪しいーっ! 怪しさ大爆発だっ!


「いっやーっ!」


 衝動のままに悲鳴を上げるターニャ。

 彼女は気付いてしまったようだ。

 肉体を見せつける男たちの表情がターニャの視線を受け、恍惚に輝いていることを!

 それを見たターニャの精神と身体は、彼らに立ち向かうことを完全に拒絶してしまった。


「ひん……」


 ターニャはいきなり逃げ出した!

 しかし回り込まれてしまった!


「助けてーっ!」


 ターニャは助けを呼んだ!

 しかし誰も現れなかった!


「コジロー!」


 ターニャは俺に向かって呼びかける!

 しかし俺たちは、既に安全圏に退避済みだった。


「オゥ、セークシィ……」


 怯えるターニャに迫る、三つの筋肉の壁!


 ……プツン!!

 き…… 切れた。

 ターニャの頭の中で、何かが切れた……

 決定的な何かが……!




 というわけで、筋肉スライムたちにプレスされ、虚ろな瞳を宙に彷徨わせるだけになったターニャを何とか救い出す。


「大丈夫かターニャ。これでも飲んでしっかりしろ。栄養満点のプロテインだぞ」


 これは体力値を上昇させるドーピングアイテムだった。

 この力の塔では、肉体強化系のアイテムが多数手に入る。


「むぐっ」


 ターニャに無理やりねっとりした白濁液を飲ませてやる。


「ごはっ、ま、まずっ」

「よし、口直しにコーヒーだ」


 これはもちろん筋力を強化するマッスルコーヒー。

 通称マスカフェだ。


「あっ、あっひいいぃっ!」


 筋力を着けるために凝縮した筋肉痛がターニャを襲う。


「そうか痛いか。可愛そうにな。ユスティーナ、湿布薬を塗ってやれ」

「はい。ご主人様」


 今度は筋肉の炎症を抑え敏捷値を上げるインドメタシンだ。


「さぁ、ターニャ様。ぬぎぬぎしましょうね」

「や、やめれっ!」

「さすが魔力強化神経ブーステッド・リフレックスの呪紋、ターニャ様の動きが止まって見えます」


 ユスティーナは素早い動きでターニャの反抗を易々と押さえ込む。

 しかし魔力強化神経ブーステッド・リフレックスの呪紋は女神から授かった加護という触れ込みの力なんだがな。

 何という能力の無駄遣い。


「ふふふふ、抵抗しようとしても全身筋肉痛で力が入らないでしょう? ほうら、どんどん防御力が下がって行きますよ」

「アッー!」


 許せ、ターニャ。

 これもお前の精神を正気に戻すためだ。


「いい子ですから、大人しくして下さいな」

「こっ、子供扱いしないでっ!」

「大人の階段を登りたいと? よ・ろ・こ・ん・で」

「ファッ!? いっ、意味違ぁ! そうじゃなくて、アタシをっ、ゆっ、ユスティーナっ」


 言いかけて、眼鏡アイウェアの下に光るユスティーナの瞳に気付いたらしい。


「こ、怖っ! コジロー! コジロー!」


 俺にまで助けを求めるターニャ。

 必死だな。

 やれやれ、


「同性に手当てを受けているだけなのにそんなに興奮して、まったく何を妄想しているのやら」

「助けて!」

「俺やカヤだって見てるのに、女同士で夢中になるなんて、その、エッチなのはいけないと思うぞ」

「見てないで助けて!」

「分かった分かった、カヤの目は塞いでおくから」

「あぅ、コジロー?」


 俺は教育上よろしくない情景からカヤを守るため、彼女の目を肉球を備えた両手で塞ぐ。


「さぁ、存分に……」

「何をしろって言うのよぉぉぉっ!」


 絶叫するターニャだったが、ユスティーナはその彼女を押さえ込み艶然と微笑む。


「もちろん手当てですわ。インドメタシンをきっちり、隅々まで擦り込んであげますね」

「そっ、そこはっ、らめっ、らめなのぉっ!」


 らめなのか。





「鬼畜、悪魔、人でなし」


 顔を真っ赤にして言うターニャに、ユスティーナと俺は反論する。


「何がですか? こうして着付けまでしているのに。至れり尽くせりじゃないですか」

「そうだぞ。さっきのはお前を正気の戻すためのショック療法。治療ってやつだ」


 そもそも携帯治療ファースト・エイドキットに入っている気付け用のアンモニアを嗅がせて強制的に意識を取り戻させることをしないだけマシと思うがな。

 しかしターニャは治まらない。


「何言ってんのよ。だいたいアタシ、服を剥ぎ取られた時点で正気に戻っていたじゃないの」


 そういえばそうだったか。

 ターニャは恨みがましげに俺たちを見る。


「ユスティーナの強姦魔っ。さっきのは完全にレイプよ。止めずに見てたコジローも同罪よ」

「まぁ、そう言うなって。お前が手当を受けてる間に肉を焼く用意をしてたんだ。お前も食うだろ?」

「……食べる」


 安い女だよな、実際。




 串に刺した肉を手にカヤが言う。


「焼いて焼いて、丸焼きだっ!」


 二股の長い鉄串に牛肉のかたまりを丸ごと突き刺して、岩塩と粉末にんにく、そして香草ハーブ、今回はローズマリーを振りかけてある。

 ローズマリーはその甘い香りがよく肉に合う。

 更に焚火であぶればそれも一層引き立つだろう。


 焼くのはこういった野外調理に長けたカヤに任せた。

 やりたそうにしてたしな。

 カヤは直火でぐるぐるとゆっくり回しながら、表面をまんべんなく焼く。

 かたまり肉の丸焼き。

 とても野生的な料理だ。

 機嫌よく鼻歌を歌うユスティーナの声を耳に、焼ける頃合いを計る。

 そして、


「上手に焼けましたー!」


 表面がこんがりと焼けた肉を掲げる。

 得意げな様子のカヤに、俺たちは笑った。

 カヤは試しにと焼けた肉の表面をナイフで削る。

 そのままナイフごと自分の口に運び噛り付いた。

 ワイルドだなー。


「うまい!」


 邪気なく笑うが、それを見ていたターニャは吃驚したように目を見張っていた。


「な、ナイフを口に持って行くなんて危なくない?」

「くぅ? 刃は向けないから危なくないよ」

「えっ?」


 分かってない様子のターニャに説明してやる。


「野菜の皮を剥くように親指を肉に当てて削ぐように切るだろ。そしたら親指とナイフの間に肉を挟んだまま、ひっくり返してナイフの背の方からかじりつくんだ。刃が自分の方を向かないから危なくない」


 アメリカの映画なんかで登場人物がハムなどをこうやって切り取って食べるシーンがあるけど、そういうやり方があるから安全なんだ。

 知らないで真似すると口を切って危ないけどな。


「それじゃあ、焼けた表面をナイフで削ってパンに挟みましょう」


 ユスティーナはスパイスの効いた茶色のライ麦パンをカットして差し出してくれる。

 カヤは肉の表面を削り、それに挟んだ。

 一回り小さくなった肉には、また岩塩と香草を振りかけてやる。

 それをカヤが再度焼き始める。

 旅の料理は簡素な物が多いが、時にはこんな贅沢な時間を過ごしてみるのも良いものだ。

 しかし、


「おっ、美味しいけど、こんなことではごまかされないっ!」


 まだ言ってんのかターニャ。

 その割に食うのは止められない様子だが。

 仕方がない。


「分かった分かった。ここの塔で得られる女神の加護はお前にやるから」

「へっ?」


 力をくれてやる。

 お前がどんなに嫌がろうと、無理矢理な。




「という訳で、服を脱いでそこのベッドに横になってくれ」


 たどり着いた医療用プラントにターニャを入れる。

 自動的にカバーが下りてターニャは顔を出すだけになった。


「ところで、ここで得られる加護ってどんなの?」

「一時的に心肺機能を引き上げ痛覚を遮断キャンセルさせる狂戦士化アドレナリン・ブースターの呪紋だ」

「はい?」


 くっくっくっ、そんなことも知らずに施術を受けようとはなぁ。


「ちょっ、何それ聞いてないっ!」

「そりゃあ、聞かれなかったからなぁ」


 ともあれ、


「これで貴様はより使えるように改造される訳だ。世界を救うためだ。光栄に思え」


 貴様のような戦闘屋には必須の機能向上アップグレードだぞ。

 喜べ。


「やっ、止めろーっ!」

「もう遅い。脱出不能よ。貴様はチェスで言う王手詰み、チェックメイトにはまったのだ!」

「嫌だーっ、止めろバカーっ!」

「わめくがいい、ののしるがいい、お前にできるのはそれぐらいだからなぁ」

「嫌あああああぁっ!」


 そうしてターニャの背中、第十二肋骨の周囲にナノマシンによる呪紋が翼状に刻まれた。

 副腎髄質に作用しアドレナリンを任意に分泌させる狂戦士化アドレナリン・ブースターの呪紋だった。

 一時的に心筋収縮力の上昇、心、肝、骨格筋の血管拡張、皮膚、粘膜の血管収縮、消化管運動低下、呼吸器系の効率上昇といった身体機能の強化、更に痛覚の遮断キャンセルを起こす。

 効果時間が限られていること、使用後は反動クラッシュが出ることから常用はできない。

 しかし、いざという時には有効な奥の手だった。

 副作用の少ない戦闘薬コンバット・ドラッグをキメているようなものと思えばいい。


「そ、それなら使わなければ……」

「そうは言っても緊張やストレス、怒りや恐怖といった感情状態によっても作動するからなぁ」

「なっ、何ですってぇ!」


 そんなに叫んでると作動しちまうぞ。

 って、遅かったか。


「みなぎるーっ!」


 効果中は休憩ができなくなる。

 さぼり癖のあるターニャにぴったりの呪紋かも知れんな。

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