14 ネコを驚かすのは虐待なんだからな!
カジノからターニャの屋敷へと帰った俺たちだったが、強制的に労働をさせたせいかターニャが腹が空いたと言い出した。
ちょうどいい。
「これが、カミツキガメのスープだ」
俺はターニャたちに白磁器のスープ皿に入れられた琥珀色のスープを差し出した。
今回の料理はターニャの実家の料理人と俺との合作だ。
このスープは鮮度が勝負で、しかも長い時間をかけてコトコトと煮込まなければならない。
なので、俺はターニャの実家に着いた時点で調理を始め、カジノに出かけている間はターニャの家の料理人に鍋の番を任せたのだ。
さすがに貴族の家付きの料理人、腕は確かなようでスープは問題なくでき、最後の仕上げを俺がやって完成させたのだった。
「お、おいしい!?」
スプーンですくった一口を舌に受けたターニャが驚いたように言う。
「コンソメのスープに似てるけど全然別物ね。牛や豚じゃ出せないこの独特の風味。舌から身体に染み込んで行くようよ。これに比べたら代用ウミガメのスープなんてただの偽物ね」
そう、興奮気味にまくし立てる。
まぁ、代用ウミガメのスープも手間のかかった一品なんだが、本物と比べてしまうとどうしても見劣りしてしまうな。
「おいしいよ、コジロー。お代わり!」
瞬く間にスープ皿を空にし、お代わりを要求するカヤ。
美味しいと喜んでもらえるのは嬉しいが、そんなにかぱかぱ空けるような料理じゃないんだが。
まぁ、今回は材料が豊富にあったんで底の深い寸胴鍋に一杯作ってあるから好きなように食べてくれればいいが。
「偽物は本物に似せようと様々なテクニックを駆使しますが、その過程でどうしても味に濁りが出て風味がぼやけてしまいます。それに比べて本物は素材を生かしたシャープで澄んだ極上の味わいが素晴らしいですね」
ユスティーナは上品にスープを味わうと、感想をすらすらと口にした。
お前はグルメ評論家か。
喜んでもらえたようだからいいけどな。
食後酒にはイタリア風に薬草、香草、樹皮などの植物や香辛料などを配合して造られるビター系のリキュール、薬用酒を用意してある。
これで体の芯まで栄養が染み渡るだろう。
「かっはー、美味い!」
っていうかターニャ、もう酒に手を出したのか。
飲み方が貴族の令嬢というよりは、ただの酔っ払いのおっさんくさいんだが。
「へんなあじがする?」
カヤは一口分の小グラス、ショットグラスに注がれた薬用酒をちびちび舐めている。
アルコール度数が三十前後ある強い酒だから、お子さまな彼女にはそういう飲み方で正解だ。
「独特の風味が、ちょっとクセになる味わいですよね」
ユスティーナが言うと通っぽい感じになるんだよな。
お前も俺たちと同じ十六歳なんだよな?
ドイツ、フランス、イタリア、スペインなどなど、ヨーロッパの国々でも飲酒は十六歳から許されているし、このエインセルでは水の代わりにビールを子供でも飲んで育つしなぁ。
まぁ、嗜む程度なら、酒を楽しむのもまた良い。
これが常習者になるほどだと話は違ってくるがな。
煙草もそうだが、長期間の待機中に我慢ができなくなり、精神的にも悪影響を及ぼすからだ。
だから一流の戦士には極度の酒、煙草の愛好家は居ない。
ともかく、疲れたところに満腹、酒が入ったとなると眠くなるのは必然で、ターニャたちは早々に寝入ってしまったのだった。
「ひっく」
翌朝、俺たちはターニャのお陰で儲けた金を持って武具屋に向かうのだったが、
「ご主人様、止まりませんねぇ、そのしゃっくり」
ユスティーナが言うとおり朝からしゃっくりが止まらない。
「なぁんだ、そんなの。驚かせばいいんじゃない」
そう言ってターニャが俺に紐状のものを投げつけ……
ってヘビっ!
俺はとっさに全身をバネにして飛びずさる。
「あははははっ、今の見た? びょーんって、びょーんって、すっごいジャンプ」
やかましい、このアホ女!
「くぅ? これオモチャ?」
カヤが拾って見せる。
人狼族はヘビの毒に耐性を持っているのであんまり怖がらないんだよな。
まぁ、完全に効かないんじゃなくて毒ヘビに噛まれても顔がパンパンに腫れる程度で死なずに済むって具合だが。
「こんなもの、どこで……」
「ネコはヘビに驚くっていうから、試してみようと思って。昔買っておいたのを家から持ってきたんだけど」
ああ、こいつは前世でも変なパーティーグッズとか、こういうガラクタを貯め込むクセがあったっけ。
「でも、これでしゃっくりも止まったでしょ」
したり顔で言うターニャ。
人をいじって笑いを取ろうなんて、本当に性根の腐ったやつだ。
リア充なんてろくなもんじゃねぇ。
「ネコを驚かすのは虐待なんだからな! 強いストレスはネコの寿命を縮ませるんだからな!」
これだけは言って置く。
武具屋についたので、さっそく武器を購入する。
「ああ、旦那、ご依頼の品が仕上がってますぜ」
ユスティーナ用に鍛え直してもらったライトニング・マチェット+1が出来上がっていた。
切断能力が上がるので、薙ぎ払いによる範囲攻撃が可能となる逸品だった。
「カヤの分は、ブラックジャックにしておくか」
ブラックジャックは革製の袋に砂状の鉛を込めた打撃武器だ。
アメリカ辺りではストリート・ファイトの定番品で、割と都会的な武器だった。
この世界でも王都でしか購入することができない。
無論、ただの革袋ではなく、そのグリップ部は細く握りやすくなっており、先端は太く重く造られている。
後はターニャがこれまで使ってきた革のムチだ。元々後衛用の補助武器なので俺にも使えるが、
「こいつは売り払って、その金でターニャとユスティーナの防具を買おう」
俺の今の筋力でムチを振り回しても大したダメージは与えられないし、そもそも戦闘中は常にねこぱんちをぶち込んでいればいい。
それで防具だが、飛び抜けた耐久力を持つカヤのことはひとまず置いておいて、ターニャとユスティーナの物を調えることにする。
お値打ちなのは女性限定の装備、革のビスチェだった。
胸から胴までを守り、服の上にも下にも着れるしゃれたデザインのものだ。
見た目が非常に良く、VRMMOエインセル、そしてソシャゲ版のリバース・ワールドでも女性に人気の装備だった。
カヤも興味があるようで、無邪気に当てて品を見ているが、お前の胸だとすっかすかで着たら隙間から胸が見えてしまうぞ。
だがそれがいいっていうやつも居るだろうが。
そうして購入したビスチェをターニャは服の上に着込んだのに対して、ユスティーナはメイド服の下に身に着けた。
「最大サイズでも服の上からだと胸がきついもので」
と、ユスティーナ。
彼女の戦力は圧倒的だからなぁ。
普通にスタイルが良いはずのターニャでも勝負にならないくらいだ。
「ううっ、初めてのまともな防具だわ」
ターニャは感動にむせび泣く。
まぁ、金は武器に使って防具は後回しだったからなぁ。
「お前にはガーターベルトだってあるだろ」
カジノで得られたガーターベルトは、ごく弱いながらも守護の力が込められた品だった。
留め具に使われている銀は魔力を通しやすいため、こういった品を作りやすいのだ。
「ああ、あれ?」
ターニャが目を泳がせる。
何かあったのかと様子を見ていると、ユスティーナが教えてくれた。
「ガーターのベルトをショーツの上に付けてしまって、お手洗いでショーツが下ろせなくて困ったんですよね」
「ユスティーナ!」
ターニャが真っ赤になってユスティーナの言葉を遮る。
ああ、定番の勘違いか。
ストッキングを吊るガーターのベルトは、下着の下を通すものなんだよな。
ネットの絵師が描くイラストなんかでも間違えているものが結構あったっけ。
「ううーっ」
羞恥のあまりスカートを押さえて真っ赤になるターニャ。
まぁ、そんなのは放っておいてだ。
俺にとっては一秒前のことだって過去に過ぎない。
「後は、リターン・クリスタルとヒーリング・ポーションをまとめ買いだ」
「……なんか、嫌な予感がする」
察しがいいな、ターニャ。
お前に防具を買ってやったのも、これからの攻略のためだったりするからな。
「それじゃあ全員、忘れ物は無いな」
確認の上、リターン・クリスタルを使用する。
「ジャンプ」
情景が歪んだかと思うと、俺たちは見慣れた町並み、勇者学園のあるノビスの街に着いていた。
「さて、オギワラたちは無事、トレーニング用ダンジョンをクリアできたかな?」
そんなことを話していると、説曹操曹操就到了ということか、ノビスの街のワープポイントに俺たちに続けてオギワラたち一行が転移して来た。
「何だ、イロモノパーティか」
相変わらず尊大な態度でオギワラは俺たちに声をかける。
昨日やり込められたのをもう忘れたのか。
いや、現実を認められないだけか。
その虚勢が何とも空しいものに感じられる。
「ハッ、まだ学園の購買で武具を調えているところかよ! 俺たちなんか、もうダンジョンをクリアしたぜ」
鎧を購入していない俺たちの見た目は、革鎧などベーシックに装備を揃えている様子のオギワラたち一行と比較するとぜんぜん装備が調っていないように見えるのだろう。
現段階で目立つのは甲羅の盾だったが、この防具は素材を得るのが大変な割に、カミツキガメを通常の手段で倒せるようになる頃には性能的に物足りなくなるというマイナーなものだった。
だからオギワラも、彼らが装備している革張りの盾よりよほど高性能なのに気付いた様子が無い。
オギワラはこちらを完全に見くびったように嘲笑う。
「何しろ俺たちはパーティ構成からして完璧だからな。お前らのように遊びでやってる舐めた連中とはそこからして違う!」
オギワラたちは勇者、格闘家、癒し手、魔導士というスタンダードな構成だった。
俺たちがシールダー、メイド、勇者、バトル・コックという変則的な組み合わせだったから、余計に堅実そうに見える。
「格闘家を入れているところがポイントだな。同じ回避型の盗賊と比べて装備が限られるから素人は盗賊の方を選ぶが……」
オギワラはいやらしい目つきで、盗賊系の職業に分類されるメイドのユスティーナを見る。
「格闘家はガードブレイク技、防御力無視の『徹し』が使える分、最終的な強さは盗賊系の職業より上だ。成長しきった格闘家の前には、どんなにぶ厚い防御も無意味だからな」
得意そうに胸を張る。
VRMMOエインセルのトッププレーヤーだった自負があるんだろうが、そういう上から目線の物言いしかできないのがある意味哀れに思える。
常に相手より高い位置に居るんだと、自分と周囲を納得させるためにしゃべり続けないと安心できないってことだからな。
「それに格闘家は装備に金がかからないのもいい。装備に金のかかる盗賊に比べてその分、どんどん先に進めることができるからな」
俺は思わず失笑した。
「何がおかしいっ!」
すぐに激昂するオギワラ。
本当に余裕が無いやつだな。
俺は言ってやる。
「格闘家に金がかからないって、要するに装備できる武具が貧弱ってことだろ。特に防具」
「だ、だがそれだけ格闘家は敏捷値が高く回避が……」
「そこだ。格闘家は同じ回避型の盗賊系の職業と比べても敏捷値が高く攻撃を回避できる。これは本当か?」
「あ? 当たり前だろ! 同レベルキャラを比べてみれば一目瞭然、常識だ!」
確かにそう思われがちなんだが、それは誤りだ。
「格闘家は成長が遅いということを忘れていないか? それに対して盗賊系の職業は成長が早い。そうして、同じだけ経験を積んだ両者を比較すれば……」
「ぐっ」
オギワラにも想像がついたのだろう、言葉を詰まらせる。
「常にレベルが一つ以上高くなる盗賊と武闘家の敏捷値はほとんど変わらなくなる。そうすると防具が貧弱なだけ、格闘家は不利だ」
オギワラは声も無い。
「それに、格闘家でなくともガードブレイクが可能な武器はあるだろう?」
「ナマハゲ・ブレードのことか?」
オギワラが言っているのは、正式名称『鬼包丁』と言われるどでかい出刃包丁のことだ。
これを使えば戦士系の職業、そしてコックでも防御力無視のガードブレイクスキルを使うことが可能だった。
「そんなもの、高レベルの格闘家が『徹し』の成功確率に比べれば……」
「では聞くが、『鬼包丁』が放つガードブレイクスキルの成功率を格闘家の『徹し』が上回るのは、レベルがいくつの時だ?」
「それは……」
オギワラには答えられないようなので言ってやる。
「答えはレベル33だ。それまでは『鬼包丁』を装備した戦士が勝つ。そして、最終ボスの大魔王を倒すのにそんなレベルは必要ない。この意味が分かるな?」
「うっ、嘘つくんじゃねぇ! そんなレベルで大魔王を倒すなんて、そんなことが可能だと思うのか?」
「不可能だとでも?」
オギワラの狼狽ぶりに、俺は苦笑する他無い。
「お前たちが強くなる頃には、とっくに俺たちが大魔王を倒しているって訳だ」
「嘘だっ! 嘘だ嘘だ嘘だ……」
ついにオギワラは俯いてぶつぶつとつぶやくだけになってしまう。
「さすが、ご主人様です」
ユスティーナが満面の笑みを浮かべて言う。
実は結構、怒っていたのか?
「コジロー、かっこいい!」
細かいことは分かっていない様子のカヤは単純に競い合い、言ってみればオス同士の地位争いに勝負があったと見て俺を賛美する。
「うわぁ、相変わらずあんた、鬼ね」
呆れたように言うのはターニャだった。




