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13 ムチでぶったりすることが好きってことだ

「それじゃあ参りますよ、お嬢さん」


 貴族の令嬢であるターニャの挑戦に驚いたディーラーだったが、そこは客商売で様々な人種を相手にしているだけあって内心はともかく表面上は完璧な営業用の微笑みでにこやかに応じてくれた。

 腕自慢の者だけでなく冒険者気分を味わってみたい若者がこの遊戯に挑戦するのもよくあることで、そういった需要にも対応しているからだ。


「回せ、運命の輪!」


 勢いよく回される回転盤に放り込まれる銀の玉。

 しばらく回った後、黒の十番に止まった。


「これは幸先がいい。お嬢さん、ヒーリング・ポーションを獲得ですよ」


 白のワイシャツと黒のタイトパンツ、それにベストといったカジノの制服を着た女性が薬ビンを持って来てターニャに渡す。


「さて、次は……」


 再び赤と黒のルーレット盤に銀の玉が投げ入れられ、赤の九番に止まる。


「ここではコインと引き換えに景品が得られます。景品は革のドレスに鋼の短剣。そして女王のムチです」

「うぅっ……」

「どうした、ターニャ」


 彼女の足元から様子を見守っていた俺はこっそりと聞いてみる。


「革のドレスが欲しいけど、コインが足りない」


 ターニャはつぶやくように答える。

 なるほど、見れば革のドレスは防具としても優秀そうだ。

 とにかく無事に終わらせたいターニャにはぜひ欲しい物なのだろう。


「却下だな。費用対効果が悪過ぎる」


 革のドレスはしゃれたデザインをしているだけに割高だ。

 これを買うならハードレザーの鎧を買う方がいい。


「ここは女王のムチ一択だろ」


 女王のムチはターニャが今まで使っていた革のムチとほぼ同じものだが、若干長めにできている。

 そのため、スキルによる範囲攻撃の及ぶ対象が広くなっていた。

 ダメージはほぼ一緒でも、使い勝手はいい。


「ええっ、そんなのいらな……」


 言いかけるターニャの口を肉球を備えた前肢で塞ぎ、ユスティーナに目くばせする。

 彼女は俺の意図を忠実にくみ取り、ディーラーに向けこう伝える。


「我が主は女王のムチを所望ですわ」

「むーっ!」


 口を塞がれたターニャが否定しようとするが無駄だ。

 俺に押さえ込まれて身動きが取れない。

 そして、再び制服姿の女性がムチを届けてくれた。


「あんなかわいらしいお嬢さんがアレを欲しがるなんて」

「とんだスキモノね」


 周囲の客たちがひそひそと話し合っている。

 実はこのムチはエッチなプレイ用に作られた大人の玩具なのだ。

 だからこのムチを装備すると威圧スキル『コール・ミー・クイーン』が使えたりするのだった。


「スキモノ?」


 カヤがきょとんとした顔をしてターニャを見る。

 いかんな、カヤの教育に悪い。


「ムチでぶったりすることが好きってことだ」


 だからここは軽く流しておく。

 するとカヤは納得がいったように笑った。


「確かに。ターニャ、いつもムチでぶつ」


 その発言に、周囲が色めき立つ。


「聞きまして奥様。あのお嬢さんったら、あんないたいけな子供をいつもムチでぶっているんですって」

「あの年齢で、そんな性癖を身に着けているなんて……」


 何か、カヤの発言でターニャに向けられる周囲の目がとんでもないことになってるな。

 共通語コモンが苦手なカヤは今一分かっていないようだが。


「むーっ! むーっ!!」


 否定しようと血相を変えて暴れるターニャだったが……

 諦めるんだな。


「それではゲームを続けましょう」


 何事も無かったように進めようとするディーラー。

 商売人の鏡だな。


 続いて止まった場所ではコインの持ち分が倍増。

 思わぬ幸運に、観客が大いに沸くが、


「これが先に手に入っていれば……」


 ターニャ本人は歯噛みしていた。

 革のドレスを逃して代わりに女王のムチにされてしまったのが、よっぽど悔しかったらしい。

 そして、とうとう戦闘のマスに止まった。


「さてお嬢さん、いかがなされますか?」


 相手は先ほどの剣士と同じ闘犬三匹。

 観客は当然、コインを払って降りるだろうと思っていたが、


「勝負ですわ」


 と言ったのは、ターニャの従者として主の意向を伝えたような振りをするユスティーナだった。

 彼女が着込んだメイドの衣装は、こういう場合に都合が良かった。


「なっ!」


 慌てて取り消そうとするターニャだったが、観客のどよめきにかき消されてしまう。

 そうこうしている間に、


「あの、先ほどの収入でコインも十分ですし、ここは降りられても……」

「二度言う必要はありません」


 と、ディーラーとユスティーナの間では話がまとめられてしまっていた。




 仕方なく、ターニャは重い足を引きずり闘技場へと向かう。


「さぁ、貴族令嬢と闘犬の勝負だ! 買った買った!」


 賭け札売りの声がこだまする。

 無論、いいところのお嬢様にしか見えないターニャの方に賭ける者は圧倒的に少ない。

 まさかの逆転劇と高配当を見込んで、物好きが張り込むだけだ。

 一方で、ターニャは女王のムチと甲羅の盾を構え、フリッツ・ヘルメットを被って闘犬たちの入場を待っていた。


「ちょっと、どうすんのよ!」


 おどおどと、俺の方を振り返って言う。


「相手は訓練されている闘犬。なら……」


 闘争心を剥き出しにした三匹の闘犬たちが、飼い主に押さえられながら登場する。

 それを迎え撃つターニャの右手から伸びた女王のムチは床の上を蛇のように這っており、彼女の手首のひねり一つでうねり動く。


「それでは、当カジノ名物、ルーレット・ファイトォ! レディー・ゴーッ!!」


 合図と同時に、放たれる犬たち。

 ターニャは反射的に、モンスターを相手にする場合と同じく範囲攻撃スキルで牽制する。


「乱れ打ちっ!」


 乱打により形成された攻撃フィールドに触れた闘犬たちが、弾かれたように後退する。


「よし、ソニック・ウィップだ!」


 俺の指示を受けて、ターニャがムチを振るう。


 ソニック・ウィップはその名の通り、先端は音速を超えるというムチによる攻撃スキルだ。

 ムチが宙を唸りソニックブームによる破裂音が闘技場の床に炸裂。

 まるで爆竹のようにホールに鳴り響いた。


 目前で発せられた鋭い音に、闘犬たちが白目を剥く。

 四肢を突っ張り動きを硬直させた。


 ソニック・ウィップは攻撃としても強力だが、その音を聞いた相手に短時間ながら硬直の効果を与えることができるのだ。


「今だ、威圧スキル!」

「じょ、女王様とお呼びっ! この駄犬がっ!!」


 一際強力なムチの一撃。

 女王のムチを装備した時に使える威圧スキルが発動。

 犬たちは尾を丸めて戦意を喪失したのだった。


 まぁ、恥ずかしいセリフを大声で叫んだターニャは精神に大ダメージを受け、羞恥のあまり真っ赤になって身悶えしていたのだが。




「やるじゃないか」


 カジノの接客担当の女性から飲み物と汗を拭くための肌触りの良さそうな布を受け取るターニャに、俺はねぎらいの言葉をかける。


「何言ってんのよ。こっちはやられないかと冷や汗ものだったんだからねっ!」


 新鮮な果汁を搾って爽やかな旨みを出した飲み物を口にするターニャに、俺は言う。


「いや、この闘技場って結局は見世物だろ? 客に大けがをさせる訳には行かないんだから、犬たちの訓練も、相手を傷付けるより無力化するようにされているはずだ」

「そうなの?」

「ああ、だから万が一も無いと踏んで、お前を戦わせたんだ」


 念のため防具も渡して守りを固めていたしな。


「さて、勝者のお客様には、女性のあこがれ……」


 ディーラーの紹介で、女性従業員が景品を持ってやってくる。

 革のドレス以上の物が手に入るのだろうかと思ったのだろう、ターニャの期待も高まった様子でそれを待つ。


「ガーターベルトと、ストッキング一式が進呈されます」

「何でっ!?」


 太ももまでの白いストッキングと、それを止めるガーターベルト。

 銀の留め金と絹糸で織られた伸縮性の高い生地を使った高級品だったが、何故という気持ちの方が上回った様子だった。

 がっくりと膝を突きうなだれるターニャの頭を、俺は肉球で優しく撫でるように叩く。


「勇者として成功することを目指すなら、大人の装いも経験しなくてはな」

「そ、そうなの?」


 騙されてる、騙されてる。


「まぁ、お前のお陰で新しい武器も買えるし感謝だな」

「……何でそんなに羽振りがいいの?」


 いぶかしげに問うターニャには、こう答える。


「それは勿論、有り金全部お前に賭けて儲けさせてもらったからな」

「人を働かせておいて、タダで儲けてたのかあんたはーっ!」


 ターニャの叫びがカジノにこだました。

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